第六話 THE SHAPE IS THE SHAPE OF EACH BATTLE .

 1 イントネーションがかわいい。

 この街の流通の玄関口にあたるこうわんの、コンテナターミナルのとう

 そこに、コンテナとは違う大きな立方体キューブが形成されていた。少しだけ濁った透明だ。何故それがわかるのかというと、信号灯の光が水面から反射したり直接照らしたりして「その中身」が透けて見えているからである。

 その透明なキューブ、の中には複数人の男達がいた。——隼人のグループメンバー達である。


「【回復魔法ステゥラ】」


 手に持った「黒いかさ」をステッキのように【魔法】を使う男、彼もまた、隼人のグループの者だ。

 

 名を「リュ ユン」という。


回復魔法ステゥラ


 ユンギはキューブの中の者達に魔法をかけ続ける。

 そのたびに男達は意識を取り戻し、そしてまた「溺れて」気を失った。


「!」


 ユンギは上体を後ろに倒し、コンクリートを滑るかのように後方へ大きく移動する。たんに身体からだが完全に倒れないように脚に上体を追わせただけなのであるが、【ステータス】により、その行動の結果が派手になっていた。

 先ほどまでユンギがいた空間で、ひゅぱっ、と空気が鳴る。


 ————その戦いは、予告もなしに、始まっていた。


 ユンギが素早く右腕を上げる。

 彼の着るストライプ柄の、明らかにサイズオーバーなシャツの袖から拳銃が飛び出す。


 ——


「っ……!【水操作マニュキュラ イキュエ】」


 ばしゃぁぁんっ。


 透明なキューブが崩れた。

 放たれた銃弾は全て、。コンタクトレンズのような「水の膜」に止められていた。

 拳銃はユンギの眼前で、ユンギの顔面に向いている。


「俺でも使えるなんてこの銃、? その『傘』が本命かな?」


 拳銃は、狼の【魔物】である「三神 シン」の【見えざる手ヒドゥンハンド】によって奪われていた。


ひだりキってソンするコト、おおィだろ? ゲームゲムじゅゥも、にぎッてダんそゥが、ちるとこマる」


 ユンギはその位置からさらに移動する。軽くフットワークを使ったように見えるそれも、

 浮いていた弾丸がエネルギーを失って下に落ち、コロコロと転がる。


「ところで隼人くんもそうだけど、なんで『俺の不意打ちを避けられる』のかな?」

「サぁナ。ナんとナく、だ」


 ——マスコは気づいていた。シンも、そして恐らく、シンと対峙するこのユンギも。


 シンはユンギの頭部を見えざる手ヒドゥンハンドで挟むように叩こうとした。しかし、ユンギはそれに気づいてけ、さらに素早くシンに狙いをつけて、拳銃を取り出した。

 シンはシンで、ユンギよりも早く拳銃を「その手」で握り、撃ち込んだ。

 ユンギはそれも察知し、魔法で銃弾を防いだのである。ピンポイントで。


 生き物は色々な「刺激」をそれぞれに対応した「受容器」で受け取り「情報」として知覚し、脳で情報の統合や演算処理をし「認知」する。もっも、情報はそれを処理するそれぞれの個体が「無意識あるいは意識的に選別する」ので、全ての情報を認知できるわけではない。


 では認知出来なかった情報は全て、無駄になるのか————いな


 ヒトも、それ以外の生き物も、受容した情報を「自動的に演算」し、さまざまな「こう」に影響を与えることがある。

 だいのうしんしつを持たない生き物などはむしろその機能がメインに働くのであるが、ヒトも含めた高等哺乳類にいては大脳も効果器の一部であり、「自己の経験や本能に関連するもの」に繋がりそれが新たな「行動や思考」を生み出す。


