第三話 EVEN IF YOU WANT AND EVEN WHEN I WANT.

 1 黒い期待。

「勇吾ぉ。これからどうすんだー?」

 知らねえよ。


 俺は、事務所から少し離れたところにある、公園のベンチに腰掛けていた。「隼人をとっちめる」とは言ったものの、その手掛かりはまるでない。

 そんな俺に、俺の【ナビ】、「ライオウ」が話しかける。ちびっ子仮面ヒーローだ。


「ノープラン。いさぎよいともいえるが、お前よー? それは無責任ともいうんだぜい?」


 わかってるよ。


「本当かー? さっきの『わかりません』ってのはよー。なんじゃねーのかー?」


 そんなこと——!


「そんなことあるだろー? けっきょくお前はよー。自分ってもんをわかっちゃいねーのさー」


 わかっていない? 俺が? そうか。俺はわかっていないのか。自分を。

 あの時もそうだった。


 ——俺が隼人と出会ったのは、小学生のトキだ。アイツは、自分以外を見ていないヤツだった。


「ねえ隼人くん、どうして筆箱ふでばこを持って来ないの? そういえばノートも」

「別に必要ないから」

「テストのときは?」

「先生から借りる」

「ふーん? ならオレが貸してあげるよ」

「? 別に良いけど、消しゴムはいらない」

「なんで?」

「ボクは間違えたりしないから」

「そうなんだ。スゴイね」


 隼人は実際、間違えまくっていた。だから成績も、中の下だった。それでもアイツは、間違いを認めたりしない。

 だから俺も、アイツが間違えているとは思えなかった。


 中学一年の時。


「俺、空手を始めたんだ。隼人もやろうぜ?」

「え? 無理だよ。僕の家、お金ないから」

「大丈夫だって。叔父おじさんがやってる道場なんだ。俺から頼んでおくからさ」

「わかった。親に聞いてみる」


 次の日隼人は「ダメだった」と返事をしてきた。その時は「そうか」と返した。


 でも少し経ってから、隼人は俺の通う道場に入門した。


「金はどうしたんだ?」

「ああ、なんとかなった」


 よく見ると隼人の顔や手の甲には、きずのようなものができていた。俺は隼人と一緒に稽古をできることが嬉しくて、そんなことは気にならなかった。


 そして中学三年になる前の春休み。


「勇吾。俺、ドージョー辞めるわ」

「あん? なんでだよ?」

「もう覚えることねーし、帯の色とかもどうでも良い」

「わかった、月謝だろ? 俺がなんとか叔父さんにいうから……」

「そうじゃねえ。金は。でもさ、最近はその価値も感じられねーんだ。誰も俺に勝てねーしな」


 隼人の成長のスピードは異常だった。その理由を俺は薄々、感じ取っていた。でも、聞かなかった。金のこともそうだが、問い詰めたらきっと、隼人と友達ではいられなくなる。それが怖かった。

 隼人は高校に進学しなかった。道場の時と同じように「行く価値がねー」とか言って。

 俺は高校に上がってからしばらく、隼人とは会わなかった。俺は不器用で、新しい環境に慣れるのに、必死だったからだ。


 次に隼人と会ったのは、高一の秋。


「おお勇吾。ひっさしぶりー!」

「ん? おお、隼人じゃねえか! なんだよそのカッコ?」


 隼人は学生が着るようなものとは違う、高そうなブランドの黒いジャージを上下に身にまとい、髪を金髪に染めていた。両手にはジャラジャラ指輪をつけていたし、両耳にじゃたピアスもつけている。


