第七話 CARE FREE WORLD DOMINANT LIFE .

 1 キレ散らかすのは気持ちいい。

 遠くで鳴る爆発音が聴こえる。

 短く整えられた白髪混じりの頭髪を持つ山本のグレーの色眼鏡が、部屋の天井にある蛍光灯で、薄くける。


「くく。たぶんこの騒ぎ、勇吾と、隼人ってヤツのだろ? なあ、黒岩」

 

 ここは「佐藤商事」とかかげられた看板のあるビルの二階——事務所だ。上下に光沢感のある茶色の、錦蛇のような柄の入ったスーツを着こなす山本が、まきくゆらせながら黒岩に訊く。

 

「ええ。ですが、こんな色んなトコでのドンパチ。隼人はともかくとして、勇吾のヤツ、分身でもしてんのか?」

 

 応えながら黒岩は、喪服のように黒いスーツから出た丸い腹をいた。あちこちでパトカーや消防車、救急車のサイレンが聞こえる。半開きになった窓の遠くの港の方角でも竜巻のような影も見えた。


「仲間でも集めたんだろうよ。それよりもよ? 腑に落ちねえ事があるんだけどなぁ——」


 山本は、二センチほどに伸びた葉巻の灰を、ステンレスの皿に落とす。くわえられていた葉巻の端の部分を、山本の唾液がいた。


「実はココに来る前にちょっと『業者』んトコ周ってみたんだ。どうも計算が合わねえんだよなぁ。黒岩、お前さん。どこでカネをキレイにしてたんだ?」

「……」

「んでよお? 人材、とやらをルームシェアだかで住ませてるっつートコも周ったんだけどよ? やしなかった。そもそも名簿の人数とあの部屋の数、流石に無理がねえか? 更に——」


 山本の追及が始まった時には、スキンヘッドから流れる冷や汗でくちひげ湿しめらせた黒岩であったが、今は手を後ろに組み、山本にせいたいして、静かに、耳を傾けている。


「盗まれたカネだよ。で大騒ぎしてたがよ? まぁ確かに、作業員全員にキチンと渡すもん渡してたんならそれぐらいしか残らねえだろうが、それなら『汚ねえ仕事』やらせてたヤツらへの報酬は、どうしてた? ホントはもっと沢山稼いでたんじゃねえのか——? ええ? 黒岩。答えてくれるか」


 色眼鏡で見えにくい、山本のりょうまぶたは、くぼんでいた。


「……アニキ、早起きですね」

「ああ!?」

 

 黒岩は右手の親指と四指で挟むように自分の両頬を撫でている。短い口髭がと指先でねた。

 その五指にはそれぞれ、繋いだ跡、がある。


「奴らは皆ちゃんと、それぞれの下宿に居ましたよ。

「ほお?」

「アニキも知ってるでしょう? 俺はテメェ以外の面倒を見るのが苦手だ。変に【レベル】だ【ステータス】だのと好き勝手されちゃあ困るのでね。始末したんですよ」

「死体は? ああクントゥムってヤツを抜いたわけか」

「ええ。こんな世の中になっちまった今じゃ、だとか、そういう仕事も必要ない。いるだけ邪魔です。口座だけあれば、それで良い」

「この会社は?」


 淡々と語る黒岩に、山本の口角が持ち上がっていた。


「さあ? 元々俺のもんじゃねえ。俺はね、カネだけありゃあ良いんですよ。それで、次の場所へ行く」

「一人でか? 水臭えな」

「ええ、一人です。佐藤も加藤も、そしてアニキも、俺には要らねえ」


 二人をただ見ていた佐藤と加藤が「え?」と、声を漏らす。


「ふー……おい黒岩、いやあつし。俺はよ、感心してたんだぜ? お前さんは頭は切れるが、欲がなかった。それが会社まで作って熱心に金集めに走ってよ? 涙がちょちょぎれそうだった。あ、悪い。感涙モノだった」

「欲、か。少し、違えな。いや、今となっちゃって話ですがね。俺はたぶん、信用、できなかったんだ」

「信用?」

「いくら成り上がろうと頑張ったトコで、テメェの居る枠組みが弱過ぎちゃあ、頭打ちに遭うだけだ。ヤクザん中で頑張っても意味がねえんですよ。ああ違うか。たぶん、どこの世界でも一緒だ——」

