第五話 CAN’T WANT OUT.
1 バイバイ。
「沢口さん!」
バチバチと、照明柱に配線でぶら下がっている街灯が照らす公園で、カナが叫ぶ。
「行きなよ」
シンは、カナを縛る【スキル】を、ほどいた。カナが沢口に駆け寄る。沢口の灰色の股間は、彼の漏らした尿によって色濃くなっているのだが、カナは気にしていない。
「どうして!? なんで沢口さんに、こんな酷いことをするの!? 彼は、何も関係ないのに!!」
「彼が邪魔したからさ。俺たちのね」
シンはカナと沢口に近づいた。その声はやわらかい。
「もとはといえばアンタが悪いんじゃない!? アンタが、アンタがわたしを
「その通りだ。ただね、きっかけは、キミから出た匂いだよ。本当に心当たりはないのかい?」
シンの目は、カナに向いていない。沢口に向いていた。
「彼には悪い事をした。俺の尻拭いをしてくれた、勇吾くんにも」
勇吾の左腕と右足は、元に戻っていない。
それが勇吾の残りの【HP】を、物語っている。
「勇吾くんも悪くない。悪いのは俺さ。だから、俺は悪党のままで、キミに接するとするよ。隼人くんは、
「う」
カナは
「隼人の、場所は知らない。でも、お金なら、わたしが持ってる」
「なに?」
反応したのは勇吾。
シンは黙って、続きを待つ。
「隼人は、何も持たないの。何年か前にひどい失敗をしてから、かたくなにモノを
カナは
「なぜキミに持たせてたんだろうね? そんなに信頼されてたのかな?」
「わからない。ただ、わざわざ隼人がわたしに話してくれたことだから、思わず『わたしがやる』って言っちゃったのよ。お金の分け前も欲しかったし」
「ふうん? 何を話してくれたんだい?」
「なんか黒岩って人に交渉するって言ってた。知ってる? 【アイテムポケット】にしまったモノはその人が死んだら外に出るって」
「そ、そうなのか?」勇吾が口を挟む。
「勇吾くんの『そうなのか?』は俺のと違うみたいだけど、交渉のほうの説明を頼むよ」シンはカナを促した。
「隼人は『黒岩の【スキル】とか【装備】がわからない状態で金を直接持っていくのは危ない』って言ってた。分け前を増やしたいなら、したがえって」
「なるほどね。勇吾くん、どうする?」
「あ?」
急に話しかけられた勇吾は、間抜けな声を出す。
「山本くんは『カネはあってもなくても良い、隼人を連れて来い』って言ってたけど、お
「なんでだよ?」
「俺が黒岩くんの立場ならキミに罪を
「ああ、そうだった。てかくそ。やっぱり社長に俺は、
「やれやれ、取り敢えずカナちゃん。隼人くんに【念話】で、メッセージを送ってくれるかな? カネは俺たちに渡ったから、取り返しに来いってさ」
「送った」
カナは、ぼそっと呟いた。
「え?」
「もう、送った。この公園に、入った時に」
その時、風を切る音がシンの耳に入る。
カナと沢口の頭上に、縄が巻かれた球状の「
「な——」
勇吾が声を上げ切る前に、シンは【
次の瞬間、公園に爆音が鳴り、辺りを照らす。
(ちいっ)
シンは心の中で毒づいた。
音が
「駄目じゃねえかよ、カナ。そんなにベラベラ喋ったら。けっこうショックだぜ? 裏切られるなんてな」
照明柱の折れ目に、一人の男が立っていた。中途半端な灯りでもわかるほどに、明るい頭髪。左胸にある大きなブランドロゴ。そして一見、男か女かわからないほどに、均整のとれた顔。それ以外は黒く、染まっている。
「隼人!?」
「へえ? キミが隼人くんかい? なかなか
シンの耳は回復していた。
「あんた、よく喋る犬だよな」
「観ていたのかい?」
「ああ、俺は欲張りなんでね。あんたらの【経験値】をもらう為に、さっきから様子見してたのさ。漁夫の利ってヤツ」
カナが
「ああ? だから『ショックだった』つってんだろーが。交渉よりも、俺のミスの話。お前にしか言ってねえんだよなぁ」
「そ、そんな、ごめんなさい。わたし、なんて事を……」
「嘘だね」シンが口を挟んだ。
「ウソ? なんでそう思う」
「俺に嘘は効かないよ? 匂いでわかるんだ。キミからは嘘の匂いがする」
嘘である。
辺りには爆発した火薬の
しかし、果たしてその嘘は隼人に通じる。
「はは、犬ってのも便利だな。ああそうだよ、嘘だ。俺がミスなんてするハズねえじゃん? お人好しには、甘えるのが定石さ」
「隼人、もうやめようぜ。山本のアニキは、俺が説得するからよ」勇吾の脚と、そして声が震えていた。
「山本のアニキ? 誰だそりゃ? ああ、やっぱ黒岩の野郎、俺をナメてたわけだ。じゃあカネはやっぱ俺らのもんだな。くく」
「隼人——」
「勇吾、お前。俺の仕事、邪魔してただろ。『現場の相手』にチクッたりなんかしてさ。黒岩にもバレバレだったぜ? だから切られんだよ。あのおっさんと、そして俺にも」
「……」
勇吾の奥歯が鳴る音を、シンの耳は捕らえる。
「ところで」再びシンが口を開いた。
「経験値は良いのかな? 今、結構チャンスだぜ?」
勇吾は折れた右脚を庇いながら立っているし、カナは気絶した沢口に膝枕をして動けない。
「うーん。いや、さっき云った通り、俺、欲張りなんだけどさ。独り占めも、あんまり好きじゃないんだよな」
「へえ?」
シンは会話の最中にも、自分のスキルを調整している。
「つーわけでさ、俺は消えるよ。皆んな仲良く楽しむんだな。バイバイ」
隼人が言い終わる直後、シンがスキルをふるった。
ギィイイイィィンッ。
隼人が足場にしていた柱の折れ目が鳴り、ぶら下がる照明が、ぐわんぐわん揺れている。
隼人は既に、そこには居ない。トイレの屋根の上に、移っていた。
「危ねえなぁって、ん? なるほど。今あんた、スキルを二個使ったのかい? やるねえ? へへ」
「キミもね。見えないハズなんだけど、なんでわかったのかな?」
「教えてやりたいのは山々だけど、今のこれ、あんたのミスだからな?」
かろうじて光を放っていた街灯の息の根が、シンの攻撃によって、ジジ、と音を立てて消える。薄暗いながらも慣れていた明かりが急に無くなったため、夕闇が通常よりも、濃く感じられた。
隼人の鳴らす衣擦れの音が遠くなる。
シン達は隼人に、逃げられた。
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