2「隼人、ごめんなさい」

 勇吾たちと別れた俺は、家の屋根やビルの屋上なんかをピョンピョン跳んで移動する。


 さて、何処かにカナに代わる「カバンちゃん」はいねえかな?


【盗賊】はなかなかに都合が良い【職業ジョブ】だ。盗賊っていうだけでがきく。


「お言葉ですが」俺の【ナビ】が小さな口を開いた。


 なんだよ?


「昨日の女性を使えばいのでは? 彼女の自宅もここからそう離れてはいませんし」


 ばーか。さっきの犬の言葉、覚えてねーのか? 「匂いで嘘がわかる」とか言いやがったんだ。俺の匂いであの女の家がバレたらどうするよ? それに肌を合わせてわかったけど、あんまり好みじゃなかったんだよな。


「なるほど、失礼しました。それならば、そろそろ【アイテムポケット】を取得しては如何でしょうか。【スキルポイント】にも


 ……前にも言っただろ。それだけは絶対にしねえ。俺は手ぶらが好きなんだよ。カネは自分の財布に収まるぶんしか持たねえ。


「そうでしたね。申し訳ありませんでした」


 いや、いい。なんだかんだでお前の思いつきが今も役に立っている。謝る必要はねえ。


 俺たち【プレイヤー】が初めから持っている【念話】。それにはスマホの「スピーカー」にあたる機能がある。スマホのモノと違うのは、それが「相手側の音声を他人に聴かれずに、自分側の音声を全て相手に伝えられる」という事だ。簡易的な盗聴器になる。

 俺が気づいたわけではなく、このが気づいたことだ。俺は「使えるヤツ」に対しては誠実なのだ。


『おい! 三神さん! なんで追わねえんだ! あんたの耳と鼻なら——』

 勇吾の声だ。


『勇吾くん、声が大きいよ? 囲まれてるんだ。静かにしてくれ』

 犬の声。

 

 へえ? 気づいたのか。


 俺は会話の内容が気になり、電柱のてっぺんで足を停める。


『囲まれてる?』

『ああ。さっき隼人くんが言ってたろ? みんな仲良くってね。そういう意味さ』

『なら尚更……!』

『シッ! だから声が大きい。彼らはまだ囲んでるだけで、攻めてくる気はないらしい——仲間が集まるのを待つみたいだ。さっき念話で、そんな事を云っていた』


 念話の欠点。それは「声にしないと会話できない」ということだ。


 ああ、これは俺のミスだな。一回「グループモード」にして指示しとけば良かったぜ。はんせーはんせー


『仲間を待つ? じゃあ俺らのこの時間は何の——』

 

 勇吾の言葉が途切れる。


『この間に、。知ってるかな? 【HP】が削れてるときに食べ物を口にすると、その物質自体のエネルギーがHPに変換されるみたいだ。つまり、回復タイムさ』


 これはまずいな。数をそろえるための時間が裏目に出ている。


「おいカナ、やめさせろ」


『やっぱりか』

 

 やっぱり? 何のことだ?


『カナちゃんキミ、? そうだろう、隼人くん』


 あ?


「おい、カナ。そいつに『テキトーなこと言うな』って言え」

『テキトーじゃないよ』


 なんだ? なんで俺の指示がわかる。


『どういうこと? わたしは隼人に見捨てられたのよ?』

 カナも同じような疑問を持ったようで、犬に反論した。


『カナちゃん。ちょっと引っかかっていた事があってね。隼人くんをどうやって呼んだのかな? 使


 ちっ。そういうことか。


「おい、その通りだよ。でもな、カナは俺の指示で演技してたんだ。あんまり虐めてやるな」

『隼人……』

『それはもちろんだよ。元々傷つける気なんてないからね』

「そうかよ。で、まだ疑問があんだけどさ。なんで俺の声が聴こえる?」


 俺の声はカナの頭ん中にしか行かねえハズだ。相手の声を誰かと共有したいならソイツを「招待」すればいい。だが、俺とカナ以外の【プレイヤー】はこの念話に参加していない。


『簡単なハナシだ。【スキル】を獲った、それだけのハナシ。さっきキミに不覚を取られたからね。反省したのさ。【嗅覚強化】と迷ったんだけど【聴覚強化】を選ばせてもらった』


 はあ? いくら耳が良くなったからって、さっきの場所からどれだけ離れてると思ってる? 犬ってそこまですげえのか。


 俺の疑問にナビが応える。「我々は【魔物】の五感を有してはおりませんので、想像するしかありませんが——彼はです。きっと、得た情報を正確に認識する知性あっての芸当でしょう。感覚が優れるだけの獣には恐らくできません。さらに——」


