3〝変身〟


 春は冬に比べて日が長い。太陽が南中よりも西の位置にある現在のほうが、黄色くこの公園を照らしている。

 さわぐちの左頬にへばりつく血の後も光に照らされて、その肌と共に、オレンジ色に見えていた。


「お前ら、カナちゃんに、何をしている」


 西日が当たらない顔の右側で光る、彼の瞳がゆらゆらと、揺れている。


「ああキミ、『カナ』ちゃんって云うんだね? 名前を訊くの忘れてた。で? 彼はなんで怒っているのかな?」


 シンはカナに尋ねるが、カナはシンを無視した。


「沢口さん! あなたには関係ない! 帰って!」


 シンがさらに尋ねる。今度はカナも応えた。


「へえ? 彼、キミに【念話】で呼ばれたワケじゃないんだね?」

「そうよ。わたしは呼んでない。なんで……なんで来たのよ」


 カナは動揺を隠さない。逆に、沢口の存在をイレギュラーに感じるハズであるシンのほうが、余裕そうに話す。


 沢口も口を開く。カナに対して——しかし、その目はシンに、向けられていた。


「僕は、いつでもきみを守れるようにキミに【追跡トレイスメディア】でマーキングしたんだ。案の定、こんなクズ野郎がいやがった」

「ああ、【ナビ】の存在をねんしてた。沢口くん。もしかして俺がキミにやったこと、バレバレかな?」

「当たり前だ! お前がカナちゃんを、犬のように扱ったこともな!!」


 勇吾が、口を挟む。


「おい、三神さん。あんたアイツに何したんだ?」

「うん、ちょいと不意打ちでね。顔を叩き割ってやったのさ。彼、【耐久力】が高いみたいで、ずいぶんと早くに気がついたみたいだ」

「あんた、すげえな……」

「褒めても何も出ないぜ?」

「そうじゃねえよ」


 勇吾は言葉を続けない。シンに対して引いていた。

 シンは沢口に声をかける。


「沢口くん。カナちゃんの言うとおり、帰ってくれないかな? 俺、キミに用はないんだよね。邪魔なんだよ」

「お前が……お前がカナちゃんの、カナの名前を云うな!!」

「カナちゃんはキミの所有物かな? やれやれ、キミもりないなあ。……死にたいのかい?」


「——待て、三神さん」勇吾が再び止めた。


「勇吾くん、キミも邪魔するのかい?」

「ああ邪魔するね。あんた、アイツのこと止める気ねえだろ。むしろ、りたくてたまらねえって表情カオしてるぜ?」

「駄目かい?」

「駄目だ。今のあんたじゃ」


 シンは黙って勇吾を見つめたが、やがて、溜め息と共に口を開く。


「ふう、わかったよ。まさかキミにいさめられるとはね。俺もまだまだ、だ」


「勇吾くん、お手並拝見と行こうじゃないか」言いながらシンは、ベンチに座っているカナの隣に、お座りをした。


 勇吾が沢口に向く。「あんた、俺の連れが悪いことをした。この人には話を聴くだけだ。終わったら無事に帰すから、引き下がってくれねえか?」

 

 勇吾はだんだんとこの新しい世界の、新しい戦いかたに慣れてきていた。もっとも、もとから存在するものではあるのだが。急速に展開し変化する環境が勇吾に、そのを与え続けている。


「信用できないね。平気で女性をさらうやつなんか」沢口は即答した。


 カナも口を開く。「沢口さん、ダメ! あなたは、こんな人たちには関わっちゃだめなの! 良いから帰って!」


「ごめん、カナちゃん。きみの頼みでも、それだけは出来ない。僕は、コイツらを許せない」沢口は、カナの言葉を拒んだ。


「ほう? てっきり沢口くんはキミに、【魅了】とかされてると思ったんだけど、違うみたいだね?」

「沢口さんにはそんなことしない。あの人は、普通の人だから」

「普通の人ねえ? 普通じゃなかったら操ったりするワケだ。なるほどね」


 シンはカナをあざける。


「三神さん。頼むから黙っていてくれ」

「わかったよ。ごめんね」


 シンは肩をすくめて、カナにウインクした。

 カナは無視する。


「沢口さん。あなたはわたしにとって、ただのお客さんよ? わたしはあなたを、なんとも思っていない。なのに、なんで?」

「カナちゃん、そんなの知ってるさ。でも、僕がそうしたいんだ。コレは、僕の問題だ」


「あんた、良いやつだな。俺はあんたみてえなやつは、殴りたくねえ」勇吾は本心から言っていた。

 沢口を、他人とは思えない。そう感じている。


「安心しろ。僕は、お前なんかに殴られても、痛くはない」

「?」


 勇吾には、沢口の言葉の意味が、わからない——。

 

 沢口は叫んだ。


「〝変身〟!!」


「——まずいぞ勇吾! 構えろ!」黙って見ていたライオウが声を出す。


(なんだ? 変身って。そんな【スキル】があるのか?)

