4 不安定。



「マスコちゃん。ちょっと質問」

「何?」


 あたしたちは、勇吾くんの後を尾けている。こそこそと電柱の影とかに隠れながら尾行を続けるシンは、あたしに訊いた。


「俺の感覚をマスコちゃんに繋いだりできるじゃない?」

「うん」

「それでさ、逆に、マスコちゃんの感覚を俺に繋いだりできないのかなーとか思ってね」

「ちょっと待って」


 シンに質問されたことで、あたしの頭に情報が浮かぶ。正確には、質問されたからじゃなくて、あたしが疑問に思ったから。


「できるみたい」

「マジかい? じゃあさ、『マスコちゃんが【スキル】を使用する』ことは?」

「……できるよ?」


 というか、なんでこんな質問するんだろう?


「おお、ん? でもそうか。【ペナルティ】を受けたりしない?」

「スキルを『勝手に使ったり』したらね。でも、許可さえ貰えば大丈夫みたい。あくまでも、勝手にスキルを使って何かしようとすると、罰を受けるってかんじかな」

「なるほどなるほど。ちょっと今、試しにやってみてよ?」

「あ、ごめん。やっぱりちょっと、嫌かも」

「何故だい?」

「あたしの視覚とか、そういうのをあんたに繋ぐのは問題ないよ? ただ、スキルの場合、あんたとあたしの、『全ての感覚』が繋がるから、あんたが転んだりしたら、あたしも痛いじゃん」

「ふうん? なんでそんな縛りがあるんだろうね? そもそも、そういう仕様をなくせば良いと思うんだけど」


 たしかに。あ、また情報が入ってくる。


「えっとね、『気づいた人へのサービス』だって。でも、縛りの理由はわからない」


 あたしがわからないということは、【プレイヤー】に「明かせない情報」ということだ。【ステータス】と同じで、勝手に想像するしかない。


「なるほどね。でも、無理を承知でお願いだ。ちょっと試してみてほしい」


 シンは好奇心がかなり強い。子供みたいな性格をしている。【チュートリアル】のときもそうだったし、現実に戻ってきてからも、ことあるごとに、色々な質問をして、実践していた。

 ただそれは、そういう性格だからってだけじゃなくて、なんだと思う。


「ちょっとだけだよ? 絶対転ばないでね?」


 あたしはシンに全ての感覚を繋げた。同時に、シンの全ての感覚も、あたしに繋がる。


 なにこれ? スキルの使用感だけでもそうだったけど、二人分の感覚が一つになるのって、なんか、不思議な気分。


「まったくだ。てかさ、視覚と聴覚以外の感覚もあるんだね? ちゃんと体温もあるし、本当に生きているみたいだ」


 シンがあたしに同意する。


 あ、全部繋がってるから、思ったことも通じるんだ。

 ……すごいだ。


 あたしはスキルを使うことなく感覚を、しゃだんした。


「いやあ、無理言ってごめんね? 凄い嫌だって事は伝わったよ。だからもう、そういうお願いはしない。あ、でも、視覚はたまに、借りるかもしれない」

「なんで?」

「ほら、キミ、宙に浮いてるだろ? 上からかんして自分の周囲を視る事ができるのって、かなり便利じゃない?」


 ホントはそれも嫌なんだけど。でも、まあしょうがないか。だってあたし【ナビ】だから。


 あたしも含めたこのゲームの仕様は全て、プレイヤーの為にある。あたしが自分勝手にシンの望むことを決めつけて介入するような「肩入れ」は、禁止されている。

 さらに、シンが望むのなら、基本的にはしたがわなければならない。あたし自身も、シンがやりたいようにやることを、望んでいる。望むように、「創られている」。


「良いけどさ。あんまりキモい使い方しないでね?」

「大丈夫だって」


 シンはさっそく、優吾くんとの戦闘であたしの視覚を使った。二人が戦っている間あたしはずっと、二人の頭の上にいた。


 シンの半径五メートル以内であれば、どこにでも行けるみたい。


 シンが勇吾くんの周りをぐるぐる回っているとき、あたしの視覚もかなり活躍する。

 シンの肉体は走ることに専念していたけど、あたしの視覚を使うことで、勇吾くんとの距離を、かなり正確にキープできていたのだ。

 もちろん、攻撃をくわえるときも。


 シンは【見えざる手ヒドゥンハンド】で勇吾くんの腕を、引っ張ったりして、「嫌がらせ」をしていた。勇吾くんの重心を崩すために。走り回るシンが、攻撃するコツを、つかむために。


