4 空虚。

「て、てめえの、枠を、ぶち壊した、ですって? ふぅ……ふぅ……」

〝ああそうさ。黒岩ァ、お前さっき【レベル】どんぐらい上がった? 一コか二コってトコじゃねえのか? レベルは高くなればなるだけ、上がりづれえようにできてる。だがなぁ、【魔物】は別だぜ? 【クントゥム】ってヤツを喰えば食うだけ【スキルポイント】を得る事ができる。更に——〟


 黒岩の前にいる、山本はぎょうだ。

 がいこつに毒蟲で肉付けされ、両肩にも同じような肉付けをされた禿はげたかから、ひゅーひゅー、と呼気が、漏れている。


 黒岩は熱気を帯びているはずの身体が震えるのを自覚しながらも、山本の声に注目していた。これは武者震いに違いない——そう思いながら。

 しかし、今の黒岩は、よろこびかなしみを感じないくうきょ狂人バーサーカーだ。震えの理由は、一つしかない。黒岩の感じる、さむ、は、体温の上昇によって感じたものではなかった。


 山本が、手に持つ漆黒の【外道サタニック 棒切れマジェスティック】を、黒岩に見せびらかすように前に出した。


〝こので創れる【アンデット】はな? 材料にするクントゥムの質、や、数で、強さが決まる。後から強化することも、できる。レベルなんてもんに頼らなくても、れば殺るだけ、強くなれるのさ。ま、とーぜんレベルアップもできるがね〟

「ふー、ふー、ベラベラベラベラ。新しいおもちゃを貰えたのが、そんなに嬉しいんですかい?」

〝ああ嬉しいねぇ? こういう刺激がねえと、人生なんてもんはつまらねえ。喜びのねえ奴は、死んでんのと一緒だぜ? ポジティブなんだよ、俺は。くくくく〟

「ふーふー、ふぅふぅふぅ、ふしゅぅぅぅぅ……。そう、ですかい。だが今さっき、アンタはそのせいで俺に一度殺されたようなもんでしょう? あんまり、俺を、舐めてんじゃねえよ……!!」


 震える黒岩の、腕の振動が、鎖を鳴らす。。恐怖をまた、怒りが、りょうし始めている。


〝おっと! 言っとくが、? ここからはずっと、俺のターンだ。ひひひ〟

「ふー……ふー……ガキどもがやる、ゲームみてえに、言いやがって」

〝くくくくくく。良い事言うじゃねえか。ゲームなんだよ、この世は。今も、いや、昔から。俺にとっちゃあ、っつー話だがねぇ? ——【奪失力ヴァスデュード】〟

「——!?」


 突如、黒岩に、、大きな力が加わる。黒岩は両脚を突っ張るように力を入れて踏ん張ろうとするが、その足場は先ほど自分で壊した建物のざんがいだ。

 れきは黒岩の足元で転がり、黒岩自身は真横に吹っ飛んだ。直ぐに地面に触れ、地面を擦りながら、地面を転がる。土煙を上げながら地面を滑る黒岩は、瓦礫の山に激突し、停止した。


「ぐ……!?」


 立ち上がる黒岩の露出している上半身の肌は破れ、皮膚がめくり上がり、黄色い脂肪の表面に、赤黒い血がにじんでいる。ズボンはだ。


〝お天道様からしてみれば、の話だが、日本にいる俺たちは秒速380メートルぐれえの速さで動いてるそうだ。ジャンボジェット機よりも速え。一瞬だけでも、? クックックックッ〟


 黒岩の身体からは、蒸気ではなく、煙、が昇っていた。まくれた皮膚の端々は黒く焦げている。発火せずに、それだけで済んだのはレベルで強化された【耐久力】のなせる技だ。


 黒岩は動いていたのではなく、停止していたのである。この世界で黒岩、ただ一人が。


 黒岩の身体は徐々に再生していた。

 だが————。


〝やっぱ。くくく、まだまだ『逝く』ぜ? ——【暗黒種トゥナバリュー シュメーヌ】〟


 山本の、いや、骸骨の口が大きく開き、前方の空間が歪む。

 その歪みは一瞬で瓦礫まで降り、その瞬間、。瓦礫がぼろぼろと崩れ始め、それが広がり、黒岩に、じんが迫る。

 黒岩の皮膚は完全に復活していないものの、内部の骨や筋肉は運動機能を取り戻していた。黒岩は跳ぶ。


 その今いた足場も粉々になり、風に飛ばされる。代わりに、黒い根のようなものがその中をうごめいている。


 黒岩は上昇が落下に切り替わる前に、大きな黒球を地面に向かって放った。更に昇る。

 

 鎖で小さな黒球を手繰り寄せ、それを蹴った。昇る。


 地面に到達した黒球は、瓦礫ほど早くはないにしろ、崩壊を始める。黒岩はそれが砕け散る前に自身の武器を消失させ、また現わし、空中に居続ける為に同じ事を繰り返した。山本を攻撃する余裕はなく、落ちないことに精一杯だ。


