2 外道の棒切れ。


  黒岩の投げた黒球が、山本の眼前に迫る。山本は余裕そうな表情で、半歩左にずれた。そして——。

 短機関銃が、山本の腕、砕け散った。山本のスーツの右肩がずたずたにやぶれ、腕はなく、ただ血だけが噴き出すのみである。


「くくくくく、イッテェなぁ? おい」

「どういうつもりです? アニキ」


 山本と黒岩、両者ともに、いた。まるでいたずらをし合う少年のような表情だ。


「なに。ただの確認さ——」


 山本の右腕が再生して、元のカタチになっていく。

 その間にも黒岩が鎖を振るう。黒球が飛ぶが、今度は完全に避けた。

 再生した山本の右肩口から手首までのぼりいれずみが、露出している。点在する髑髏どくろ百足むかでや蛇、筬虫おさむし馬陸やすでなど無数の毒蟲が絡みついている図柄だ。


「見事なもんだよなぁ、おい。腕がもげても直ぐに治るどころか、こうしてスミまで治っちまう」

「そんな事の為に、わざわざ【HP体力】ってヤツを、無駄にしたんで?」

「無駄って事はねえさ。俺もお前も、【レベル】でいうならって感じだろうなぁ。その武器、大した威力だがな、俺のも、見せてやるよ——」

あいにくですが、遠慮しときます——ゔうぉんッッ!」


 山本の右手の中に、漆黒のが現れるが、そんな物はお構いなしと言わんばかりに黒岩が鎖を振り回して、黒球を飛ばす。

 山本はテーブルを蹴って窓から外に飛び出した。ガラスがれ、その破片が身体に刺さることも、意に介さずに。

 黒岩が鎖を引く。二つの大小異なる金属製の黒球が、アメリカンクラッカーのようにぶつかり合う。

 ぶん回す。

 黒球達が、壁を砕きながら黒岩を中心に、衛星のように回った。

 ずずん、と音を立ててビルが、崩れていく。

 黒岩は頭上に黒球を打ち上げ、穴を開け、そして飛び出す。

 事務所の隣にあるラブホテルの屋上に着地した黒岩の目には、簡素で長い黒い棒を持ち山本が映っていた。


「ふーふー、こいつは、意外だ。アニキ、あんた使か」

「そう、俺の武器は、この杖さ——【外道サタニック 棒切れマジェスティック】っつーんだ。中々にオシャレだろ?」

 

 山本の背丈と同程度の長さを持つその杖は、光を一切、はなっていなかった。僅かな反射光などもなく、しっこくと呼ぶに、相応ふさわしい。


「ふー、ふー、ふー……余裕、ぶり、やがって。ふ、ふふ、ふははははははっ!!」


 黒岩の【スキル】である【バーサーク】は、別に理性がなくなるわけではない。ただし、感情とは本能。一部の本能が消えると残った本能が、まるで雑草や苔のように増殖してゆく。つまり、黒岩は、興奮していた。


「くく。まさかおめえ、ナニがおっ立っち待ってるとか言わねえだろうな?」

「し、心配、しなくても、アニキのケツは掘らねえ、ですよ。ふ、ふふふ」

「あたりめえだ」

「ケツもまとめてぶっ潰してやらぁッッ!! ううぉおおるぁあああッッッ!!」


 黒球が、山本に、向かい来る——。


「【闇障壁ミューラス トゥナバリィ】」

 

 黒球は山本の眼前で止まり、そして、下に落ちた。


「知ってるかい? 人間ヒトの眼ってのは、光を視る為にあるんだとよ。だから、厳密には闇を、見ることなんざできねえ。くく、。ホントの闇ってのは、黒じゃなくて透明なんだ」

「……博識、です、ね」

「当たり前だろうが。【闇魔法】——俺の商売道具になる【魔法】だぜ? 調べるだろ、普通はよ?」


 白魔導士と黒魔導師の違い、それは、扱う魔法の【属性】だ。白魔導士は闇と大地「以外の」属性を扱い、逆に黒魔導師は光と天空「以外の」属性を扱う。

 転職時に選択する属性は個々人により異なるが、白魔導士は天空魔法と光魔法の複合である【回復魔法ストゥーラ】を初期から使え、黒魔導師は闇魔法と大地魔法の複合である【拡散魔法ビューラブ】を初期から使える。

 そして山本が選んだ属性は、闇、だった。


「相変わらずの、勤勉さ、だ」

「お前さんには負ける。俺はな、篤。本気でお前を『ボンクラ』だと思った事は、一度もねえんだ」

「な、舐められるでしょう、そう、しねえと。アンタ、ら、みてえな奴ら、には」



 黒岩がヤクザになったのは、まだ学生であった頃である————。


 黒岩は高校球児だった。


「タカハシ、てめえ、なんで俺の指示通りにしなかった?」


 黒岩が所属していた高校は公立校だったものの、県内ではと言われていた。先輩達はその立ち位置に満足し、勝つ事よりも、メンツを保つ事を重視するような状態——あそこには勝てるはずがないから酷い負け方に見えないようにしよう、あそこは格下だからスマートに見える勝ち方をしよう——そんな感じである。

