2 アルゴリズム。

 シンがユンギのにいる頃、「じんない はや」はミニバンの中にはいなかった。

 

 隼人が立つのは車道を二つに分ける、車線上だった。数十メートル先から、二列の車両の群れがかう。


「お遊びをする余裕はないと思われますが」


 隼人の【ナビゲーター】である「セリナ」が言った。


(遊びじゃねえよ。作業の効率化と、そのための実験ってやつさ)


 隼人はセリナにで返す。

 隼人の体軸はぜんけいしていた。アスファルトにつく足はつま先を残してかかとが浮き、それは倒れているといって差し支えない。

 が、隼人はその倒れる速度を「遅い」と認識する。現在の思考速度と相まって、その集中力がそうさせているのだ。【ステータス肉体】が持つポテンシャルを、フルに発揮するために。

 隼人の鼻先が、濃いグレーの面に引かれた白線に着こうかというとき——。


 隼人は脚を、踏み出した。


 車両群のスピードとは「無関係に」隼人はそのを、一気に詰める。

【素早さ】のステータスにより身体からだや空気の持つ「都合の悪い慣性が『軽減』」されてはいるが、それでも残る空気抵抗と、ステータスの影響を受けた空気とそうでない空気の圧力の違いが、鋭い風切り音スクリームを発生させた。

 

 先頭に並ぶ車両のあいだに入る短い時間の中で隼人は、複数の作業を手早く、そして、その移動速度以上のスピードでこなす。

 

 右手側の運転席と、左手側の助手席の窓へ、既に両手の五指で挟まれたしゅけんを、腕をクロスさせるように投げる。続いて——。

 両手の人差し指、中指、薬指にあらわれたないを、両手を開くように投げる。続いて——。

 忍者刀を手首のスナップを使って投げる。続いて——。

 短い縄に初めから火の付いているほうらくだまを両車両に投げる。終わりに——。

 両車両の真下に、それぞれ二個ずつの炮烙玉を、転がした。火の付いたものと付いていないものの二個セットだ。


 その狙いは以下である。

 フロントガラスよりも耐久力の少ないドアガラスに、手裏剣がヒビを入れ。

 苦無が完全にガラスを割り。

 忍者刀が車内の者を貫き。

 炮烙玉が車内全体を破壊する。

 下に転がる火の付いた炮烙玉が、その内側からの爆発力で車底アンダーボディや燃料タンクを割り。

 火の付いてない炮烙玉のがいかくも割られ、その火薬は外側から燃焼し、タンクから外気圧に吸い出され「瞬時に気化」したガソリンに、引火する。

 

 ————。


 隼人はただ順番に作業をこなしただけであるが、隼人の背中が向く車両達は次々と、まるで連鎖反応を起こしたかのように爆発、炎上した。隼人の背中にできた「薄い空気」を追う「濃い空気」も、その爆発のエサとなる。

 全ての車両を通り抜けた隼人は、気圧が元に戻る前に、その場から跳び去った。


「素晴らしい。一瞬の時間差と気圧差スリップストリームを利用するとは。名付けて忍法、〝しゅんれんばく〟と云ったところでしょうか」


 相変わらずの無表情なセリナだが、その声は興奮気味だ。


(クソだせえ名前つけてんじゃねえよ、ユンギじゃあるまいし。てかまず俺を心配しろ。高えジャージがだ)

「肉体が無事ならば心配する必要はありません。むしろそうなればなるほど、抵抗と重さが減って良いのでは?」

(お前、すげー生意気になったな?)

「人見知りは気を許した相手にはこうなります。貴方あなたが昔読んだ雑誌にもそう書いてあったでしょう?」

(そんなんいちいち覚えてねえって。さて、そろそろかな?)

 

 隼人は文字通り、二階建ての屋根に乗る。背の高い建造物が並ぶ場所は遠くにあり、この位置からでもその街並みは、よく見えていた。


(ん? まだ全然バラけてんな?)


