3 大魔縁。

 オレンジ色のナトリウム灯とLEDの白色光が混在し、三、四階建ての低いビルと民家が混在する、そんな区画。


 ピンクの光で彩られたビルの屋上に立つのは黒岩だ。両手に鎖を携え、鎖の両端には棘付きの大きな黒球と小さな黒球がついていた。それぞれの黒球は、黒岩のいるビルの外壁に、めり込んでいる。裸体の上半身に浮かぶ汗が、白いとなってはつしていた。


 二体の【レイス】に両肩を支えられて宙に浮かぶのは山本だ。光沢感のある茶色い蛇柄のスーツの右肩はやぶれ、いれずみの入った筋肉質な腕が、露出していた。その手に握る、自身の背丈ほどもある黒い棒の上端が、黒いとなって「何か」を形作ろうとしている。


 黒岩は攻撃しない。

 攻撃したとしても、先程と同じように【闇魔法】で塞がれるのは目に見えているし、がいる事も考えられる今のこの状況では、闇雲に動けないのである。

 黒岩は、血走るまなこでただ、その光景を眺めるだけだ。多少の好奇心も、あるのかもしれない。


 そして、それは、産まれた。


「く、ろいわ、しゃ、ちょう……」


 それは、佐藤、だった。

 だが。

 その顔面は、そうはくだ。

 その顔面も含め、灰色のスーツから覗く肌の所々が

 そのスーツ自体も、まるで数年間毎日着続けたかのように、ぼろぼろになっていた。


「ソイツは【屍人ワイト】っつー、【アンデット】の【モンスター】だ。【ゾンビ】よりも、ちっとばかし上等なヤツだが、まぁ似たようなもんだわな。何が違うかってーと、『知性』だよ。生前の【スキル】と【職業】を使、それがコマの、。更に——」


 佐藤の肌の血色が、質感が、見る見るうちに、戻る。スーツも新品のような綺麗さだ。


「俺が【スキルポイント】を分け与えることで、スキルも取得できる。コレは【たい】だ。おら佐藤、何か喋ってみろや」

「はいアニキ」


 佐藤の返事はりゅうちょうだ。


「おいおい、返事だけなんて味気ねえ。お前さんの社長に何か言えっつってんだよ。それと、俺はお前のアニキじゃねぇ。山本さんって言え」

「はい、山本さん」


 佐藤の姿は生前の姿、そのままだ。それが逆に黒岩には、


「しゃちょ——」


 ぐしゃ。


 ビルにめり込んでいた大きな黒球が自由になったかと思うと、黒球はそのまま、佐藤を、潰した。だが——。


「びゅー、じゃぢょう。だぜ、ぼでを…………黒岩社長、何故俺を、殺そうとするんですか……?」


 潰れた呼吸器を再生させながら、佐藤が黒岩に問う。こぼれたのう漿しょうや血が動画の逆再生のように佐藤に戻ってゆく。

 そして、佐藤はまた、完全に、元に戻った。


「くく、ひひひひひ、くくく、うぁっはっはッッ!! ……なああつし、てめえの子分をゾンビにされた気分はどうだ? はらわたァ煮えくり返ってるかい?」

「ふー、ふー、ふしゅうぅぅぅぅ——ええ、とても」


 黒岩の頭は、マグマのように熱くなっていた。

 だが同時に。

 目の前の異常な光景を目の当たりにして、冷静にもなっている。


「アニキ、その武器、【福引券ラッキーチケット】、でしょう? 何故アニキは、? 魔法もそうだし、スキルも、沢山あるみてえだ」

「良い質問するねぇ? だが、答えはシンプルだ。使。ちょっと考えればガキでも思いつきそうなアイディアさ」

「なるほど——」


 黒岩は再び、鎖を振るった。

 再び、佐藤に。

 再び、佐藤は潰れた。

 再び、元に戻る。


「ふしゅぅぅぅ、なるほど、こりゃ便利だ。一回潰すたびに【経験値】が入る」

「さすがだな? それがゾンビ化の欠点だ。創造主の俺には経験値が入んねえのに、他の奴に無限レベルアップを許しちまう。見境なしにだれかれかまわず駒にはできねえ。——おら若頭カシラ、出番だ。佐藤を隠せ」


 山本の左肩にいる方のレイスが「アア」と言い、姿を消す。山本は一瞬傾くが、右にいたもう一方のレイスが二人分の役割りをこなし、安定する。

 その隙に黒岩に飛ばされた、小さな黒球も、空を切った。

 

