5 時間制限。

「シィッ」


 勇吾は沢口へ一歩で間合いを詰め、地面を蹴った——。 


 右脚が跳ね上がる。真下から、兜に向かって直線的に突き上げる——が、面頬ヴェンテールをかすっただけだった。


 勇吾が急に近づいた為に、沢口は後ろに身を引いていたのである。面頬が一瞬だけ浮き上がるが、直ぐに元に戻った。


 勇吾は身体カラダひねり、沢口に背中を向ける——そのじくとなった左脚で、地面を蹴った。


 左のかかとが浮き上がる——空中で右脚とこうした。


 右足が着地するとき、左がきょうこうを蹴っている。

 その部分が凹んだ。地面と垂直ではなく、右斜め下から左脚が振り上げられていたので、沢口の身体は力の方向に合わせて斜めに下がる。

 

「ショアッ」


 勇吾はコマのようにさらに回り、沢口に向き直った——そして既に、右のすねで蹴っている。


 沢口のひだりひじが、本来の方向とは逆に曲がった。身体も横に流れる——。


「あああああっ」


 沢口は踏み止まるものの、苦痛を声にした。


「エィシャアッ」


 ——勇吾は止まらない。

 左の正拳で、兜のあごにあたる部位を殴る。


 沢口の甲冑に、首当てはない。沢口の身体はになって、顎が浮いていた。 

 そこに勇吾の拳が当たった事で、頭が縦に激しく揺れる。

 

 沢口はふらつく。が、倒れない。

 勇吾は止まった。

 左手のグローブの内側が、ぐきぐきと鳴っている。


(沢口くん、タフだね)

 シンはマスコに心の中で声をかけた。

 

 シンは勇吾と沢口の二人から【経験値】を得ていたため、【レベル】が上がり【ステータス】が少しだけ上昇している。つまりこの声は、一秒にも満たない。


「……」

(ゴメンって、俺が悪かった。だからいい加減、機嫌を直してよ?)

「……べつに怒ってない」


 マスコは宙に浮いてはおらず、シンが座るベンチの左側に座っていた。シンの右にはカナがいる。


(まあ良いさ。続けるよ? 情報の共有は大事だからね)

「うん」


(沢口くんの【耐久力】は、彼の【職業ジョブ】にありそうだ。たぶん『あの甲冑』を着込んでから【レベルアップ】したんだろうね。ジョブによるステータスの補正はレベルアップ時に乗るからね)

「うん」


 マスコは短いあいづちを繰り返すが、シンは、彼女がちゃんと聞いてくれている前提で話し続ける。


(勇吾くんの攻撃は、彼の【装備】の効果だけじゃないね。【スキル】の【オートモード】を最大限に活用してるのかも。【カタログ】にそういうスキルが、いくつかあったからね)


 ——技、というものは、単発で打っても効果が薄い。相手の意表を突く、或いは崩す動作のあとに入れるか、別の技で繋いで入れるのが通常だ。

 だが今、勇吾がはなったまえげからのうしり、そしてちゅうだんみぎまわり、さらにひだりせいけんきの一連の動作は人間の身体からだの構造上かなり難易度が高く、そもそも基本から大きく外れている為、道場で稽古する者は多くはない、とシンは考える。

 稽古とは試合や護身などのシチュエーションをそうていして行なうため、使い所のない技は練習しない。と、するならば勇吾は今、そっきょうで技を組み合わせた事になる——。

 シンには、勇吾がそこまでの使い手には思えなかった。そして、それができるような者は、勇吾ような、リスクが多い戦い方を選びづらい。


(恐らくイメージした技を最適なフォームで繰り出せるんだろうね。【武闘家】専用のスキル、ってトコかな? 離れて戦って正解だったよ。接近でやっていたなら【見えざる手ヒドゥンハンド】を使っても、負けてたかもね)

「うん」

 

 ——勇吾は沢口を叩き続けている。

 その度に沢口の甲冑は凹む。が、勇吾が攻撃に使った部位も、それ以上に、そんもうしていた。


 二人の【防具】は瞬時に、再生する——。


(攻め続けるのは勇吾くんだけど、沢口くんが優勢だね。やっぱり甲冑の防御力は、ステータス以上に厄介だ。硬さだけじゃなくてそれぞれのパーツが衝撃をやわらげている)

「うん」

(以上が俺の考察だけど、付け加える事はあるかい?)

「知らない」


 マスコは、ラブホテルの駐車場を出てから一度もシンに、目を合わせていない。


(だからゴメンって。駐車場で沢口くんをやったのは、俺の独断だし、元々考えてたシチュエーションでもあるんだ。キミのせいじゃないよ)

「え?」


 マスコはシンを見た。


(大丈夫、今は頭が冷えてるよ。勇吾くんと、そして悔しいけど、沢口くんのおかげでね。もう八つ当たりなんかしないからさ)

「でも、やったことは元に戻せないでしょ?」

(ああそうだ。その尻拭いを今、勇吾くんがしてくれている。まったく、何してんだろうね。俺は)

「そうだね」


 マスコの冷たいこうていがシンには、とても暖かく感じられた。


(でも結局、俺たちの目的は隼人くんと、彼が盗んだお金だから、誰かとやり合う事自体は、避けられなかったかもしれないけどね。取り敢えず戦いを見守ろう。勇吾くんも、彼を殺す気はないみたいだし)