 後輩部員達は黒岩も含めて、先輩達と自分達の現状に、不満を感じていた。やがて先輩達が引退し、黒岩がキャプテンになる。部員達は皆、黒岩に期待した。

 だが、黒岩は、極端だった。


「ち、チャンスだと思ったから、振ったんだよ……」

「それは打てるヤツのセリフだろうが。まだ打ち上げちまったから良かったものの、ゴロだったらゲッツーだ。え? 俺は間違った事言ってっかよ?」

「れ、練習試合だろ? チャンスがあったら積極的に……」

「積極的に? ハッ! 積極的に、何だよ? 積極的にオナニーするのが、てめえの野球か? 良いか? 練習『試合』はな、練習した成果を試す場所だ。練習で打てねえ奴が急に当たるようになる場所じゃねえ。負けねえ為には勝つんだ。それしかねえ」


 他の部員達は先輩に不満を持っていた。しかし、黒岩は自分以外の全員に、不満を持っていた。なんだかんだ先輩達をならって中途半端な練習しかしない部員達全員だ。勝つ為の方法を理解すらしようとしない部員達は、自分が管理するしかない、そう考えていた。

 だが、口で言うだけでは、足りないと感じ——。


「おい一年! ソイツを押さえろ」


 後輩部員に命令した。力を示すしかない。

 後輩達は「え?」と声を漏らすが、黒岩は無言で後輩達を睨む。後輩達は、言われた通りにした。


「な、離せよ! お前ら!」

 タカハシが叫ぶ。


「俺が押さえろっつっただろうが。良いんだよ」

「く、黒岩! 何する気だよ!?」

「オナニーが好きなんだろ? 手伝ってやるよ。おいウシザカ! そいつのパンツ下ろして!」


「い、嫌っす……」

 ウシザカは拒むが、黒岩は続けた。


「お前も少なからずムカついてんだろうが。ええ? どうなんだよ?」

「む、ムカついてなんて——」

「オイッッッ!!」

「ひっ! や、やります!」


 黒岩は、それが正しいと、思っていた。

 しかし、チームメイトにそんな事をして、許されるはずがない。その件が教師にばれて、黒岩は退部した。退学にならなかったのは、教師達と両親が尽力したおかげであったが、くされた黒岩にとっては、どうでもよかった。

 その後うさを晴らすかのように黒岩はあたり構わず喧嘩に明け暮れ、結局、高校を辞めるが、「次の就職先」は決まっている。これから自分はヤクザになるのだ。中途半端な連中から離れて、極道になれる。

 黒岩の心は希望に満ちていたが、待っていたのは足の引っ張り合いと、だけ取り繕ういやらしい世界。求めていたものと大きく違ったその世界で、黒岩は少しずつ、————。



「お前、言ってたよな? 『枠組みが弱けりゃ意味がねえ』とかなんとかよ? じゃあ枠を強くしようとは思わなかったのかい?」

「お、俺が? 無理に決まってる。既にある枠を、ぶ、ぶち壊しでもしなけりゃあ」

「だからよぉ? なんでぶち壊そうとは思わなかったんだ?」

「あ、アニキが、それ、を、言うんですかい?」

「……なんで俺が今日、ここに来たと思う? 昨日じゃなくてよ? ぶち壊して来たんだぜ? お前の為に——」


 山本が外道サタニック 棒切れマジェスティックの持ち手側の端を軽く振り、虚空に小さな円を描く。


 二匹のが現れた。曖昧なその輪郭は人のようなカタチをしており、山本の両隣で、


「な——ッ!!」

「コイツらはよお、【レイス】っていう【モンスター】だ。【アンデット】ってやつさ」


 二体のレイスの頭部にあたる部分には、目のような光が微かに見えた。身体が闇に溶けていないのは、僅かに揺れる空気が異様な存在感を放つ為である。


「ど、どこから……!?」

「さっき言ったろ? 『本当の闇は視えねえ』ってな。くく。そんで、良いもん見せてやるよ——」


 山本が左手を伸ばすとその手の平に向けて、二体のレイスも腕のようなを伸ばす。そして二つの石が、山本の左手の平に置かれた。


「コレ、わかるか? 佐藤と加藤の【クントゥム】だ。一個ずつだと足んねえか。加藤には可哀想だが、

「な、何を言って、いる!?」


 山本の右手にある、漆黒の棒から、黒い霧のようなものが、否、が霧のように広がり、二人分のクントゥムを包み込む。

 やがて、その黒は、膨らんでゆき、人間一人分の大きさとなった。


「くくく、コレが、この棒切れの、能力だ」


 


 

 


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