3 車高の低いミニバン。
隼人は電柱から跳んだ。
『ぶっ殺す、だって? じゃあこっちに来なよ』
シンの言葉を無視して隼人は建物から建物へ飛び移りながら、シンたちのいる公園から更に遠ざかる。
『おや? 結局逃げるみたいだね? 残念だ』
『いい加減にしろ!!』
シンに言い返すのは、今隼人が【念話】を繋いでいる男だ。
「おい——!」
隼人は男を止めようとするが、男も隼人を無視する。
『隼人さんの邪魔しねえように黙ってたが、もう無理だ。言わせてもらう。テメエ、誰に向かって口きいてんだ? あ?』
『誰って、隼人くんだけど?』
(くそ、あのバカ)
隼人が心の中で毒づいた。
隼人の【ナビ】が言う。「仕方ありませんね。彼らの貴方への愛は本物ですから。それに、そういう方々だからこそ貴方を信頼しているのでは?」
所々をフリルで飾り付けされたベルラインのロングドレスと、金髪に青い目。人形のような隼人のナビは、無表情だ。
(気持ちのわりいこと言うなよ)
「彼らは
(今の、ね)
隼人の「今の働き方」は昔とは違う。
昔は無計画で好き放題に荒稼ぎをしていた。非合法に稼ごうとする者達から金をかすめとったり、自分と似たような者達と争い潰して金を奪ったりしながら、自分だけの為の働き方。もちろん、一般人を騙したり、脅したりもしていた。
『隼人さんはなあ、俺みたいな奴らが報われる為だけに身を削るような人なんだよ』
『へえ? まるで聖人を語るような
隼人はたまらず、男を怒鳴る。
「おい! 余計な事言うんじゃねえ! そいつらが時間を目一杯使うなら、コッチもそれを利用しようと思ってたのによ? お前が勝手しやがったから台無しじゃねえか! どうせそいつらに姿晒してんだろ?」
『すいません、隼人さん。でも俺、我慢できなくて』
「ああ、くそ! もういい! 他の奴らにも伝えろ! もう『やっていい』ってな!」
『ならグループで——』
「いちいち招待するの面倒なんだよ! お前が大声で合図した方が早え!」
『なるほどね。わかりやすい照れ隠しだ。仲間マジ大事、っていうあれかい?』
怒鳴られた男の念話を経由して、シンの茶化すような声が挟んだ。
(こんなだから、頭わりい奴に指示するのは嫌なんだよ!)
「ふふ、聖人、ですか」
表情を変えない隼人のナビが、声だけで笑う。
(お前も初めて笑ったかと思えば、俺をバカにしてんのか?)
「いいえ、私も貴方を愛しているだけです。何故なら私は、貴方のナビ、ですから」
(恥ずかしい事云うんじゃねえ)
隼人は昔、失敗した——。
闇金業者の一人を監禁し、業者を脅そうとしていた時、逆に捕まり拷問を受けた。
「にいちゃん、ってかまだガキだな。坊ちゃんってトコか?」
そう言いながら、ペンチで隼人の足の爪を剥がしていた男が、黒岩である。
隼人は「なん、で殺さねえ? もうナカマ、は、取り返し、たハズだろ?」と訊く。
「ナカマ? 違えな。ただ泣きつかれただけだよ。自分らじゃどうしようもねえから、俺らみてえな
黒岩は鼻歌混じりにそう言い、隼人の爪の剥がれた足の親指に、ペンチの先端をグリグリと押しつけた。
「……!」
「ほう? 声を出さねえとは。アイツらよりもお前さんのほうがよっぽど、見込みがあるぜ」
黒岩は灰皿がわりに、隼人の頭に煙草の灰を落とす。
「だがおめえも、爪が甘いよなあ? なんでジブンで金を下ろそうとしたんだ? しかもあんな奴のケータイ持ち歩きながら。今お前さんがこんな状況にいるのは、お前さん自身が招いた事だ。恨むなよ?」
「じゃ、あ。あんた、が教えて、くれよ」
「はあ?」
「おれ、は何にも知ら、ねえ。だが、覚えれば、役に立つ、ぜ?」
「……わりいな、俺はこう見えて下っ端だ。才能ってヤツがねえんだろうなあ。だから、お前さんを使ってやれる権限は、俺にはねえ」
「俺たちだ、けじゃ、ねえ」
「あ?」
「ガキなりに世の中、を、見てきた。生きる才能のね、えヤツは、俺たちだけ、じゃねえ。いっぱいいる。そいつ、らゼンブで、よ? チカラ合わせ、れば、金なんて、簡単に、稼げる」
「……」
「お、れはセンスだけは、あるみてえ、なん、だが飽きっぽい、しダイジなコト、がくだらね、えモンに見え、ちまう。だからアンタら、みてえなちゃんと、した奴らの代わりにアタマ、使ってやる、よ」
「はっ! ズイブンと上から目線だな?」
「それだけが、俺の取り柄、だ」
「ふっ、だがよお? 金をもちゃあヒトは変わるぜ? 結局、てめえの為だけにそのアタマってヤツを使うようになるんじゃねえのかい?」
「へへ。心配すんな、よ。も、う懲りた。俺は俺のおか、げで稼いだあんた、ら、にたまに旨いもん、食わせて貰えれ、ばそれで、良い」
——そうして隼人は、黒岩と組んで、新しい生き方を手に入れたのだった。
「金で変わったのは、黒岩氏のほうでしたね。用が済めば貴方をも捨て駒。貴方のお陰で成り上がったというのに」
(だからあのオッさんには才能がねえのさ。他人を信用できねえヤツは、表でも裏でも成り上がることはできねえ。他人を信用した上で、裏切られるトコまで想像するのが、生きていくコツだ)
「おや? さっき裏切られて動揺してましたよね?」
(……たった二日で、ずいぶんと馴れ馴れしくなったもんだな? 軽口たたくんならよ、もっとやわらけえ
「申し訳ありません。私はこういうナビなのです」
(へっ!)
