4【ヒーロースーツ】
故に勝を知るに五あり。戦うべきと戦わざる
とを知る者は勝つ。衆寡の用を識る者は勝つ
。上下の欲を同じうする者は勝つ。虞を以っ
て不虞を持つ者は勝つ。将の能にして君の御
せざる者は勝つ。この五者は勝を知るの道な
り。故に曰わく、彼れを知りて己れを知れば
、百戦して殆うからず。彼れを知らずして己れ
を知れば、一勝一負す。彼れを知らず己れを知
らざれば、戦う毎に必ず殆うし。
孫武 孫子 謀攻編
——ゴォォォォン——。
公園に、
今は新春ではなくて、ただの春だ。公園内の所々にあるハマナスの
(くそ。いってえな。おい、どうなってんだ?)
「その『スーツ自体』に【耐久力】はねーよ」
——勇吾の赤い頭髪は、水色に
その外観は、沢口の甲冑にも通じるデザインではあるが、フルフェイスのヘルメットを思わせる頭部や、肩や
そして右肩から下が、だらんと
プラスチックで
両目を覆う勇吾の黒いシールドが、ライオウをにらむように光を反射している。
「『なんでそんなもん選んだ』ってツラしてんなー。慌てんじゃねーぜい? ソレの真骨頂は見た目じゃねー」
勇吾の間合いに沢口はいない。
吹っ飛んでまた、先ほどのハマナスの植え込みに、リターンしていた。甲冑の持つ質量ごと、沢口の肉体を弾き飛ばしていたのだ。
勇吾の外れた肩が、ごきごきと音を立てて、繋がる。
「【装備】には、
(わかりずれえよ)
「わかれよー? アイツの金属の鎧、それだけで強力な装備だ。もともと打撃とか斬撃を弾くために造られたもんだしなー。ソレの重さを使用者が無視できるってなっちゃー、かなりヤベー。でも、お前さんのその【ヒーロースーツ】には、それとは別ベクトルの強さがある」
(別ベクトル?)
「【ステータス】を大幅に強化できんだ。『防具としての役割りを果たさない防具』には、それぐらいの付与があってもズルくはねーんじゃねーかい?」
(おお、なるほど! サンキュー!)
「感動するのは早えーぜい? そのスーツ、拳しか壊れてねーだろー? なんでだと思うよー」
(——そうか。体を守ってくれねえから柔らかい分、他の部分まで砕けにくいし、大幅に強化された耐久力が、反映されてんのか)
「そーゆーことだぜい? そして、まだ油断するな。まだ『経験値』が入ってねー。どうやらアイツ、意識を失ってねーみてーだ」
——植え込みがガサガサと鳴った。
仰向けでその中にいた沢口が、起き上がる。
勇吾の
勇吾は【チュートリアル】を経ているため、初期状態よりも【レベル】が一つ上がっていた。ステータスが上がることによって思考速度も上がっている。
勇吾とライオウのやり取りは他者とのやり取りと比べ、かなり短い時間枠の中で行われていた——二人の会話を盗み聞きできる者がいたとするならば、それはとても、早口に感じられるだろう。
「やっぱアレだなー。
(いや、あいつの
「お前、自分がナニ言ってんのかわかってんのか」
ライオウの口調が変わった。
「それは、『アイツ』を殺すってことだ。無理だろ、お前さん」
(それは……)
「ちょっと待て。その感情は『毒』じゃねー。消すな。お前は、お前のままでいろ」
(俺のまま?)
ライオウは口調を戻す。
「まあ、ソコはあんまり深く考えんじゃねーぜい? とにかくオイラに任せな。その為にオイラがいんだからよー。んで、そもそもその案は得策じゃねー。お前さんのHPが先になくなるかんなー」
(あ、そうか)
「だから、意識を奪う事だけを考えろ。お前さんなら問題なく、それができる」
(ああ)
鎧兜に隠れた肉体も回復したであろう、沢口が、構えることはせずに、毒づく——。
「お前、卑怯だ。卑怯だろ、それ」
「俺も、そう思う。でも、お互い様だ」
勇吾は否定しない。
「お互い様だと?」
「ああ。普通に殴ったり蹴ったりじゃ、俺はアンタに勝てねえらしい。その鎧、かなりズルいぜ?」
「どういうつもりだ? 何故、なぜそんなことを言う?」
勇吾は両拳をアゴの高さに上げ、右脚を引いて
「『負けないため』さ。俺はアンタを『殺さない』。これは、自己満足ってわけじゃねえ」
「わ、わけの分からないことを云うんじゃない」
「わかんねえだろうなぁ。俺もさっきまで、知らなかったからな」
(……ライオウ、マジでサンキューな)
勇吾は心の中で呟いた——ライオウに「俺は俺のままでいる」ということを、伝えるために——。
「これはヒーロースーツって装備だ。俺の【ナビ】が教えてくれた。その【プレートアーマー】だって、アンタのナビが教えてくれたモノだろう?」
「ヒーロー、だと?」
「ああ、だが、俺はヒーローなんかじゃなく、悪党さ。アンタにとっても、それ以外の奴にとってもな。もちろん、俺にとっても」
沢口は黙って聞いている。
勇吾は続けた。
「だが、この世界では単なる【プレイヤー】だ。アンタもそうだ。だから俺は、アンタを倒す。卑怯な俺のままで、いながらな」
「開き直っても無駄だ。僕はお前を、許したりはしない」
「はっ。そんなつもりはねえよ。どう思われてもべつに、構わねえけどさ」
——日が沈みかけて、西の雲がピンク色に、染まっていた。
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