「別に良いだろ? てゆーかうらやましい?」

「いや、俺はそんなの興味ねえよ。それよりお前、今何してんだ?」

「ああ、お前んち、昔から金あったからな。俺は、まあフリーターってヤツ。トビの仕事も悪くはねーんだけどよ? カンタンに金を稼ぐ方法があんだよね」

「ふーん?」


 俺が隼人の「金の稼ぎ方」を知ったのは、その後すぐだ。そのまま隼人の家に行った時。


「あれ? 親父さんは?」

「とっくの昔にいなくなったよ。知らねー奴らにつれてかれてな」

「知らねえヤツ?」

「今の稼ぎ方もそいつらを見て。ガキんときのヤツより効率が良い」


 気になった俺は、隼人の仕事について行った。


「ん? アイツ、何してんだ?」


 知らない人の家の前で、知らない奴が突っ立っている。


「アイツはまあ、バイトみたいなもんかな。別の奴がバアさんとかをだまくらかして、アイツが金を受け取る」

「はあ? それって詐欺って奴じゃねえのか? お前……」


「話は最後まで聞けよ? 俺が狩るのはバアさんじゃなくて、アイツだよ」


「え?」

「当たり前だろ? あんなの失敗したら捕まるだけじゃん? だからよ、成功したヤツを狙うんだよ。アイツが仲間と合流する前にさ」

「結局犯罪だろ。ソレにどうやって情報をつかんだんだ? ココを見張ってるヤツらとかはいねえのか?」

「お? なんだかんだ言って乗り気じゃねえか。大丈夫。ヤツらにとっての『裏切りもん』が、俺のダチなのさ。俺がかすめとる時に限っては、見張りはいねえ」


「でもよ……」

「良いじゃねえか。アイツは持ってるヤツから奪う、気軽にな。更にソレを、俺が奪う。どこが悪い? 実際、世の中ってヤツはそうやって回ってるんだ。俺だけじゃねえよ」


 結局俺は、隼人の悪事を黙認もくにんした。アイツと一緒に、いたかったから。


 その後も、金儲けだけじゃなくて、色々とつるんで、色んな遊びをした。隼人と一緒じゃないときも一人遊びにハマり、気づけば道場にも通わなくなり、高校も卒業間際に、クビになっていた。

 そんな途方に暮れていた時にたまたま、黒岩社長に拾われて、今にいたる。両親には仕事の「表の内容」だけ伝えた。


 ——俺は正社員。隼人はフリーランス。

 それぞれの立場で、持ちつ持たれつ上手くやっていたはずだ。


「上手くやってなんかないぜー? お前はただ、流されてただけだ。行き当たりばったりのノープラン。もっと自分に責任持てよー?」


 くそ。そう言うお前は、俺の何をわかってんだよ?


「全部わかってるから言ってんだよー。オイラはお前の記憶から生まれたってよー。こないだはなしてやっただろー?」


 全部? 俺自身がわからねえ俺のことを、なんでお前がわかるんだよ? ナビっていったいなんなんだ?


「知らねえよー。オイラはただココにいるだけなんだ。お前さんの近くにさー。理由なんて、ないんだぜい?」


 あああ、くそ。俺馬鹿だから、お前の言ってることわかんねえよ!


「そうやって自分のこと決めつけてよー。頭使うこと、諦めんなよーっと、誰か来るぜい?」


 ん、誰か?


 俺はライオウの目線を追う——。


 おい、誰かって……単なる犬じゃねえか。妙にスタイリッシュな服、着せられてるけど。


 その犬は、犬用、というよりも人間の子どもが着るような、Tシャツと短パンを着ている。スポーツとかするガキみたいな、ああ、ポリなんとかっていう素材でできていそうな。頭の毛が黒く、服も黒い。だから体毛と服の境目がよくわからない。「ハスキーと柴犬の中間」みたいな、そんな犬だ。中型犬よりは、少しだけ小さい。


「ただの犬がよー。真っ直ぐこっちに、近づいて来るもんかい?」


 あ? ひとなつっこいんだろ? 


「ほらほらこっちだ」 


 俺はそう言って、犬にまねきする。


「おいおい、やめとけって。そんなコトするから【チュートリアル】で、【ポイズンリザード】にやられちまったんだろー?」


 ちぇっ。良いじゃねえか。それがあったから【毒耐性】も獲れたんだしよ? 結果オーライだ。むしろそんな状態で相打ちにできたんだから、大したもんだろ?