隼人が念話先の男を怒鳴ってから、わずか六秒。それほどに今の隼人の思考は速い。ナビの言葉も、それに準じた速さだ。
隼人とナビのやり取りとは関係なしに、念話先の男が、隼人に従い声を出した。『おめえら! 隼人さんがもうやって良いってよ——!』『パァンッ』
男が声を上げた直後、高い響きが鳴る。
『グキ』
更にその直後、何かが折れるような音が鳴った。隼人は再び停まる。
「おい! どうした!?」
返事はなく、それ以外の音も聴こえなくなった。隼人は別の者に念話を繋ぐ。
「何があった?」
『い、いえ。よくわからないんすけど、タカシマさんの頭から突然、派手な音が鳴ったかと思えば、首がヘンなふうに曲がったっす……』
新しい男の声も、戸惑っていた。
「……どうやら、何かしらの方法で
無表情のナビも淡々とはしているが、声が心なしか震えている。
『ああごめん。他の人達を招いてくれた時点で彼は用済みだったからさ、少し眠ってもらう事にしたんだ。時間が惜しいからね』
シンの声は、隼人を意識してか、先ほどよりもはっきりとしている。
(なんだと!?)
『彼らはキミの事が大好きで、キミの為に悪い事をする。そして今も、俺たちに危害を加える気だ。だから手加減は無用だと思ってね? 自業自得、自己責任。もちろんわかってやってたんだろう? 今までさ』
「てめえ!」
『——ゴッ』
また念話先から、声とは違う別の音が聴こえた。
隼人は公園にいる者達に、片っ端から念話の「招待」をする。全ての者に、繋がった。
「誰か説明しろ!」
『
隼人の頭で、あらゆる者の声が響く。
「ああ〰〰〰〰! うっせえ!!」
「これは——【アイテムポケット】ですね。恐らく」
隼人のナビが憶測した。
『俺は【魔物】だからゲーム内の【装備】は使えない。けどね? 現実の道具は今まで通りに使えるんだよ。たとえば以前、ホームセンターで買ったモノとかね』
シンの声が聞こえ、また、鈍い音が鳴る。男達の『斧が飛んでくる!』とか『見えねえ!』という声も続いた。
『遠心力ってさ、それだけなら大した事はないんだよ。外に向かうだけだからね。でも、一度動いたモノに、更に力を加え続けられるから、勢い、というか威力が上がっていくんだ』
少しずつ、声の数が、減っていく。
『道具の使い方としては間違ってるけど、彼らも剣とか槍とか弓とか金属バットとか持ってるんだ。非難しようなんて思わないよね?』
「——クソが!」
公園での隼人の余裕そうな顔はもう、失われていた。
「念話を終了しましょう」
ナビが冷静に言う。
(なに!?)
「終了して下さい。彼らはもうダメです」
(そんな事——!)
「いいえ、ダメです。切り替えて下さい。今はご自身が冷静になる事に努めましょう。念話は、その邪魔にしかなりません」
隼人は言われるがまま、念話を切った。
「差し出がましい真似をして、申し訳ありませんでした」
(本当にな。クソ生意気なやつだ)
「これもナビの役目です。私情もありますが」
(お前の私情?)
「貴方の怒りが伝わってきましたので。私もあれを、許せません」
ナビの声は、先ほどよりも震えている。
(……お前、昨日までのイメージと違うな)
「ええ、緊張してましたので」
ナビは少しだけ、下を向いた。
(お前、名前は?)
「ありません」
(は? ねえのかよ? なんで言わなかったんだ)
「訊かれませんでしたので」
(言えよ? 言わねえとわかんねえだろうが)
「すみません」
(わかった。じゃあお前の名前は『セリナ』だ)
「……大変嬉しい事なのですが、貴方の記憶を持つ私としてはその名前、少々複雑な気持ちです」
(だろうな。じゃあ要らないか?)
「いいえ。ありがたく頂戴します」
セリナは相変わらずの無表情であるが、隼人の周りをくるくる飛び回っている。
(さて、お互いに冷静になった事だ。予定通りに『カバン』を探すぜ?)
「それと【経験値】を稼ぐ事も必要です。あれの【レベル】も上昇しているでしょうから」
(そうだよな。お、アイツらなんか良いんじゃね?)
隼人の視線は、ハイビームで少しだけ車体が隠れた、車高の低いミニバンへ向いていた。
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