「……」

「ガキに、枠から飛び出そうとこんな会社を作ってはみたものの、やっぱり、俺は俺。これ以上、頑張れねえ」

「次の場所ってヤツはどうしたよ?」


 山本はもう、笑ってはいない。


「それもよく、わからねえ。取り敢えず、アニキ、アンタがいねえトコロです」

「そうか。わかった——」


 山本はもう一口だけ葉巻を吸うと、それを灰皿に置いた。そして右手を頭の裏に回してポリポリと掻くような仕草をする。


「だがよぉ。俺はヤクザだ。お前さんがてめえ勝手に消えるってんなら、徹底的に足ぃ引っ張ってやる——こうやってな」


 山本はえりくびの隙間から黒い塊を取り出した——。

 銃声がなる。

 ——短機関銃だ。

 

 金属がぶつかる音と火薬の破裂する音が、同時に、短時間で、断続的に、この部屋の他の音をかき消す。熱を持つやっきょうたちが床に当たり、冷たく鋭い音を出す。

 放たれ続けるだんちゃくは、黒岩の腹に、しゅうだんしていた。

 ガンッ——。

 だんそうの角が床にぶつかる。山本は胸元に手を差し込み。新たな弾倉をそうてんするが、引き金はもう、引かない。


 背広とワイシャツが破けてあらわになった黒岩の腹に「黒い丸」ができていた。しかし、穴、ではない。

 黒岩の腹から、ものうみが絞り出るかのように、とげのついた黒い球体が、り出してくる。

 先の潰れた銃弾が床に、散らばっていた。


「くく。またそれっぽいヤツが出てきたなぁ。武器、だよな? くくく」


 直径七十五センチ程の大きな金属製の球体が、完全に黒岩からけんげんした。それを黒岩は右手で、担ぐように持つ。


「ぬんっ——!」


 投げられた球体が、山本に向かう。

 山本は屈んで避ける。

 球体が窓を破りそうになるが、ぴたりと、止まった。黒岩が左手で持つ鎖と、繋がっている——。


 中級職【狂戦士バーサーカーくろいわあつしの武器、【モーニングスター】。

 現実のせいきゅうこんと呼ばれるものとは違う、どちらかといえば連接棍フレイルに近い。しかし、つかのようなものは存在せず、鎖を直接持つような武器だった。大きな球とは反対に位置する鎖の端には、ソフトボール大の棘付きの球体が、同じく繋がれている。

 他の武器と同じく【耐久力】が反映され壊れにくく、防具とは違って重さや慣性も残るが【素早さ】も反映されているため、それらも軽減されていた。

 Cランクの武器、なのだが、銃弾を数十発受けても傷一つついていない。


「うぉらぁっ!!」


 黒岩が左手を引いた。こっきゅうが黒岩を中心に弧を描き、回る。

 そして——。


 加藤に、激突した。


 そのまま加藤ごと佐藤にもぶつかる。二人は黒球と壁に挟まれ、壁を砕いた。

 二人とも、上半身が、潰れている。


「おいおい。情はねえのか?」

「逆、だ。わけわかんねえで殺るより、キチンと哀しめるうちに、殺っておきてえ——」


 服が破けて脱げていれずみが露出する肌を、汗が流れる。むわっと湯気が黒岩の体中の毛穴から噴き出ているようだった。

【バーサーク】——喜怒哀楽のうち「喜」と「哀」を消失させ、自身のステータスを一時的に高める【スキル】である。

 

「くくく。なあ? 久しぶりに見せてくれよ。そんながらぁデッカく彫る奴、お前しか知らねえもんでな」

「いちいち他人ヒトに見せるもんでもねえでしょう? それに、敵には背中を向けられねえ」


 黒岩の背中にはかえるが彫られていた。焼けた石の上に不動明王のように剣を立てて鎮座する——そんな一匹の大きな蛙の周囲に、三本足の蛙がよんひき、菱形を作るように囲っている。


「敵、ねえ? くくくくく、悲しいぜ」

「アニキ、別にアンタを嫌いだと思った事はねえ。ただ、眩し過ぎて、ずっと、うざってえとは、思っていました——」


 そのセリフとは裏腹に、黒岩は大きく目を見開いて、ぐきを、見せていた。

 

「へへへ。喧嘩ってのはね。キレ散らかすのが気持ち良いから、楽しいんだ。そうでしょう? ねえ、アニ


 黒岩は再び、黒球を、山本へ放った。 

 

 


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