4 バイバイ。Part2

 

 男は混濁の中で、隼人を思い出していた——。


「あんま緊張しないでくれ。ここは俺の知り合いの店だ。場所借りてるだけで金の心配なんかいらねえからよ?」

「隼人さん。そうじゃねえんです」

「ちょい待ち。あんた俺より歳上だろ? タメ語でいいよタメ語で」

 男と隼人はこの店の角のソファーに、はすかいに座っていた。他の席にいる客達は、女性の肩に手を回したりしながらグラスを傾ける。

「いいえ、そう呼ばせて下さい。俺、っちまってるんです」

「ああ、あんたはタタキ、初めてだったよな? 誰でもどーてー捨てるときは緊張するさ。でも大丈夫。今回は俺とも一緒だ。あんたはサポートだけで良いよ」

「こ、コロシも、あるんすよね?」

「……なあ、あんた。スマホの課金でさ、こさえた借金。ブジ返済できたのは黒岩サンのおかげだろ?」

「……はい」

「でさ。黒岩サンの仕事を奪うヤツが、今回のターゲットだ。黒岩サンの業種だけマネしてテキトーな仕事で顧客を奪おうとするよーなヤツ。ひでぇハナシだ」

「——はい」

「黒岩サンは、世の中の役に立つために頑張ってるのに、それを邪魔しようってんだからな」

「はい」

「んでソイツ、やってるんだとさ。黒岩サンよりもちょっとだけ安い報酬でもらった仕事を、安い賃金で雇った奴らにやらせ、それをピンハネする。さらにその搾取した金で、好き放題。許せねえだろ?」

「はい」

「だからカネとソイツを同時にさらって、後悔させた後に始末する。俺たちはぞくみてえなもんだ。わかるだろ?」

「はい——!」

「だが、あんたができねえっつーんなら、良い。俺があんたの抜けるぶんもおぎなう」

「え?」

「大丈夫だって。あんたのぶんのカネは、ちゃんとかねになって、あんたのトコに行くからよ」

「ちょっと待ってください。隼人さんは、それで良いんですか?」

「俺の場合はシュミだよシュミ。人助けとかじゃなくて、自己満。今まで散々な目に遭ってきたヤツらの喜ぶ顔が見たいだけさ」

「それを人助けって言うんじゃ——」

「俺が自己満つってんだから自己満だよ。それよりどうだい? 俺は、どっちでも良いぜ?」

「俺も、やります。やらせて下さい」

「お、さすがだね。やっぱりあんたは違うよ。これからも応援させてもらう——あ、そうだコレ、ここのマスターの奢りだってよ」

 隼人は無邪気にテーブルの上のアルミホイルを広げる。

「俺はコレ、要らねえからさ。ゼンブあんたのもんだ」

 隼人は男にをわたした。

 男が鼻からそれを吸うと、男の視界で隼人の顔が、ぐにゃりと、曲がる。

 そうだ、これは、ユメだ。

 今のこのまどろみが、あの時のまどろみを、思い出させている。


 ——男の夢が覚めることは、もう、なかった。


 

