3 恐怖と不安は歓喜と同じ。

 がいとうにより、オレンジ色に染まった夜の道路。

 遠くから消防車のサイレンの音が聞こえてきてはいるものの、今のこの場所で走る車両は、隼人を車高の低いミニバンと、勇吾のバイクのみである。隼人と亜美が数を減らした事をまえたとしても、少なすぎた。

 隼人がそれに疑問を抱かないのは、勇吾に意識を向けているからである。

 

 オートバイからんだ勇吾は道路沿いの電柱に、まるでそこに重力があるかのように真横に着地していた。隼人がそこへ忍者刀を投げる。勇吾がんでバイクにまたがった。車体が一瞬傾くが、持ちなおす。肉体の慣性が、軽減されていた。

 忍者刀は電柱にれる。


(にしても、どうなってんだ? さっきのないと違って少し強めに投げたんだぜ?)


 隼人が「無言で」セリナに訊いた。人をちょうえつした、その思考速度で。

 セリナも早送りのような言葉で返す。

 もし「低レベル者」がこの会話を聴けたとしても、理解するには限りなく停止に近いスロー再生をする必要があるだろう。


「【レベルアップ】による【ステータス】の上昇はです。しかし、【装備】による上昇は、いわばざん。あの【ヒーロースーツ】はそれを使う者のステータスを1.5倍にまで引き上げる装備。肉体のパフォーマンスも、そして【運】も、大幅に強化されているのでしょう」

(今の俺は【忍者】だぜ?)


 隼人は今や「高レベル者」だ。低レベル者を数人倒した程度ではレベルアップできないほどに。【転職】もこれまでに、三回済ませている。今は【上級職】の忍者である。

 その身体パフォーマンスは、この地球上の生き物の比ではない。「本気で集中」したならば音速の半分以上の速度で活動できる。隼人がそれをやらないのは、自身の【耐久力】がそれに耐えきれないからだ。

 その隼人がで忍者刀を投げたのである。

 それをけた勇吾のステータス。

 装備だけでは説明がつかない。


 バイク上の勇吾が、自身のひだりひじの尖った装甲と上腕に生じたすきに、右の指先を差し込む。

 そして何かを取り出した。【アイテムポケット】を使用している。


(なんだ?)


 隼人はそれに疑問を持ったが、攻撃を続けない理由にはならない。無数のしゅけん、苦無、忍者刀を投げる。もちろん仕留めるつもりで。

 勇吾が体を傾けた。手裏剣がちゅうくうを通り抜ける。オートバイも傾くが、その傾くスピードはの武器を避ける速度に至らない。


 勇吾が右足で路面を蹴る。

 バイクが跳んだ。

 空中で何度も側転スピンしながら。

 

 勇吾の乗るバイクはオフロードではなく、「オンロードモデル」だ。そうされた道路を走る事に特化したものである。モトクロスのようなアクションを想定されて作られてはいないし、そもそもこんなアクションは存在しない。オンロードオフロード問わずバイクのライディングテクニックは、とうじょうしゃや車体の重量、バイクの機能や機構を利用して行うものだ。


 勇吾は、自身の肉体の性能ステータスでバイクをいた。


「ははっ!! すげーじゃねーか勇吾ぉ!!」

「隼人! 無駄話はいけません!」


 隼人は会話の成立するであろう速度で声を出し、それをセリナがとがめる。


(わかってるって)


 バイクが着地するところにはすでに、ほうらくだまが回転して浮いていた。事前に設定していたタイミングで、爆発する。


 隼人は、確かに、見た。


 勇吾が炮烙玉の破片からバイクをかばうところを。


 勇吾がさらに路面を蹴り、バイクが体操選手のように着地する。何事もなかったかのように追って来る。


(バイクがそんなに大事か? つーか、ダメージ少なくね?)


 勇吾のスーツはひび割れ、やぶれたりがれたりしてなまが露出している部分が、あちこちにあった。スーツの残る部分と生身の部分を選ばず、全身に陶器の破片が突き刺さっている。

 だが、肉がえぐれたりれたりしていない。

 損壊が小さいのである。


 勇吾が肌とスーツの隙間から二リットルのペットボトルを左手で取り出した。

 兜のようなヘルメットのあご部分が開いて、ペットボトルを迎え入れる。

 勇吾はキャップを噛みちぎり、ペットボトルを握り潰した。

 勢いよくその茶色い中身が勇吾の口に注ぎ込まれる。

 肉体とスーツが再生し、刺さっていた破片が、弾き飛ばされた。


(ずりーなあいつ)

「狡くはないでしょう? 初期状態で他人を殺傷できる軽火器などと比べれば」

 