 要するに「かなり特殊な野郎」ってことかよ。


「かなりズルいな、あんた」

『キミもだろう? カナちゃんと公園の周りにいる彼ら、たぶん【魅了】されてるよね、キミに。モテモテだ。うらやましい限りだよ』

「カンタンに云うなよ。けっこう大変なんだぜ?」


 確かに俺は魅了ってスキルを使っている。ただし、好かれてないと使えねえ。俺がモテてるのは日頃の積み重ねだ。

 俺はシゴトで得た金のほとんどを、アイツらに分配している。代わりにアイツらの持ち物を、俺が使わせてもらうのだ。必要ならば命をも。

「デキない奴ら」を生かすために俺が作った仕組み。本当はスキルなんてなくても、アイツらは俺のために動いてくれる。

 金は人と人を繋ぐ。

 俺が過去から学んだ教訓だ。


『そうかい? でも沢口くんは部外者だ。カナちゃん、彼を起こしてくれるかな? 沢口くんにもシャケおにぎりを与えたい』

「駄目だ、カナ。起きたらソイツはお前を守るために邪魔をする。安心しろ。ガキの世話は俺らがちゃんとするからよ? 今回のカネは、そのために使おうと思ってたんだ」


 カナには最初から言い聞かせてある。でも忘れないように俺はもう一度、念を押した。


『そのガキってさ。もしかしてづきくんの事かい? くぼづかちゃん?』


 な——?


『どうして悠月のことを!』

 カナの疑問はもっともだ。


『昨日たまたま会ったのさ。キミからは悠月くんの匂いがぷんぷんしてる。隼人くんや沢口くんのものよりもね。キミを攫った理由は、隼人くんの事だけじゃないのさ』


 たまたま会った? つーか何でカナのフルネームも分かる? なんだ、コイツ。


『悠月には手を出さないで』

 カナにとって、自分の名前を知られたコトはあんまり重要ではないらしい。


『おいおい、人聞きの悪い事言うなよ。何もしない。ってか悠月くんも似たような事云ってたね』


 コイツ、ガキを使って脅す気か? 


 カナにとってはガキが全てだ。場合によっては俺の魅了を上回る可能性もある。


「カナ! 耳を貸すんじゃねえ! ソイツは俺らが責任を持って始末するから、俺の云うとおりにしろ!」 

『カナちゃんと悠月くんには何もしないけど、ここで沢口くんを助けないなら——俺が沢口くんを殺す』


 は?


『三神さん!?』

 勇吾の声。

 当たり前だ。あいつが苦労してを、こいつは「殺す」とか言うのだから。


『心が痛むんだけどさ。このまま外の彼らが攻めて来たら、沢口くんは。そうなるくらいなら、俺が喰う』


 こいつ、イカれてる。


「カナ! 大丈夫だ!」

『そうそう、母親にチクるなんて悠月くんには悪いけど、彼、昨日万引きしてたよ? どうやら隼人くんの教えらしい』


 この野郎!


「デタラメだ! 信じるな!」

『ぼくがまだよわいからホシイモノはジブンでてにいれないといけない、だってさ。泣かせるよね? さいきんウチにくるおニイちゃんがいってた、そうだよ? 正論だけど子供に云う事でもないと、俺は思う』

「てめえ——!」


 なぜ俺はイラついている?

 

 別に沢口ってやつが生きようが死のうが大して支障はない。カナだってそうだ。俺のいう事を聞こうが聞かまいが、外の奴らに殺される手筈だ。


 ——なのに、何故。


『隼人、ごめんなさい』


 !


『わたし、自分の職場ジョブ、決めたわ。【初回特典】の【装備】も』


 なに?


『カナちゃん、その杖は?』

 犬が訊く。


『【木の杖ウッドワンド】。魔導師系専用の武器よ。そして、今のわたしは【白魔導士】』

『ほうほう?』

『——【回復魔法ストゥーラ】——』


 カナとの念話が、終了された。


「【魅了リスト】から、プレイヤー『窪塚香奈美』が削除されました」


 フランス人形のような俺のナビが、淡々と告げる。

 俺は公園の外にいる連中のに、念話を繋いだ。仲間には「念話は常にスピーカーにしろ」と言ってある。


『隼人くん、まだ聴いてるよね? 別なヒトのやつでさ。ところで、キミのいるトコの近くにラーメン屋さんがあるだろう?』

「ああ」

『そこのラーメンはクソまずいんだけどさ。キムチチャーハンだけは絶品なんだ。ラーメン屋でキムチってのもおかしな話なんだけどね』

「そうだな」

かようと良い。街の外にでも出ない限り、俺の耳からは逃げられないんだけど。ふふ』


 逃げる? 俺が? 冗談じゃねえ。


「ぶっ殺す」


 俺の思考が、口かられた。

 

 


 


 

 

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