2 アルゴリズム。
シンがユンギの術中にいる頃、「
隼人が立つのは車道を二つに分ける、車線上だった。数十メートル先から、二列の車両の群れが
「お遊びをする余裕はないと思われますが」
隼人の【ナビゲーター】である「セリナ」が言った。
(遊びじゃねえよ。作業の効率化と、そのための実験ってやつさ)
隼人はセリナに無言で返す。
隼人の体軸は
が、隼人はその倒れる速度を「遅い」と認識する。現在の思考速度と相まって、その集中力がそうさせているのだ。【
隼人の鼻先が、濃いグレーの面に引かれた白線に着こうかというとき——。
隼人は脚を、踏み出した。
車両群のスピードとは「無関係に」隼人はその
【素早さ】のステータスにより
先頭に並ぶ車両の
右手側の運転席と、左手側の助手席の窓へ、既に両手の五指で挟まれた
両手の人差し指、中指、薬指に
忍者刀を手首のスナップを使って投げる。続いて——。
短い縄に初めから火の付いている
両車両の真下に、それぞれ二個ずつの炮烙玉を、転がした。火の付いたものと付いていないものの二個セットだ。
その狙いは以下である。
フロントガラスよりも耐久力の少ないドアガラスに、手裏剣がヒビを入れ。
苦無が完全にガラスを割り。
忍者刀が車内の者を貫き。
炮烙玉が車内全体を破壊する。
下に転がる火の付いた炮烙玉が、その内側からの爆発力で
火の付いてない炮烙玉の
そのアルゴリズムを、すれ違う車両全てに行う————。
隼人はただ順番に作業をこなしただけであるが、隼人の背中が向く車両達は次々と、まるで連鎖反応を起こしたかのように爆発、炎上した。隼人の背中にできた「薄い空気」を追う「濃い空気」も、その爆発のエサとなる。
全ての車両を通り抜けた隼人は、気圧が元に戻る前に、その場から跳び去った。
「素晴らしい。一瞬の時間差と
相変わらずの無表情なセリナだが、その声は興奮気味だ。
(クソだせえ名前つけてんじゃねえよ、ユンギじゃあるまいし。てかまず俺を心配しろ。高えジャージがテカテカだ)
「肉体が無事ならば心配する必要はありません。むしろそうなればなるほど、抵抗と重さが減って良いのでは?」
(お前、すげー生意気になったな?)
「人見知りは気を許した相手にはこうなります。
(そんなん
隼人は文字通り一足で飛び、二階建ての屋根に乗る。背の高い建造物が並ぶ場所は遠くにあり、この位置からでもその街並みは、よく見えていた。
(ん? まだ全然バラけてんな?)
この街で鳴るパトカーのサイレンは、
「便乗した者達の対処に忙しいのでしょう」
(目的もねーのに暴れて人様に迷惑かけるってのは感心しねえな)
「貴方がそれを云いますか? 貴方が交番を破壊して回ったから、彼らの人手が減ったのだと思われますが」
(良いんだよ、俺は。んでセリナ、【
「十五メートルです」
(良くもまあそんな短い射程でオシゴトできるもんだね。どっかに集まってくれたなら俺も離れてやるつもりだったんだけどな。ま、仕方ねえ。邪魔だから、消えてもらう。悪く思うなよ?)
隼人は先程とは逆順に、自身の【装備】達を投げる。その「セット」達は、あらゆる方向のパトカー達に向かって飛んでいった。
放物線を描くそれぞれの炮烙玉を、それぞれの忍者刀、苦無、手裏剣が追う。炮烙玉が一番遅く、手裏剣が一番速い。
それぞれの炮烙玉
「あん? 【経験値】は入ったけどパトカーが燃えてねえ。追加だな」
隼人は炮烙玉
「アン! ドゥー! トロワー! おっしぇーい!!」
隼人の意味のない掛け声に合わせて、新たな爆発が起こった。
「どうだクソ犬! 聴こえてんだろ? 全部俺がやってんだよ! あははははっ!!」
「恐らく聴こえていないでしょう。港の方向に、水の竜巻が見えます」
セリナは隼人と同様に、
(へえ? ユンギのトコに行ったのか)
「ところで今のコレは、忍法、〝
(だからダセェって)
「違います。爆陣の『陣』は貴方の名前にかけたもので——」
(何が違うんだよ? はあ、もう好きにしろ)
「それと、
(良い。アッチまで相手するほど、まだヒマじゃねえ)
セリナの言う彼方は、黒岩達のいる事務所やシン達のいた公園がある方向だ。サイレンが残っている。
(たぶん住民の誰かがさっきのアレを通報したってだけだ。アッチに
「そうですね」
(つーわけでクルマに戻るぜ?