 勇吾は先程から、沢口の顎が上がったタイミングで頭部に攻撃を当てている。脳を揺らす為だ。


(でも、ちょっと脳を揺らされたぐらいじゃ、沢口くんは意識を失わないだろうね。脳に衝撃が伝わりにくいって云うよりは、身体カラダのカタチが変わりづらいってのが、耐久力っていうステータスだろうから)


 その時、勇吾の脚が止まる——。

 右のちゅうそくで地面を蹴ろうとした時に、その脛の表面に蜘蛛の巣のような亀裂が入り、ぐにゃりと、曲がっていた。


 沢口は言い放つ。

 

「お前、殴ったり蹴ったりしても勝てないとか言っておいて、さっきからそればっかりじゃないか。でも、殴られたお返しだ。容赦はしないッ」


 沢口は、勇吾の左腕を両手で掴んでいた。 


「おおおおおおおっ!!」


 沢口は力任せに勇吾の腕を引く。勇吾に背中を向けながら。


 その動きには腰が入っておらず、勇吾の身体の下にすら、潜り込んでいない。だが、二人の体重差と、ステータスで強化された沢口の【力】によって、その不恰好な一本背負いは成立した。


 勇吾は地面に叩きつけられる——瞬間に身体をねじって、再生した右足で着地した。

 左腕も、その手の平が外へ向いている。


 勇吾は沢口の胴に、前蹴りを放った。

 二人の距離が離れる。


「はぁはぁ。あ、アンタ、俺の動きに慣れてきたのか? 良いセンス、してんじゃねえかよ」 

「お、お前、痛くはないのか?」

「ああ? 痛えよ、さすがにな。けっこうシューチューしてんだけどなぁ。こんなひんぱんに、骨が折れちゃあしょうがねえか」

「どうしたんだお前。その腕、回復してないじゃないか」


 勇吾の左腕は、捻れたままだ。


「なんだよ? 心配してくれんのか?」

「そ、そんな事」


 沢口は明らかに動揺している。


「大丈夫だよ。【HP】が切れたわけじゃねえ。。自分で再生をな」

「な、何故?」


 勇吾は、ふふ、と笑い、そして言った。


「詰まるところまぁ【HP】がそろそろやべえって話なんだけどな? でも安心しろ。アンタを人殺しにはしないし、俺は負けねえよ。アンタも、気の済むまでかかってこいや」

「ぼ、僕は……」

「ふ、そうかよ? でも、俺はやめねえ。アンタを倒すまでな。その覚悟だけはしてもらう」

「う」

「俺はアンタの耐久力を信頼する。だから、アンタの首を折る。ひでぇだろ? でも、そうしないと、先には進めねえ。だいぶ痛えとは思うがよ。ちょっと、我慢してくれ」


 沢口は後ずさる。


「こんな事云われちゃ怖えよなぁ。悪い。でもフェアに行きてえんだ、アンタとは。これが俺の、最後の攻撃だ」


 勇吾は、前に出した左足と、後ろに引いた右足を少し、沈めた。


「う、うおおおおおおおおおおおおおおああっっ!!」


 沢口も、勇吾に突っ込む。


 勇吾は跳躍した。

 そして着地する。

 沢口の頭部に。


「——!?」


 その衝撃自体は薄く見えたが、勇吾が両脚を伸ばした瞬間、沢口は仰け反った。


 勇吾は沢口を足場にして、「飛んで」いた。


 地面から離れた時よりも速く、沢口から離れる。


 そして公園の中央に位置する街灯の柱に、垂直に、着地する。


 一瞬で離れる。


 アルミ合金でできたしょうめいちゅうが割れ、その中身が見えた。


 勇吾はおうの倍近いスピードで沢口に迫る。その途中で身体をタテに前転させ右脚を、沢口へ真っ直ぐに向ける。


 シンには、二人が結ばれているように見えた。一つの直線で。


 勇吾の右脚が、沢口に吸い込まれる——。


 ドッ!


 みじかく音を立てた勇吾の脚は、沢口の頭部を、


 ズシャァァァァァァァァァァッッ。


 そして地面に当たり、土ぼこりを上げながら慣性を消費する。


 綺麗に着地はせずに、右膝を立てて、片膝で座るように。右足が、地面に擦れるたびにプラプラ揺れていた。


 沢口の、後ろに向いている。


 地面に着く前に、甲冑が消えた。

 勇吾のそれと比べて非常にささやかな音で、沢口は仰向けに倒れる。


 手足がぴくぴく動いていた。

 首がゴキゴキ音を立てて元の向きへ戻ろうとしている。


「良かった、死んでねえみてえだ。そして俺の勝ち、だな」


 首が元の状態に戻った沢口の顔には土がつき、白目を剥いて口からヨダレがたれていた。


 尿素の匂いがシンの鼻をつく。


 失神、していた。


 勇吾のスーツも、光を放ちながら消滅する。


「……なんだよ。時間制限なんてあるのか、コレ」



 勇吾が「変身」してから五分が、経過していた。






 第四話 HELLO VIOLE”T “ WORLD ! 終わり。

 

 


 

 

 

 


 

 

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