若頭カシラまで……」

「くく、それだけじゃねえ。はもう、殆どがこの世のモンじゃねえんだよ。俺を支えてるコイツも——ああ、お前さんとは面識もねえだろうが、やながわかいの役員の奴だ。じきに、ゼンブの奴らがこうなる。くく、くくくッ」

「……、が」

「違うな、どうだぜ、俺はァよ? 極道なんてぇモンとは真反対のなぁ。お前だって似たようなもんじゃあねえか。これからお前も。これからも仲良くしようぜ? くくくくくくく」


 黒岩はいつも、自分の為だけに怒りを使っていた。だが「気づく」というのは、いつも、遅れてやってくる。

 黒岩はもう、たのしい、とも思っていなかった。

 あるのは、いかり、だけだ。


「うッ、ぐぅッ、おおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおとおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおッッッ!!!」

 

 黒岩はめちゃくちゃに、鎖をぶん回した。


 ビルや民家、電柱のコンクリートや道路のアスファルト、自分の立つ足場、山本が浮かぶ空中、消えた佐藤が先ほどまで居た場所、ありとあらゆる所に黒球たちが舞う。

 黒岩を中心に、えん、ではなく、きゅう、のような風が、渦巻いている。


 壊れる物たちの内にいる者達も巻き添えに、叩き潰し、黒岩に大量の経験値が入る。


「ちっ! ヤケになったか!?」


 山本はつまらなそうに毒づくが、黒岩は、ヤケになったわけでは、ない。


 山本の声の位置へ、鎖が伸びた。

 レイスが上昇する。

 空を切った大きな黒球と入れ替わるように、小さな黒球が、山本の顔面を追った。

 二つの黒球に込められたエネルギーは、その質量を除き、平等だ。そして今のこの場合は大きな黒球の持つエネルギーも、小さな黒球の糧となる。

 つまり、凄まじい速度と、威力だ。


「【闇障壁ミューラス トゥナバリィ】……ッッ!!」


 小さな黒球が止まる。

 が。

 そこに大きな黒球が、再び向かった——。


 ギンッ!


 二つの金属がぶつかり合った音にしてはが鳴る。


 小さな黒球は、山本の闇を突き抜けて、山本の右胸に激突した。

 それは突き抜ける、というよりも、えぐる、だ。

 黒球の持つエネルギーが、山本の胸だけでなく、その周辺の部位までをも、持ち去った。


「がふっ」

 

 山本の右胸にバスケットボール大の穴が空いていた。脇腹は千切れ、折れた肋骨が剥き出しだ。


「ふー、ふー、本当の闇は見えねえ、って言いました、よね? ふしゅぅぅ、なら、どうして当たる瞬間に、、んです?」


 先ほど黒球が止められた時に黒岩には、一瞬だけ、闇が、視えていた。闇が「真の闇」でいられるには限度がある、それも、限りなく浅い限度が。そもそも「魔法自体」は、低レベル者でも【黒魔導士】を選ぶだけで使えるハズだ。万能であるワケがない。

 その憶測だけを頼りに黒岩は、黒球の威力を重視したのである。そして、それは、正解だった。


「や、やる、じゃねえか」

「ふ、しゅうぅぅぅぅ。他のヤツを、生き返らせるっつってもアニキ、アンタの強さは変わらねえんでしょう? ふー、ザコが俺に、群がる前に、アンタを叩きゃあ良いだけのハナシだ」

「くくく、俺のゾンビ共を呼ばわりか。くくくくく——【拡散魔法ビューラブ】」

 

