5 糞もそんなに悪くない。
埠頭に立ち込める霧が、信号灯から照射された
空間で二匹が動くたび、光のむらも変化する。
一匹は人間、一匹は【魔物】。二匹とも獣である事には変わりない。
ユンギが右脚を浮かせる。
霧が凝縮し
シンは身を低くしながら移動し、
ユンギの振り上げられた右脚の膝から下が、斧のように振り下ろされる。
舞う飛沫も斧のように、シンに迫る。
シンは前進した。
先程のように四肢と【
ユンギが傘を縦に振り下ろした。
水が鎌になり襲い来る。
シンは、
ユンギは滑るように躱した。
「足に履いた水」を波立たせる事で高速移動を実現している。
「ハァッ! ハァッ!」
「ふふっ」
「
「いやゴメン、おかしくはない。ただ、面白い。キミのその
シンを襲う水は常に、ユンギの傘と脚に合わせて動いている。
「魔法についても大体わかった。
「…………。【
霧が文字通り「霧散」し、海を吸って地上に再び
「諦める気はないみたいだ。だけど、残り少ない
ユンギが創り出した「水の竜巻」。それは、ユンギ自身を
ユンギは渦潮の中で腕を振った。
服の
口内の粘膜からその薬物が瞬時に吸収される。【
「イメジは!
「
彼の【ナビ】の
ユンギが摂取した薬物。
それは、
遠くのものが近くなり、ぼやけたものがハッキリとする。音を視る事ができ、色を聴く事ができる。
「
世界が、
「
その万能感が、ユンギの
ユンギを包む
(——これは、コッチからは手出し出来ないな)
シンが渦潮から脱出できたのは、その渦中にいたからだ。渦と同じ速度で移動していたから【スキル】で干渉する事ができた。しかし、今は渦の外。
シンが渦潮をどうにかしようとするならば、渦の周りを、渦と同じ速度で、回るように移動し続けなければならない。
「シン、この隙に逃げちゃえば? 栄養と睡眠以外で
(マスコちゃん、キミって……)
「ち、違うわよ! あんたも気づいてるでしょ!? 隼人くんと勇吾くんの他でも派手な音してるじゃない!?」
(あ、気づかなかった。戦闘に夢中でね。——なるほど、黒岩くん達か。でも、今はこっちさ。命を縮めてまで全力で来てくれるんだ。キッチリと決着をつけるのが、
————
シンは身構える。
「【
ユンギが魔法を唱えた。
水達が一瞬解放されるが、渦の
渦潮は細長く伸びていき、そして巨大な、
その
「〝
大蛇は天高く昇り、その尾は、ユンギが突き上げた傘の先と繋がっている。
傘が、振り下ろされた——。
ギュガガガガガガガガガガガガガガゴガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガカガガガガガガガガガガガガガカッッッッ!!!
大蛇の表皮が地面のコンクリートを削る。
傘が
大蛇の
シンはコンテナの上に飛び乗り、更に移動した。
ジュゥウヴヴァアアグゥォオオオオオォンンングァアアアアアアオォオオオォオオオオォオオオンンヌワァアアアアアアアンッッッッ!!!
コンテナが削られ、叩かれ、破壊され、弾き飛ばされる音が、魔獣の声のように鳴り響く。
シンは飛び交うコンテナの破片を「手」で掴み、破片の上に乗り、破片を走り、空中を移動する。
大蛇の
シンは大地を掴んで地上に降りる。
大蛇は身体をくねらせシンを追う。
シンの身体に、無数の破片が突き刺さった。
(スピード自体は大した事はない! でもその余波が! 大きな傷痕をつくるッ——!)
「凄いじゃないか! 人はただ糞を垂れる生き物! その通りだ! それどころか死ねば肉は腐り! 骨は風化し! 土に帰る! まさに糞そのものだ——!!」
シンの声が聞こえていてかいないでか。ユンギの目は血走っている。
「——だが糞にも意志があるッッ! 強い意志が残す爪痕は世界の! 大きな一部になるッッ!! キミの死体は残そう! この世界に! 糞はそんなに! 悪いモノなんかじゃあないッッッ!!!」
感情の
シンが大蛇の口に、飛び込んだ。
大蛇の身体が少し緩む。シンの行動が生んだユンギの感情だ。
しかし直ぐに引き締まる。
「馬鹿じゃないの!?」
マスコは叫び視覚をシンに繋いだ。
(すまないマスコちゃん。こんな戦いしかできなくて)
シンは
水に接する面も、水を押すように力を加えている。微妙に力の向きを換えながら。
そして——。
反発力がつくるスピードを利用してこの「チューブ」の先の尾に向かって猛スピードで移動する——。
チューブライディングをするサーファーさながらに進むシンの周囲には、グリーンルームならぬ「オレンジルーム」が広がっていた。空の月が、ぼやけて透けている。
大蛇がのたうつ。
シンはバランスを崩さない。シンの「手」は二本ある。
(月が綺麗だ。でも、キミのこの術はそれ以上に美しい。きっとキミは、この世界に、俺の想像も及ばない、とんでもない思い入れがあるのだろう。俺にはわかる、何故なら——)
尾の先にある小さな穴の先に、照明に照らされたユンギのオレンジの、白肌があった。
「俺の思いも! 強いからだ!!」
「——ッッ!?
それは大蛇に言ったのか、それとも、シンに向けて言ったのか。
尾の穴は縮むが、それよりも早く、速く、シンが飛び出した。
シンの顎が、ユンギの喉元に喰らいつく。
「キァッ……!」
ユンギの声にならない声は、吹き出る血液と共にシンの喉を、
「————!!」
シンの牙は、尚もユンギの肉に食い込み、やがて、メキメキと音を立てて、閉じる。
水の大蛇の肉が、飛沫となって飛び散り、大蛇は、消滅した。
ばちゃっ。
仰向けに倒れたユンギの首は
ぱしゃぱしゃっ。
シンも、着地した。
口周りから胸にかけてがユンギの血に染まっている。
「まだ、いるかい? ああ、彼のナビのキミだ」
シンには、ユンギのナビの声どころか、その姿さえも、認識できない。
「申し訳ない、とは言わない。そこの彼は、間違いなく俺を、殺すつもりだっただろうから。でもね。キミの彼の爪痕は、俺の中に、俺の世界に一生残る」
ユンギの周りのコンクリートを濡らしてるものは、血なのか水なのか、色だけでは判断ができない。
「俺はこれからも、そして、これからは、彼の糞としても生き続ける。そう考えればさ。糞もそんなに悪くない。そう、だろう? ——お互いに、名前も知らない、けどさ」
シンは自分の服を剥ぎ取り、ユンギに掛ける。
そして、隼人達が鳴らす音へ顔を向け、立ち去った。
第六話 THE SHAPE IS THE SHAPE OF EACH BATTLE . 終わり。
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