 同じランクの装備は同等の強さになるよう調。銃や爆発物などの誰でも他者を殺傷できる装備と、剣や鎧などのシンプルな装備が、同等になるように。

 隼人の【初球忍者セット】は元々殺傷能力の強い複数の武器が無限に湧き出るというのため、ステータスが反映されない。車両を破壊するのにわざわざ回りくどいじゅつを行ったのも、そのためだ。

 逆に勇吾のヒーロースーツは「ヒーローショー」に使われる衣装程度の強度しかない代わりに、ステータスを大幅に強化するという特性を持つ。そのステータスはスーツにも反映され、装着者のレベルによっては鎧としての機能も成立する。

 前者は使う者が低レベル者であってもの威力を発揮し、後者はレベルが上がれば上がるほど強い性能を発揮する。


「——と、するならば、です。大西氏は何処かで大量の経験値を獲得したのでしょう」


 隼人とセリナの「一瞬の会話」の間に、勇吾が右手に握る投げた。

 バイクにまたがった体勢から投げられたにも関わらず、銃弾のようなスピードで無数のが、弾けたように隼人とミニバンを襲う。


「アミ! もっとスピード出せ!!」


 言った時にはすでに、隼人はその「パチンコ玉」を手裏剣で撃ち落としていた。


 勇吾が手早く取り出し、また投げる。

 勇吾のコスチュームの至るところが「ポケット」として成り立っていた。


かよ!?)

「いいえ、無限ではないはずです」

(どれだけ隠し持ってるかわかんねーんだ。無限だろ)


 隼人が撃ち落とす。

 いちいち目で確認しながらではなく、そのステータスに身をゆだねながら。勇吾が手を振り上げた隙に隼人も武器を投げるが、パチンコ玉の数と速度により、その手数を制限されている。余裕が、ない。


「しかし、流石に異常です。いったい、大西氏は如何なる方法で——」

(セリナ、左を見ろ。たぶん、アレ、だ)


 隼人の目の端に左を通り抜ける対向車達が映った——全て、停まっている。誰も乗っておらず、ボンネットから煙が上がり、フロントガラスがひび割れ、エアバッグが飛び出していた。全ての車両が、である。


「くく! あはは! 勇吾! ゼンブてめえがやったのか!?」


 これが、勇吾だ。


「舌噛んでも知らねえぜ隼人ぉ!!」

 勇吾が初めて声を出した。


 これこそが勇吾だ。


 隼人が空手を辞めたのは、飽きたからではない——。

 

 勇吾は隼人が路上で編み出したテクニックを一目見て説明されただけで、説明されなくとも、すぐに覚える。

 隼人の悪事に加担したあの時も。悪事に抵抗を見せながらも、すぐに、素直に覚えた。

 よく観察し、考えるからではない。


 ————こいつは、何も考えていない。

 

 余計なことは、何も考えていない。

 隼人はそんな勇吾に、時には恐れを抱き、時には精神がざわつき、そして時には、魅了、されていた。

 だから、距離を置くのだ。

 成長を近くで見るよりも、そのほうが楽しいと感じたからである。勇吾を自分のグループに入れず、黒岩に預けた理由も、まさにこの「らく」のためだった。

 そして勇吾は今、敵として隼人の目の前にいる。隼人のみのった瞬間だ。

 背筋からるその感覚は、射精感に似ていた。勇吾は隼人に依存していたが、隼人のほうが勇吾に、依存していたのだ。

 

「お前もよ! ずっと俺とやりたかったんだろ! ええ!? どうなんだ勇吾!!」

 手を動かしながら、隼人が怒鳴る。


「はっ! 知るかよ!!」

 腕を振り上げながら、勇吾が怒鳴った。


(でも残念ンッ! !)


 勇吾から放たれたパチンコ玉を、隼人の手裏剣が弾く。勇吾の方向に。

 勇吾が両腕で払う。

 隙が、うまれた。


 隼人の左手に直径が隼人の腕一本分ほどの、巨大な手裏剣がけんげんする。——忍者専用Bランク装備。【おうひら手裏剣】である。隼人が忍者に転職するときに余ったスキルポイントで購入したものだ。


「てめえもハネ返して見ろ! なあ勇吾よォォォッッッ!!!」


 隼人が逢魔ヶ平手裏剣を、まるで飼い主がフリスビーで愛犬と遊ぶかのような心持ちで、投げる。

 ただし、手裏剣は勇吾の胴体に向けて一直線だ。


 ————さあ、どう対応する?


 隼人の勇吾を見る目は、期待に、満ちあふれていた。

 


 





 




 


 

 

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