隼人は【
「彼女が【
(『
「彼女はどちらかと云えば、
(なら
「それは、私が信用できないという事でしょうか」
セリナの声が、少し小さくなる。
(あ、悪い、言葉のあやだ。
「そう、ですね……!」
一度道路沿いに並ぶ
(カネってのは
「と、云いますと?」
(純粋なチカラを求める、そんな原始的な世界が、これからの新しい世の中だ。俺がその『成功例』になってやれば、今まで以上に
「そうでしょうか? 別の『勝馬』が現れたら、やはり裏切るかと」
(? やけに食い下がるな?)
「食い下がってなどいません。ただ、貴方は彼女に、直ぐに名前を訊きました。私には、つい先程だったというのに」
セリナの無表情な目が隼人に向いている。
「ああ、そういうことかよ? 心配すんな。アミも邪魔になればぶっ殺す」
隼人は着地した。
「ちょっと、聴こえてるんだけど?」
下から「
素肌なのかファンデーションなのか。
隼人が着地したのは、ミニバンの
「わざとだよ。俺らは互いに都合の良いだけの割り切った関係だ。その確認も
「ふぅん? 下心はないんだ? 私みたいな美人相手に」
「はっ! そんな気はねえくせに。つーか、だから良いんだよな。他の女と寝るぐらいで嫉妬されちゃ、めんどくせえし」
「あんた
「あ?」
話しながら亜美が、ハンドルを右に切った。ミニバンと同じ方向を向く隼人の
「彼女の云う通りです。私は、嫉妬深いです」
セリナの声は、内容とは裏腹に、少し明るい。
(ったく、お前だって俺の名前呼ばねえじゃねえか。別に良いけどよ。まぁ安心しろ。お前は俺のナビだ。俺の優先順位の中で、お前は二番目にしてやるよ)
「……一番目は?」
(当然、俺様だ。なんか文句あるか?)
無表情だったセリナの目が、キラキラ輝く。
「いいえ、隼人。ありがとうございます」
(ふん、呼び捨てかよ?)
無言で会話をしている隼人の口の端も、わずかに動いていた。
「ところで——」
亜美の声だ。
「戻って来たんなら運転代わってくんない? ハンドル握りながらじゃ狩り、しにくいんだよね」
「態度のサイズは
亜美が左折したときである。そこには、オートバイが、いた。無人の。
隼人は、その気配を察知して既にしゃがんでいる。亜美もハンドルを更に目一杯回し、ハンドルの付け根が悲鳴をあげた。
ミニバンの右側で、何か大きな物体が落ちる音がする——前に、その「水色」は車体を、真横から蹴った。
隼人が、進行方向の奥に立つ対向車側の街路灯に
亜美は口でピンを引き抜くと同時に、飛び出していたサイドエアバッグを持っているナイフで切り裂く。
そしてアクセルを踏み、窓から
ミニバンの後方で爆音が鳴った。が既に、そこに、水色はいない。
オートバイがミニバンとすれ違う。
キキィッ。ギャルルルルルッ。
方向転換したバイクが追ってくる。
そこには、水色のスーツを着た者が、またがっていた。
隼人が苦無をその頭を目掛けて投げる。
それはまた、バイク上から消える——。
だが、隼人の
その水色の装備の名は【ヒーロースーツ】。それ自体の耐久性は皆無であるが、使用者のステータスを大幅にアップさせるゲーム内の装備だ。
「ふ、はは! ははははは!! やっぱ追ってくると思ったぜ!」
隼人達に奇襲をかけた男。
その者の名は————。
————「
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