 この街で鳴るパトカーのサイレンは、まばらだ。


「便乗した者達の対処に忙しいのでしょう」

(目的もねーのに暴れて人様に迷惑かけるってのは感心しねえな)

「貴方がそれを云いますか? 貴方が交番を破壊して回ったから、彼らの人手が減ったのだと思われますが」

(良いんだよ、俺は。んでセリナ、【公務執行妨ミット害妨害メント】の射程範囲は?)

「十五メートルです」

(良くもまあそんな短い射程でオシゴトできるもんだね。どっかに集まってくれたなら俺も離れてやるつもりだったんだけどな。ま、仕方ねえ。邪魔だから、消えてもらう。悪く思うなよ?)


 隼人は先程とは逆順に、自身の【装備】達を投げる。その「セット」達は、あらゆる方向のパトカー達に向かって飛んでいった。

 放物線を描くそれぞれの炮烙玉を、それぞれの忍者刀、苦無、手裏剣が追う。炮烙玉が一番遅く、手裏剣が一番速い。


 それぞれの炮烙玉たちさくれつしたときそれぞれの武器達は、炮烙玉を追い抜いてパトカーに向かうしゃせんを形成する。爆風がそれを押しやりパトカー達に「死の雨」が、降り注いだ。


「あん? 【経験値】は入ったけどパトカーが燃えてねえ。追加だな」


 隼人は炮烙玉たちだけを更に投げる。


「アン! ドゥー! トロワー! おっしぇーい!!」


 隼人の意味のない掛け声に合わせて、新たな爆発が起こった。


「どうだクソ犬! 聴こえてんだろ? 全部俺がやってんだよ! あははははっ!!」

「恐らく聴こえていないでしょう。港の方向に、水の竜巻が見えます」


 セリナは隼人と同様に、が利く。


(へえ? ユンギのトコに行ったのか)

「ところで今のコレは、忍法、〝ばくじんこう〟ですね」

(だからダセェって)

「違います。爆陣の『陣』は貴方の名前にかけたもので——」

(何が違うんだよ? はあ、もう好きにしろ)

「それと、彼方あちらは宜しいのですか?」

(良い。、まだヒマじゃねえ)


 セリナの言う彼方は、黒岩達のいる事務所やシン達のいた公園がある方向だ。サイレンが残っている。


(たぶん住民の誰かがさっきのアレを通報したってだけだ。アッチに警察サツがいるって事は、ついでにオッサン達も抑えてくれんだろ。勇吾と犬が別行動してねえとも限らねえし)

「そうですね」

(つーわけでクルマに戻るぜ? フクメンも白バイも、たぶんもう大丈夫だろ? 、なかなか使えるヤツだ)


 隼人は【追跡トレイスメディア】が発する気配に向けて跳んで、飛んだ。隼人の下を、街並みが、高速で駆け抜ける。

 

「彼女が【兵士達の予備装備チェストベストベター】を装備していたのは幸運でしたが、此方こちらとしても危険では? 【魅了】されてもいないのに、進んで協力するなんて」

(『かちうまに乗る』のは生き物の本能さ。別に気にすることでもねえよ)

「彼女はどちらかと云えば、リュ ユン氏と同じモノのような気がします」

(ならなおさら良い。自分のために動くヤツのほうが人形みてーなヤツらよりも、信用できる)

「それは、私が信用できないという事でしょうか」


 セリナの声が、少し小さくなる。


(あ、悪い、言葉のだ。他人ヒトのためとか言ってハイハイいうヤツらは大抵、裏切る。お前や、今まで仲間にしてきたヤツらが俺に協力するのは、そのほうが幸せだからだ。ホラ、全然ちげぇだろ?)

「そう、ですね……!」


 一度道路沿いに並ぶがいとうに着地した隼人は、セリナに一瞬目を合わせ、再び跳び、太い道路を横切った。


(カネってのはチカラの一つのカタチで、今まではそれを求めて俺らは動いてきた。だがそれも、もう古い)

「と、云いますと?」

(純粋なチカラを求める、そんな原始的な世界が、これからの新しい世の中だ。俺がその『成功例』になってやれば、今まで以上に人間ヒトが集まる。ユンギもも、裏切りなんてしねえさ)

「そうでしょうか? 別の『勝馬』が現れたら、やはり裏切るかと」

(? やけに食い下がるな?)