「おめえら! 隼人さんがもうやって良いってよ!」

 公園を取り囲む男たちがガサガサと音を立てて公園内に入って来た瞬間——。


 パァンッ。

 シンが【見えざる手ヒドゥンハンド】で男の両耳を叩く。


 グキ。

 そのまま力を加え、首を折った。


「!?」

 勇吾とカナ、そしてカナの【回復魔法ストゥーラ】により意識を取り戻していた沢口が、息を呑む。


「さて、時間がない。カナちゃんに頼みがある。勇吾くんも、そして沢口くんも、思うところはあると思うけど、従ってくれ」


 三人の中でシンの行為を咎める者はいなかった。沢口だけが顔を歪める。


 カナは従った。「【光弾ソールーク】」


 シンの頭上に、バスケットボール大の光のたまが現れた。【白魔導士】が回復魔法ストゥーラとは別に、初期に選べる属性の一つ。【光魔法】である。


 シンが三人から遠ざかった。三人も、シンに云われたとおりに、場所を移動する。三人を取り囲む者達は皆、シンに、注目していた。

 シンがハマナスの植え込みに差し掛かったとき、光弾ソールークは肥大化し、その輝きの強さも増す。光に当てられた男達の顔は、三人にハッキリと見えていた。


 シンは弓を手にした者に狙われている事も意に介さず、口から手品師がトランプを吐き出すかのように、おのを取り出す。さきからまでが一体化した金属製の小さな手斧。


「い、いえ。よくわからないんすけど、タカシマさんの頭から派手な音が鳴ったかと思えば、首がヘンなふうに曲がったっす……」

【念話】先の隼人に、語る男。


「ああごめん。他の人を招いてくれた時点で彼は用済みだったからさ、少し眠ってもらう事にしたんだ。時間が惜しいからね」


 シンは手斧を投げた。


「彼らはキミの事が大好きで、キミの為に悪い事をする。そして今も、俺たちに危害を加える気だ。だから手加減は無用だと思ってね? 自業自得、自己責任。もちろんわかってやってたんだろう? 今までさ」


 隼人と念話を繋いでいる男は未だ、困惑の表情を浮かべている。


 ゴッ。

 その頭を横から「光に隠された」手斧が割った。


 男は自分に何が起こったのか気づいてはいない様子で、、口をパクパクさせている。


「あの犬……やっぱりクソ野郎だ」

「沢口さん、こらえて。ああしないと、わたしたちが——」

「わかってるよ。ただ、あいつはきょうだ」

「え?」


 シンを取り囲む男たちが次々と口を開く。「斧!」「斧です!」「なた!?」「犬の口から斧が出てきました!」「犬が光っている!」「斧だ!」「——!」「他の奴らはどこだ!?」「眩しい!」「ブキ!?」「あの女!!」「!」「!!」「!!!」


 男たちは、シンの「イリュージョン」に、翻弄されていた。


「『明順応』と『暗順応』ってわかる? 大して暗くもないけど、ヤツらはここの暗さに、目が慣れていた。でもカナちゃんの光魔法で今度は、強い光に急激に、目が慣れた。だからヤツらに


「……!」

 絶句するのは勇吾。


「俺は【魔物】だからゲーム内の【装備】は使えない。けどね? 現実の道具は今まで通りに使えるんだよ。たとえば以前、ホームセンターで買ったモノとかね」

 

 シンが男たちのパニックに、見当はずれな種明かしをすると同時に、また斧が、その内の一人を、割る。「斧が飛んでくる!」「見えねえ!」などという、悲痛な叫びが鳴り響く。


「強い光が『それ以下の弱い光』を隠すんだ。さらにカナちゃん、あいつの云った手筈どうりに、植え込みの前で光を急激に強くしたろう? ヤツらには。グレア現象と呼ばれるものだ」

 沢口の語り口は流暢だ。低く唸るような声ではあるが。


「な、るほど。そして実際に視えてないわけだから、パニックになってる連中からしてみたら三神さんが『光の中』にいる確証もなく、どこを攻撃すれば良いのかわかんねえ、って感じなのか」

 勇吾も、うなるように呟く。


「遠心力ってさ、それだけなら大した事はないんだよ。外に向かうだけだからね。でも、一度動いたモノに、更に力を加え続けられるから、勢い、というか威力が上がっていくんだ」


 シンの、誰も求めていない説明の後にまた、斧の音が聴こえて男たちの倒れる音も聞こえる。


「それだけじゃない。あの犬の正面側にいるヤツらの顔も反射して、眩しいくらいに光っているだろう? だから、と、思われる。それに、僕らは植え込みで光から、絶妙に隠されている。あいつはそれも計算ずくで僕らをこの位置に移動するように指示したんだろう。まさに『魔物』だ」


 沢口たちの背後からも、斧と男たちが聴こえた。


「道具の使い方としては間違ってるけど、彼らも剣とか槍とか弓とか金属バットとか持ってるんだ。非難しようなんて思わないよね?」 

 