 だんだんと「タイミング」が合ってくる。

 そして、シンの持つ体重と、加速がもたらす慣性かんせい、力を加える向きがそろったとき、勇吾くんは転んだ。


 その勇吾くんは今、見えざる手ヒドゥンハンドで締め落とされて、うつ伏せに倒れている。意識はないけど、息はしていた。


「ねえマスコちゃん? 俺、やっぱりずるいかな?」


 シンがあたしに訊く。

 太陽が空の、一番高いところに来ていた。あたしたちが、この公園で雑談していた時間帯と比べると、かなり明るい。


「なんで? 『負けないために』ヒントもあげてたじゃない」

「うーん。いや、本気でやらないのも良くないとは思うんだけど、なんか、勝った気がしないんだよね」

「勝った後にそんなこと言うのも良くないと思うけど」

 

 あたしは、いらつくこころを抑えるように、努める。


「勝ったのかなぁ?」


 やっぱり無理だ。


づきくんのときもそうだったけど、あんたのそういうとこ、嫌い。さっき自分で『自慰行為』って言ってたじゃない」


 戦ってるときはカッコつけてるくせに、終わった後は、ぐちぐち言う。


 ホント嫌い。


「ホントに戦う必要があったのか、あたしにはわからない。でも、あんたがそうしたいって思ったんだから、最後まで自分を信じなよ。いかどうかなんて、あたしには関係ない」


 なんでシンが、戦いの後にそういう迷いを見せるのか、あたしにはわかる。でも、シン自身が悠月くんとの戦闘を「やばかった」と言っていた。だから、多少キツい言葉になるのは仕方がない。いちいち迷っていては、生き残れない。

 

「ああ、ごめん。また悪いクセが出てたみたいだ」

 

 違う。

 悪いとは思っていないから、そんなクセが出てくる。


 シンがこうなったのは偶然なのだろう。チュートリアルで【毒耐性】を獲ってから。

 シンは言っていた。「毒と薬はかみひと」。

 その人にとって必要なら薬だし、害になるなら毒。どんな場合でもそう。結局、かいしゃくの違いでしかない。

 シンは、戦いや「死」に、恐怖を感じない。そういうシチュエーションで、そういう「じょうぶんぴつぶつ」は、シンにとって毒だから。戦闘が終わった後、それが戻るかどうかはシン次第。認識が「そのまま」なら毒のままだし、必要に感じたなら、元に戻るのだ。


 でも、チュートリアルでシンがやった「自傷行為」。アレはそれだけのせいではないと、あたしは思う。


 あたしが作られるもとになった、シンの記憶。その中には、彼が他人を傷つけたモノもある。そういうときの彼の心境は、あたしにはわからない。なぜなら、あたしが持っているのはシンの記憶「だけ」だから。その情報だけがあたしの記憶だ。


 でも、想像はできる。


 シンは、「罪悪感」とか「後悔」とか、そういうものを無視していたんじゃないだろうか。元々ないわけではなくて、あるんだけど邪魔だから無視。そんなかんじ。

 それが今、「全くない」。【ゴブリン】に、一方的にダメージを与えていたときもそうだ。「どう思えば良いのかわからなくなっている」。そんな感じがする。

 とても不安定。


 だから自分を傷つけることもいとわない。

 だから他人と戦うことをさけない。

 だから、そのあと、迷う。


 どの感情を残すべきで、どの感情を排除すれば良いのか。その判断ができないのだと思う。【魔物】としての本能との、全てを失うこともできない。


 でも、だからこそ、あたしはシンを、嫌いではない。

 

 不安定だからこそ、他人ヒトに触れ、自分をのぞくのが今のシン。

 それが自己満足だったとしても、それはシンが人間であることの証なのだ。


 あたしとシンは、出会ったばかり。でも、あたしはシンの今まで見てきたことを、全部知っている。



 だからあたしはシンに、人間であって欲しい——。


 そう、思うのだ。


 





 


 


 


 


 

 

 



 


 


 


 


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