「食い下がってなどいません。ただ、貴方は彼女に、直ぐに名前を訊きました。私には、つい先程だったというのに」


 セリナの無表情な目が隼人に向いている。


「ああ、そういうことかよ? 心配すんな。アミも邪魔になればぶっ殺す」


 隼人は着地した。


「ちょっと、聴こえてるんだけど?」


 下から「たけした 」の声がする。

 素肌なのかファンデーションなのか。あごの高さでハネた黒髪や、着る服や、目元のメイクにより、その白肌が照らされていた。


 隼人が着地したのは、ミニバンの屋根ルーフじょうである。その足は隼人の「新しいスキル」で固定されている。


「わざとだよ。俺らは互いに都合の良いだけの。その確認もねたのさ」

「ふぅん? 下心はないんだ? 私みたいな美人相手に」

「はっ! そんな気はねえくせに。つーか、だから良いんだよな。他の女と寝るぐらいで嫉妬されちゃ、めんどくせえし」

「あんたサイテーね。でもあんたのナビは違うんじゃない? その会話の内容から察するに」

「あ?」


 話しながら亜美が、ハンドルを右に切った。ミニバンと同じ方向を向く隼人の身体からだは、左に揺れる。


「彼女の云う通りです。私は、嫉妬深いです」


 セリナの声は、内容とは裏腹に、少し明るい。


(ったく、お前だって俺の名前呼ばねえじゃねえか。別に良いけどよ。まぁ安心しろ。お前は俺のナビだ。俺の優先順位の中で、お前は二番目にしてやるよ)

「……一番目は?」

(当然、俺様だ。なんか文句あるか?)


 無表情だったセリナの目が、キラキラ輝く。


「いいえ、隼人。ありがとうございます」

(ふん、呼び捨てかよ?)


 無言で会話をしている隼人の口の端も、わずかに動いていた。


「ところで——」

 亜美の声だ。


「戻って来たんなら運転代わってくんない? ハンドル握りながらじゃ、しにくいんだよね」

「態度のサイズは3Lスリーエル——」


 亜美が左折したときである。そこには、オートバイが、いた。

 隼人は、その気配を察知して既にしゃがんでいる。亜美もハンドルを更に目一杯回し、ハンドルの付け根が悲鳴をあげた。


 ミニバンの右側で、何か大きな物体が落ちる音がする——前に、その「水色」は車体を、

 

 隼人が、進行方向の奥に立つ対向車側の街路灯にかぎなわを投げ、そして引く。一瞬車体が浮いて走路がずれたミニバンは、かろうじて横転を免れた。


 亜美は口でと同時に、飛び出していたサイドエアバッグを持っているナイフで切り裂く。

 そしてアクセルを踏み、窓からへんしゅしゅうだんを投げた。隼人の炮烙玉と同じく、がいかくの破片で破壊をもたらす爆弾だ。表面にみぞられていないタイプのものである。


 ミニバンの後方で爆音が鳴った。が既に、そこに、水色はいない。

 オートバイがミニバンとすれ違う。


 キキィッ。ギャルルルルルッ。


 方向転換したバイクが追ってくる。

 そこには、水色のスーツを着た者が、またがっていた。

 隼人が苦無をその頭を目掛けて投げる。

 それは、バイク上から消える——。

 だが、隼人のがんりきは、その者の姿をとらえていた。


 その水色の装備の名は【ヒーロースーツ】。それ自体の耐久性は皆無であるが、使用者のステータスを大幅にアップさせるゲーム内の装備だ。


「ふ、はは! ははははは!! やっぱ追ってくると思ったぜ!」


 隼人達に奇襲をかけた男。

 その者の名は————。


 ————「おお西にし ゆう」だった。

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