 まさに「オートマティック」とも云うべきその機能を人は「野生の勘」しくは「達人の領域」或いは「だいろっかん」と、呼んだりする。


 その機能の精度を高めるものが【運】というステータスなのだ。————マスコはその事に、気づいていた。


 ユンギが移動しながら再び、魔法を唱える——。


水操作マニュキュラ イキュエ


 コンクリートの上に広がっていた水たちがユンギの左手がふるう傘の動きに合わせて、長く太いつたのようになり、シンに迫る。その先端は針のようだ。

 シンは素早く反応して、跳ぶ。


「蔦の針」は一本ではなかった。

 複数の針たちが、シンにではなく、物言わぬ倒れた男たちの胸にズン、と突き刺さり、ぱしゃりと崩れる。

 男たちは、服と所持していた持ち物を残して、消滅した。


「なるほど、抜け目がない」


 ユンギは「【レベル】上げ」をしていた。水のキューブの中に男たちを閉じ込め、溺れさせて【経験値】を稼ぐ。ユンギの【MP魔力】が含まれた水を飲んでも、男達は【HP】を回復できないので、回復魔法をかけて「無限レベルアップ」をもくんでいたのである。

 男達にとどめを刺したのは、シンに横取りされない為だ。


「お前ダロ? ワタシたちのナからす

「イントネーションがね」

鹿にしテるのカ? やパりぃ、いヌきラいだ」

「羊の顔してれば少しは、旨そうに見えるかな?」

「ソゆことてるワけじゃなイ。——水操作マニュキュラ イキュエ!」


 ユンギがまた、傘をふる。

 今度は、形成された水の針全てが、シンに向かう。

 

「それに! 馬鹿になんてしてないさ! 俺も外国語を良い発音で喋ろうとすると! 犬の鳴き声になるからね!!」


 全ての「針」をかわしながらシンは、残った銃弾を全て放つ。ユンギに「至近距離で」。


水操作マニュキュラ イキュエ!」


 ユンギが早口で魔法を唱えた。

 針たちが崩れ、レンズが銃弾を止める。


「いちいち声に出さないと使えないのかい!? とても不便だな!」


 シンはユンギに見えざる手ヒドゥンハンドで拳銃「を」撃つ。

 ユンギに迫るが、ユンギは手のひらを使って傘をと手早く回し、とそれをはらった。


「ソんなコトはナイ。わザくちすのハ、なカなカぶんがいい」

「ふうん?〝かんしゃトーマス〟みたいなものか」

「きカんしゃ?」

「こっちのハナシさ」


水操作マニュキュラ イキュエ——〝水牢ムル カモク〟!!」


 ユンギがまた、傘を回す。

 その先端がシンに向き、


 シンが走る。水も追う。


「【白魔導士】ってなんだっけ!?」

「ソんなもの! おまえの【ナビ】にけ!!」


 追う水に、他の水も集まり、どんどん体積が増してゆく。埠頭の下の海水までもが集まり、先ほど男たちを包んでいたものと同じような「立方体キューブ」となった。

 そのキューブが少しも速度を緩めず、徐々にシンとの距離を縮める。


(これは、まずいね!)


 キューブが大きくなればなるほど、シンが追い詰められる。


 シンは見えざる手ヒドゥンハンドで、ユンギに「爪」を振るった。

 シンが【チュートリアル】で【毒耐性】、見えざる手ヒドゥンハンド、【アイテムポケット】と共に取得した【スキル】、【爪撃ストライククロー】である。


 ユンギの胸が大きく切り裂かれる。

 が——。


「ぐッ——!? 回復魔法ステゥラ!」


 ユンギは一瞬よろめいたものの、瞬時にその胸が再生した。


(なに!? 違う属性なら使!)


 ——シンがマスコにチュートリアルで受けた説明は「魔法は同時に使えない」というものだった。「同じ属性の」という言葉が、抜け落ちていた。


 シンはチラリとマスコを見る。

 マスコは申し訳なさそうな顔をしていた。


(いや、最初に見てたじゃないか。完全に、俺の不注意だ) 


 シンは、ユンギの「えげつない行為」自体に気を取られて、その本質を見逃していた。【知力】が大きく発達した人間ヒトのような生き物は、一つの思考が直感或いは「別の思考」を邪魔する事も多い。


 ユンギは、シンのその一瞬の隙を、見逃さない——シンは、自身の攻撃の反動で少し崩れた体勢を、戻せていない。


(『思いやり』ってのは、厄介なものだよ。まったく)


 シンを水の質量が、叩きつける。


「ごぼっ」


 シンは「スタートアップ」に成功していた。勇吾や沢口、そして隼人の仲間たちから得た経験値で、まだ二日目だというのにかなりステータスが上昇している。だからこそ、凝縮された水圧に潰されていない。

 しかし、ユンギも「高レベル者」だ。

 その魔法の衝撃がシンの口を開け、多くの海水を含んだ水を飲ませる。


MP魔力を纏った水でも、腹に入れば動かすこと自体はできないのか。これは、朗報かな? それでも、窮地であることには変わりない……!!)


