4【ヒーロースーツ】

故に勝を知るに五あり。戦うべきと戦わざる

とを知る者は勝つ。衆寡の用を識る者は勝つ

。上下の欲を同じうする者は勝つ。虞を以っ

て不虞を持つ者は勝つ。将の能にして君の御

せざる者は勝つ。この五者は勝を知るの道な

り。故に曰わく、彼れを知りて己れを知れば

、百戦して殆うからず。彼れを知らずして己れ

を知れば、一勝一負す。彼れを知らず己れを知

らざれば、戦う毎に必ず殆うし。


           孫武 孫子 謀攻編






 ——ゴォォォォン——。


 公園に、じょの鐘のような音が響く。

 今は新春ではなくて、ただの春だ。公園内の所々にあるハマナスのとうも育ち、ゆうの色に負けない鮮やかな緑の葉を広げている。つぼみはまだない。

 がいえんのさらに外にある無数の電線から、死の臭いに集まっていたカラスが、いっせいに飛び立った。


(くそ。いってえな。おい、どうなってんだ?)

「その『スーツ自体』に【耐久力】はねーよ」


 ——勇吾の赤い頭髪は、水色におおわれている。頭髪だけではなく、全身が、包まれていた。

 その外観は、沢口の甲冑にも通じるデザインではあるが、フルフェイスのヘルメットを思わせる頭部や、肩やひじなど、所々がとがっている。氷が集まって固まっているようだ。

 そして右肩から下が、だらんとれ下がっている——だっきゅうしていた。右手を覆う部分も砕け、さらに、ぐちゃぐちゃになった拳があらわになり、骨も飛び出している。

 プラスチックでこうてつを殴ったならばそうなる、というような結果だった。

 両目を覆う勇吾の黒いシールドが、ライオウをにらむように光を反射している。


「『なんでそんなもん選んだ』ってツラしてんなー。慌てんじゃねーぜい? ソレの真骨頂は見た目じゃねー」


 勇吾の間合いに沢口はいない。

 吹っ飛んでまた、先ほどのハマナスの植え込みに、リターンしていた。甲冑の持つ質量ごと、沢口の肉体を弾き飛ばしていたのだ。


 勇吾の外れた肩が、ごきごきと音を立てて、繋がる。


「【装備】には、こうがあるんだぜい。Cランクの装備は、現実のものに毛が生えた程度のもんだけどよー? それでも、『同等な戦力』になるように調整されてんだ」

(わかりずれえよ)


「わかれよー? アイツの金属の鎧、それだけで強力な装備だ。もともと打撃とか斬撃を弾くために造られたもんだしなー。ソレの重さを使用者が無視できるってなっちゃー、かなりヤベー。でも、お前さんのその【ヒーロースーツ】には、それとは別ベクトルの強さがある」

(別ベクトル?)


「【ステータス】を大幅に強化できんだ。『防具としての役割りを果たさない防具』には、それぐらいの付与があってもズルくはねーんじゃねーかい?」

(おお、なるほど! サンキュー!)


「感動するのは早えーぜい? そのスーツ、? なんでだと思うよー」

(——そうか。体を守ってくれねえから柔らかい分、他の部分まで砕けにくいし、、反映されてんのか)

「そーゆーことだぜい? そして、まだ油断するな。まだ『経験値』が入ってねー。どうやらアイツ、意識を失ってねーみてーだ」

 

 ——植え込みがガサガサと鳴った。

 仰向けでその中にいた沢口が、起き上がる。


 勇吾のせいけんきが命中したのは、沢口の頭部だ。それを覆う額当てが凹んでいたが、ベコッと音を立てて何もなかったかのように元に戻る。


 勇吾は【チュートリアル】を経ているため、初期状態よりも【レベル】が一つ上がっていた。ステータスが上がることによって思考速度も上がっている。

 勇吾とライオウのやり取りは他者とのやり取りと比べ、かなり短い時間枠の中で行われていた——二人の会話を盗み聞きできる者がいたとするならば、それはとても、早口に感じられるだろう。

 

「やっぱアレだなー。のーみそが揺れねーとダメだ。アイツ、あご引いてたかんなー。胸の部分に衝撃が持ってかれちまったみてーだぜい?」

(いや、あいつのよろいにもステータスがつくんだろ? だったらコツコツ【HP】を削り切れば——)


「お前、自分がナニ言ってんのかわかってんのか」

 

 ライオウの口調が変わった。


「それは、『アイツ』を殺すってことだ。無理だろ、お前さん」

(それは……)


「ちょっと待て。その感情は『毒』じゃねー。消すな。お前は、お前のままでいろ」

(俺のまま?)



 ライオウは口調を戻す。


「まあ、ソコはあんまり深く考えんじゃねーぜい? とにかくオイラに任せな。その為にオイラがいんだからよー。んで、そもそもその案は得策じゃねー。お前さんのHPが先になくなるかんなー」

(あ、そうか)

「だから、意識を奪う事だけを考えろ。お前さんなら問題なく、それができる」

(ああ)


 鎧兜に隠れた肉体も回復したであろう、沢口が、構えることはせずに、毒づく——。


「お前、卑怯だ。卑怯だろ、それ」

「俺も、そう思う。でも、お互い様だ」

 

 勇吾は否定しない。


「お互い様だと?」

「ああ。普通に殴ったり蹴ったりじゃ、俺はアンタに勝てねえらしい。その鎧、かなりズルいぜ?」


「どういうつもりだ? 何故、なぜそんなことを言う?」


 勇吾は両拳をアゴの高さに上げ、右脚を引いてはんになった。ただし、重心は前。迎え撃つのではなく、向かって行くための構えを見せる——。


「『負けないため』さ。俺はアンタを『殺さない』。これは、自己満足ってわけじゃねえ」

「わ、わけの分からないことを云うんじゃない」

「わかんねえだろうなぁ。俺もさっきまで、


(……ライオウ、マジでサンキューな)


 勇吾は心の中で呟いた——ライオウに「俺は俺のままでいる」ということを、伝えるために——。


「これはヒーロースーツって装備だ。俺の【ナビ】が教えてくれた。その【プレートアーマー】だって、アンタのナビが教えてくれたモノだろう?」

「ヒーロー、だと?」

「ああ、だが、俺はヒーローなんかじゃなく、悪党さ。アンタにとっても、それ以外の奴にとってもな。もちろん、俺にとっても」


 沢口は黙って聞いている。

 勇吾は続けた。


「だが、この世界では単なる【プレイヤー】だ。アンタもそうだ。だから俺は、アンタを倒す。卑怯な俺のままで、いながらな」

「開き直っても無駄だ。僕はお前を、許したりはしない」

「はっ。そんなつもりはねえよ。どう思われてもべつに、構わねえけどさ」


 ——日が沈みかけて、西の雲がピンク色に、染まっていた。




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