 シンのじゅうりんは続く。


「おいあんた。沢口、さん? なんで、そんな難しいこと知ってんだよ?」

 勇吾が訊いた。

「走り屋にとっては、闇の中の光こそが、魔物、だ」

「走り屋?」

 沢口の言動に、カナはカナで戸惑っている。

「カナちゃん、以前きみは僕に、なぜ後部座席のない車に乗るのかって聞いたよね。その答えだ。できればきみに、言いたくなかった」

 沢口は目を伏せた。


 やがて。

 公園内に残る者たちは、シン、勇吾、カナ、沢口、この四名のみとなる——。


「ああ! けっこう高かったのに!」


 手斧の刃先が欠けている。柄も少し曲がっていた。


「お前、こんなことしてよく平気だな?」

 薄い暗闇の中で沢口の、シンを軽蔑したような声が響く。


 シンのような嗅覚に優れた者でなくとも、今の公園内に広がるには顔をしかめる者も多いだろう。その過程への、恐怖を覚える者も、いるだろう。


「沢口くんも解説お疲れ。よく空気を読んでくれた」

。僕の【ナビ】が。それよりも、お前に人間の心はないのか? なぜ『日本』で、こんなことができる」


 軽蔑したような、ではなく、沢口は明らかにシンを、軽蔑していた。不快感の塊のような声だ。


「……」


 シンは答えずに「首が折れていた男」のもとへ移動する。


「彼も結局、死んだのか。【ステータス】で再生できても、機能が回復しなければ死ぬ。そういうことだね」


 シンは見えざる手ヒドゥンハンドの形状を、、男の首元に突き刺した。


「ホントはさ。斧なんて、必要なかった。斧を見た彼らが、逃げる事に期待した。でも、全員、驚いてはいても、逃げるような素振りも見せなかった。この彼は別にしてね」


 シンは見えざる手ヒドゥンハンドを更に奥にねじ込み、男の内部から小石のようなものを取り出す。

 見えないはずのその手を男の血がおおうが、小石の表面以外の血が弾け飛び、その手はまた、見えなくなる。


「コレが【クントゥム】——」


 血塗られたオリーブ色を、口に入れた。奥歯で噛む。


「……特別、旨いとは感じないね。大した事はない。『偏頭痛のような苛つき』が少し、和らぐだけだ」


 誰も、声をかけない。


「でも、大した事ないからこそ、病みつきになるんだろうな。『いつでもやめられる』みたいに。——コレが〝魔物〟、か」


 核を抜かれた男の身体からだは、服だけを残して、緑の粉のような光となって、消えた。

 シンは他の者たちの核も、手当たり次第、同じように抜き取る。その者達も、あたりに飛び散った血と共に消える。


「三神、さん」

 シンの名を呼ぶ勇吾の声に、続きはなかった。


「これだけあれば、さすがに脳みそがぶっ飛ぶんじゃないかな?」


 シンの「手」の中に収まった核たちが、シンの眼前に浮かぶ。

  

「シン、今更だけど、ごめん。あんたが【転生】を選ぶ前にあたしが止めていれば……」 

 戦闘中は黙っていたマスコが、口を開い

た。


 マスコの声は、シン以外には聞こえない。

 シンはマスコを無視して——。


「ふん!」


「手の中」にある、全ての核を、砕いた。


「え?」


 その声はマスコのものだけではなく、全員の声だ。


 シンはパンツの中に「手」を突っ込み、煙草たばことライターを出して火をつける。オレンジ色の炎がシンの顔を照らした。


「俺はね。魔物だからこんなことをしたんじゃない。彼らは隼人くんのコマで、俺にとっては邪魔だった。気絶させて生かしておいてものちのち、都合が悪くなると思った。だから殺したんだよ。理解は求めない」

「またそうやって」  


 シンはふーっと煙を吐く。


「依存するのはね? こいつだけで、じゅうぶんさ」


 そう言ってシンは、三人へ、尻尾を向けた。


「どこに行く?」沢口が訊く。



「あ、そうだ。こんな騒ぎになっても、近くの人達は誰も見に来ていないだろう? 誰も家から出ないように、指示を出してる人がいる。でも先ほど、とうとう警察に通報したみたいだ。俺がやった事の証拠は残っていないから、キミ達は適当な事を言って、警察に保護してもらうと良い。ああ、勇吾くんの場合、それはまずいか。とにかく、また後で」

 

 シンはまくし立てた。


「だから、何処へ行くんだ!」

 沢口が怒鳴る。


「隼人くんの追手はまだ来ると思うけど、俺が途中で処理しながら行くから安心してくれ」

 シンはそれでも、自分の話を優先した。


「三神さん、一人で行くのか?」

 今度は勇吾が訊く。


「ちょいと、沢口くんへ払う迷惑料を、調達してくる。勇吾くんにとってがゆいとは思うけど、キミもまだ完全に回復したわけじゃないだろう?」

「まあ、な」

「というわけでさ——」


 シンがわらうように目を細め首を曲げた。薄暗がりの中ではあるが、その顔は、三人へ向いている。


「ここは一旦、バイバイだ」


 そう言ってシンは、三人の前から、走り去った。

 


 




 



 




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