 キューブの中の水圧は、一定ではなかった。立方体の外面、特に上部に向かうほどに水圧が強くなっている。「死海」のように浮くことができない。


 シンが「爪」を振るった。

 今度はユンギの首を切り裂く。


「カッ!? 回復魔法シ、テゥ、ラァ!」


 首が再生した。


「フぅ! アぶないアぶない!!」


 ユンギは膝や足首を浅く屈伸させ、フットワークを使って横や後方に跳び動く。


 シンが「爪」を振るうたびに、空気は切れ、コンクリートもえぐれるが、ユンギもそのたびにその場から離れる。


 シンは見えざる手ヒドゥンハンドでコンクリートを掴み、力を込めた。


 反発力でシンの身体は力の向きと反対に動く。水圧を弾き返しながら。


ぁだぁ!!」


 シンが呑み込まれてからも、キューブは体積を増していた。その質量は、それ以上に。

 シンを内側に押す力も強くなり、外面も遠のく。


 シンは自分と「手」とを結ぶ作用線を縮めて、力の向きを逆にした。


 見えざる手ヒドゥンハンドもキューブに潜り込み、シンも「手」の方向へ向かう。間にある水の密度も歪み、その部分だけ「水圧が薄くなる」。


「ナんダ? ソのミずなかでは、エるのか」


 信号灯の明かりが、キューブの「水のない部分」をあきらかにしていた。


「ナるほど。デもォ! むだぁ!!」


 シンの「手」の座標は既に、キューブの内部にある。たとえ水圧の薄い場所を進んだとしても、その位置までしか移動できない——。


おヨいでしテもイイぞ! つかレるだケだケどナぁ!!」


 シンは身体の移動を止めた。

 見えざる手ヒドゥンハンドの出力は、シンの全身の筋力に依存している。酸素のない今の状況によって、シンの体内の「水素イオン指数」は酸性に傾きつつある。高い【耐久力】があってもなお

 きんせんの出力は、肉体が酸性に近づけば近づくほどに、落ちていくのだ。

 

 それでも、シンは見えざる手ヒドゥンハンドに力を「加え」続ける。


「お前ハすうカんエるだロ!? ダからりょくおンぞンさせてもらウ!」


 キューブの拡張が止まった。

 

 シンは「加え」続ける。

 

 ユンギはスキルの手の形しか見えていないため、シンのしていることには気づいていない様子だ。

 しかし、どんな事をしたとしても、それは、シン自身を追い詰める行為になる。スキルを使う事は、肉体を使う事と、同義であるからだ。


 それでも「加え」続ける。


「? なんだムォジ?」


 水の中で、シンの体毛、いや、毛皮、いや皮膚が伸びていた。身体から少し離れた見えざる手ヒドゥンハンドの座標に向かって。


 「なんだとマプソサ——!?」


 照らされているとはいえ、薄暗い水の中でも、はっきりと見えてくる。


 シンの「手」をふちるように、水が、「集まっている」。むしろ、それこそがシンの「巨大な手」であるように、大きくなり続けている。


おい何をムォル しようとしてハル センガグいるィヤ? だがクンデ何かムォンカ ヤバいチャンナン アニ って事はイル ウン わかるアルゲッソ! ——【大渦ウォルテゥカス】!!!」


 ユンギが「別の魔法」を唱えた事で、キューブが崩れた。押し込められた質量が外に一瞬、はじける——がしかし、巨大なうずしおとなってまた、中心に集まる。


 それは渦潮というよりも、竜巻だった。

 大きなの中であれば、周囲を引き寄せ巻き込み落ちるそれも、陸の上では地面を押し空へ舞い上がりしぶを撒き散らす「いびつえんちゅう」となる。

 

 撒き散らされるのは飛沫だけで、その渦を支える大量の海水はMP魔力によって絶えず流動するように固定されていた。



 その「螺旋状に固定された力の中」に、いまだ、シンは、取り残されたまま、だった。

 



 

 




 

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る