 山本が魔法を呟く。

 未だエネルギーを失わずぐるぐる回り続ける二つの黒球から、黒い粉が舞い散る。その速度も減少し、やがて、カタチが欠けていく黒球たちが見える。

 黒岩と黒球を繋ぐ鎖からも、黒い粉が出続ける。そして、千切れた。

 二つの黒球たちは解放されて吹っ飛び、勢いを失い落下し、地面に当たって、砕け散った。


「闇ってのはよ、便利なようで不便なんだ。エネルギーを吸いはするんだがな、それをどっかにやっちまう」

「ふー、ふー、でしょうね」


 黒岩の【モーニングスター】が一度消える。が、即座に復活した。


「ふしゅうぅぅ、それでも、俺には、怖えもんに見えます。だから、【HP体力】が削り切られる前に、アンタを、叩き潰す……ッッ!!」


 鎖が鳴る。

 山本に、下から小さな黒球が、上から大きな黒球が、迫る。


「——闇障壁ミューラス トゥナバリィッ!」


 山本の上下にハッキリと、闇が生まれた。


「——拡散魔法ビューラブッッ!」


 闇を突き破る黒球たちの威力が弱まる、が、山本の左脚を挟み、潰した。

 黒球たちが鎖と共に、また、砕け散った。


「ふ、しゅう……アニキ、大人しくやられてくだせえ。世の中パワーだ、どんなカタチのモンでもね。圧倒的な個人に敵うモンなんてねえんですよ」


 山本の身体からだは既に再生している。だが、黒岩の黒球も再生していた。


「く、くく、ちょっと違う、な。圧倒的な個人が、雑兵を使うから強えんだ」

「それ、が、失敗だったん、ですよ。俺も、アンタも」

「くく、俺はまだ、何にも失敗してねえぜ」

「ふぅ、そうですかいッッ!!」


 今度は黒球が山本の前後を襲う。

 レイスごと、山本の上半身が吹き飛んだ。

 レイスは直ぐにその姿を取り戻すが、山本は別だ。先ほどの右半身や左脚のように素早く治りはせず、【外道サタニック 棒切れマジェスティック】の黒い霧が包むのみである。


「お、終わり、です。アニキ。今まで、お世話になりや、した」

 

 経験値が入って勝利を確信し【バーサーク】を解こうとした時、黒岩は違和感を覚えた。

 山本が、浮いたままだ。


 そして、残る下半身から、肉が昇り、復元していく。


 ————馬鹿な。【クントゥム】ごと消し飛ばしたのに、何故まだ、再生できる。


 じゅくじゅく、と音を立てて復元する肉は、

 それは百足むかでだった。

 それはへびだった。

 それは馬陸やすでだった。

 更にその表面を黒く小さなこうちゅうも走っている。

 

 甲虫達が集まり、その骨格を成し、他の毒蟲が肉を型どる。骨の周りをうごめく毒蟲達のその様子は、山本の刺青の図柄、そのままだ。

 形成された頭蓋骨の右眼から出た蛇が、左眼へ潜る。首からあごへ百足が昇り口から出てきて、馬陸と共に、耳であろう穴へ潜り込む。頭頂の隙間からまた出てきては潜る。胸骨の奥も似たようなものだ。骨格のない腹でもぞうのように、毒蟲が蠢く。やがて、脈打つように、規則正しい動きとなった。

 両肩からも黒い甲虫の骨格が伸びていき、毒蟲達が、禿はげたかのような翼を創り出した。いや、実際に、禿鷹の首までをも、両肩に、再現している。


 山本は言っていた。「お前の知る奴は殆どこの世のモンじゃねえ」と。

 山本は、自らを、アンデット化していたのである。

 それも、ゲームの初期も初期、二日目という序盤のこの世界の【プレイヤー】である黒岩には、想像もできないくらいに上位のモンスターに、だ。【魔物】である事に疑いの余地はない。


〝ぐ、ふふふ。驚いたか? コレが、今の俺——【屍人ワイトロード】だ。本来なら今のレベルで扱えるハズのねえヤツだが、てめえがソレになるなら、ハナシは別さ。俺は、俺の枠をも、ぶち壊したんだ。くくくく、嬉しいだろう? お前の枠も俺が、壊してやるよ。くくくくく、ひひ、クックックックッ〟


 隙間だらけの、その身体のどこから、そんな声が出せるのか。

 ただれたような身体から聞こえる爛れたような声。人のようなカタチの、人ではないモノ。

 増幅していた怒りによって隠されていた恐怖の感情が、黒岩の中に、蘇り始めていた。


 ————この日本には、だいえんと、呼ばれる者が、いる。

 魔縁とは仏教に於いて、聖道を妨げる障害や生命を脅かす、三障四魔、であったり、六道の範疇でない天狗道、即ち外道に堕ちた者を指す言葉だ。

 何故その者がそう呼ばれたのかというと、実際に大魔縁になった姿を誰も見ていないものの、その者が生前、自身で「大魔縁となる」と言い残し、その者の死後、災いが続いたからである。人々は確証のない物事でも、強烈な体験を経れば、自己でその想像を増幅させるのだ。

 その者が本当に大魔縁であるのかどうかは、誰にもわからない。


 しかし今、黒岩の目の前に、全ての死を内包したような、禍々しい、強烈な闇を、放つ者がいる。


 ————————魔王。


 黒岩の脳裏に、そんな言葉がのだった。



 


 


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