「そんなもんねーよ! ありゃ、あっちのナビの性格だ! だが、何かすること自体は間違いねー!」

(くそ。やっぱ、やるしかねえのかよ)


 勇吾はベンチから離れて沢口に近づいた。真っ直ぐにではなく、少し右にずれながらだ。これから始まるであろう戦いにシン達を、正確にはカナを、巻き込まないように。


 そして構える。シンと戦った時のような、こうくつちで。


 勇吾の目は、ずっと沢口を捕らえていた。沢口に起こった変化も、事細かに見えている。


 最初は脚。そこから徐々に沢口のスーツの灰色はすすけた銀に変化していき、それが、全身にのぼった。最後まで変化を見届けた勇吾は、沢口を覆うものの正体を理解する——。


 それは、かっちゅう、だった。


 細かな溝がられた複数のパーツを組み合わせて着る、西洋式の甲冑。左肩には漢字で「愛」と刻まれている。剣や槍などの武器は、持っていない。


(なんだあの鎧。しかも、あのデザイン)

「アレは【初回特典】のCランクの【装備】、【プレートアーマー】だ。武器がねえからって油断するんじゃーないぜい? アレは『ゲーム内の装備』だかんな」


 ライオウの口調は冷静そのものだが、ふざけた様子はない。


(具体的には、どんなものだ)

「モチーフ自体は現実の甲冑だが、デザインは個人の好みで具現化されんだぜい」

(そういうコトじゃねえよ)

「わかってんよー。続きだ。重さ自体も実際のモノと同じだが、。つまり、【耐久力】と【HP】が反映されんだ。まぁ多くの【防具】に見られる特性だがよー? それに——」


 ライオウの姿は、優吾にしか見えていない。だから沢口は、二人の会話のタイミングに関係なく「攻撃の準備」を済ませていた。

 短距離走の「クラウチングスタート」のような姿勢で。


「くらえ! 〝かんしゃトーマス〟ッ!!」


 沢口は、かぶかぶとの目の位置にあるすきから、言葉を吐き出し、動く。


(な——)


 勇吾は沢口を受け止める——ことはせずに、右へ跳んだ。フットワークではなく、シンプルに跳んで移動する。


 余裕がなかった。

 予備動作が大きく、そして事前に掛け声によってしらされた、予測できた動きではあったのだが、予想外だった。

 予想外の、スピードだった。


(なんだあのワザは!?)

「あんなスキルはねーよ! アレもあっちのナビの性格だ!」

(違えよ! なんであんな速えんだよ!?)

「ゲーム内の装備は使用者に『重さを感じさせないようになって』んだ! 前に教えただろー!?」


 ——勇吾たちの理解を沢口は待たない。


「〝かんせいドリフト〟ッ!!」


 沢口はブレーキをかける、というよりはよこすべりしながらターンする。


「〝ゴードン〟ッ!!」


 また直進した——すんでのところで勇吾は左脚を引いて円を描くように、ひらりとかわす。

 

 沢口は甲冑の質量に関係なく直進してくるが、その足音と土煙が他者に与える影響を物語っていた。けるしか、ないのである。


「〝エドワード〟ッ!!」


 再び向かって来た。

 躱す。

 勇吾は、攻撃できない。


 通常よりも硬い金属板に、攻撃を加えたならば、どちらが壊れるのかは明らかだからだ。


(くそ。何言ってるのか、全然わかんねえ!)

「おい! しゅーちゅーりょく切らすな! また来るぜい!!」


「〝パーシー〟ッ!!!」


「——いい加減に、しやがれ!!」


 勇吾は姿勢を低くして、左脚を、時計回りに動かした。ローキックではなくて、足払いだ。


 沢口は派手にすっ転び、その進路上に植え込まれた、ハマナスのとげの中に突っ込む。中に隠れていた羽虫たちが飛び出した。


(ヒビ、入っちまったかも。ひざがイカれてないだけ、マシだな)


 勇吾のすね周りの神経は。だが、それ以外の部位の感覚が、衝撃の強さを勇吾に、教えていた。


「おい、今のうちだ! お前も初回特典をもらっちまえ」

(いやいや、こういうモンは)

「勿体ねーとか言う前に死んじまうって! 早く!」

(よし、じゃあ俺もプレートアーマーを)

「自分の【職業ジョブ】を忘れたのかよー!? ありゃ武闘家用の装備じゃねーって」

(じゃあどうすんだよ!?)


 棘のついた枝を折りながら、沢口が起き上がる。その鎧と兜には、傷がまったくついていなかった。


「オイラに任せな。とにかく【カタログ】をひらけ」


 勇吾の「視界」に、さまざまな武器や防具の情報が「表示」される。


(おい、ちょっと待て。まさか、この黄色く表示されたヤツじゃねえだろうな?)

「それしかねーって! モタモタするな! 早くしろ!」


 沢口は再び、両手を土につけて両脚を前後させ、尻を持ち上げた。


(くそ。俺は変身、なんて言葉、言わねえからな)

 

 勇吾は、両腕と左脚を内から絞るように前に出して構える。さんちんちだ。 


(大丈夫、だよな? 攻撃、通るんだよな?)

「当たり前だぜい? オイラを信じろ」

 

 勇吾は右肩ごと後ろに右腕を下げる。

 右拳を腰の横に置いた。


 沢口がスタートする。

 

 勇吾の全身が、光り輝く。


 怯むことなく沢口が、勇吾に迫る。



 やがて二人は、衝突した——。



 


 

 

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