〝忙しそうじゃねえか、あつし


 山本は両肩の禿はげたかの黒い翼で、小さく上下しながら、宙に、浮いている。黒岩が自分よりも高い位置に昇る事も意に介さずに、ただ眺めていた。


 黒岩は下を見た。


 瓦礫の山は、アスファルトとコンクリートと鉄でできた砂漠と化し、今も黒い根が絶えず、動いている。その中央から、黒い幹が伸びていた。

 それはどんどんと成長し、山本のいる高さに並ぶと、そのてっぺんに大きなつぼみをつけて、黒い花が咲いた。


「うぉるぁあああああああッッ」


 黒岩は上空から山本に、黒球を放つ。が、山本はそれを、かわす。


〝せっかち、だな。これからが良いとこなのによぉ〟


 咲いた黒い大きな花は、ガラスのように砕け散り、その幹も、根も、全てが砕け、消滅する。

 そして、黒と白が混ざり合う砂漠に、草が、枝が、花が広がり、それらに月明かりが当たり、緑を、見せていた。


〝世の中全部、。失われては何処かで誰かのもんになり、壊れては何処かでまた、別のもんが産まれる。お前さんが嫌んなる気持ちもわかるぜ? 終わりがねえからな〟

「……!」

〝死んでも終わりがねえんなら、生き続けるしかねえよなぁ。篤、選べ。今までどおり俺の弟分として生き続けるか、それとも、ゾンビになって、


 髑髏どくろとなった山本のそうぼうの中身は、黒いゼリーのようにとろけており、少しだけ、あいしゅうを匂わせた。だが——。


「ふー、ふっ、ふっ、どちらも、御免です。俺は、アンタの居ねえとこに、行きてえんですッッ!!」


 今の黒岩は、かなしみや淋しさを、共感できない。

 黒岩が下に伸びた鎖を引くと、大きな黒球も勢いよく、山本の足元に迫る。

 反動で黒岩の身体が、同じスピードで地面へ向かう。

 更に、上の鎖も引いた。

 小さな黒球が山本の頭部に迫る。

 反動で黒岩の身体が上方へ戻る。


〝【闇障壁ミューラス トゥナバリィ】〟


 黒球たちが、山本の近くで止まった。


「なっ!?」


 空中で踏ん張りが効かないとはいえ、渾身の力を込めた攻撃だ。なのに、


〝【ステータス】ってのは、強えほうが優先されるらしい。元々の俺のほうが【屍人ワイトロード】よりも【パワー】が上だ。だから、それが反映される。ただし、【MP魔力】はこの姿の方が上。【擬態】してた時よりも、はるかにな。、篤。いや、新たな始まり、かもなぁ。くくくく〟


 山本の口調に笑みが戻っていた。

 大きな黒球は下に落ち、小さな黒球の鎖は、山本につかまれている。

 黒岩が鎖に力を込めた。

 二人が近づく。


〝————【トゥナバリィ】〟

 

 二人を暗黒のドームが包んだ。

 外からは、ただ二人が浮いているように見える。しかし、内からは、暗黒、だ。

 それが反転する。


「お、おお、おおおおおおお……!」


 黒岩の肌が、老人のように、萎れていく。

 黒球が、鎖が、ぼろぼろに、粉々に、欠けていく。

 黒岩の皮膚がのように剥がれ、粉になり、舞う。外からは見えない。今は、外から黒い巨大な球が、二人を呑んでいるからだ。中に居る二人だけが、全てを、見渡せる。


「お、おおお……」


 剥がれた皮膚の下から脂肪が、筋肉が、あらわれる。だが、乾いている為、光沢がない。やがて肉も粉となり、骨格、が浮き彫りになる。


「……」


 声を出すのに必要な器官が失われ、黒岩は、無言になった。

 その骨も失われてゆき、その頃には脳も消失され、残るのは黒岩のクントゥムのみとなる。

 それを、山本は骨だけとなった自身のてのひらに納めた。


 闇のドームが晴れ、辺りが元の、やみに戻ると、そこに居るのは、人の姿に戻った山本のみ、である。


「ふぅ、命ってのは、あっけねえもんだ。篤みてぇな奴でも、たぶん、誰でも、こんなもんなんだろうなぁ」


 人の表情に戻った山本に浮かぶ表情は、明らかに、淋しがっていた。


「おい、お前ら、ちゃんと集めたんだろうな?」


 山本に声をかけられ、二体の【レイス】と、一人の【屍人】が姿を顕す。


〝当然ダ〟


 佐藤をぶら下げた若頭カシラが答えた。

 二体のレイスが山本へ手を伸ばす。

 その掌の中には、大量のクントゥムがあった。黒岩が破壊した建物の内部にいた者達だ。


「さて、篤。お前さんは特別に、俺と同じ、上級のアンデットにしてやるよ。くくく——」


 山本の口元は笑みを浮かべるが、その目は相変わらずに、淋しさを残している。


「そうだなぁ、生意気な口が利けるように、意識も残してやんなきゃなぁ。今までみたいによ、それでも——」


 外道サタニック 棒切れマジェスティックが霧のようにクントゥム達を包む。


「偽もんの命には、違えねえがな」


 ここに新たに、新たな、山本のしもべが、誕生した。



 






 

 



 


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