「お前よー? 少しはオイラのことも考えてくれよー。お前さんが死んだら、オイラも消えちまうんだぜい?」


 はいはい、わかったよ。


「おい、ワン公。ごめんな? 俺のナビがうるさくてな。悪いけど、構ってやれねえ」


 俺は手招きをやめて、その犬に話しかけた。


 つっても、相手は「ゲーム設定」とは関係ない、ただの動物だ。俺の言葉なんかわかるはずもねえ。


「ふむふむ、なるほど。キミのナビはしんちょうな奴みたいだね?」


 犬が喋った!?


「おい勇吾ぉ、慌てんな。コイツはモンスターに【転生】した、れっきとした人間だ。だからよー。顔に出すんじゃねえぜい? ナメられっからなー」


 な、なるほど、そうか。


 俺はライオウの助言通りに、冷静に振る舞う。


「あんた、人間だな? 何故俺に近づく?」

「おお? 一瞬で理解するとは、キミもなかなかやるね?」


 良かった。冷静に見えたみてえだ。


「そんなことねえよ。俺ってけっこう馬鹿だからよ——」「おい、相手が聞いてもいねーこと、口走んな!」


 ——あ、しまった。


「ん? なるほど、賢く見えたのは『キミのナビのおかげ』だね? でもキミが馬鹿だとは思わないな」


 なんだコイツ? 俺たちのやりとりが見えてんのか?


「馬鹿じゃないってのは、どういうことだ?」


 違う。聞きたいのはそこじゃない。

 ただ、コイツの「馬鹿じゃない」という言葉に、俺の次の言葉が引き寄せられるように、口からこぼれた。


「言葉通りだよ」


 犬が言う。


 なんだ? 俺のことをごろしにして、かいじゅうでもするつもりか?


「勇吾ー。コイツヤベェ奴かもなー。油断すんじゃねえぜい?」


 ああ、わかってる。


 俺は犬を睨みつけ、そして構えた。腰をどっしりと落として。後屈こうくつちだ。ただし、そのあしの間のはばは、俺が通ってた道場のヤツよりも少し広いカンジに。

 右手は鳩尾みぞおち。左手は顔の高さくらいで前方に。りょうてのひらは、軽くひらく。

 

 大きく足を開いたことにより、ズボンのすそが上がり、足首が、空気の流れを感じている。

 

 俺がGパンのサイズを少しだけオーバーにする理由。ピチピチのヤツだと蹴りが出しにくく、最悪、またが破れる恐れがあるからだ。もちろん「腰パン」なんてしない。だせえしな。

 上はテキトー、というわけでもない。拳を繰り出す邪魔にならないように、上も少しだけゆったり目。今日はおっさんが着るような、イカつい茶色のかわジャンを着ている。革の重みは、肩まわりで分散されているので、動きづらいと思ったことはない。


「ほう? キミは空手を使うのか。しかも迷いなくその構えをしたということは、けっこう喧嘩慣れもしているね? 守ったりいなしたりするように見せかけて、相手を一撃で葬り去る。そんな『攻め』の構えだ」


 本当になんだ、コイツ? 格闘技オタクか?


「どうしてそう思った?」


 思わず俺は、そうき返す。


「なんとなく、かな。そんなに足を開いてたら、移動がしにくいんじゃないのかい? なら、答えはいくつかに絞られる。で、キミの『今の』で、確信したんだ。キミ、なおだね?」


 この犬のセリフを聞いたライオウが、いつになく、焦った口調で俺に話しかける。


「勇吾、やべえコイツ。隼人みてーな奴だ。悪いことは言わねーから逃げろ。マジで何してくるかわかんねー」


 たしかに。

 俺が今まで相手にしてきたのは人間だ。犬の姿をしたヤツが、何をしてくるのか。想像はできても、答え合わせはやってみないと、たしかにわからねえ。



 俺は、乾いた唇を、舌でらし、この犬に、くろたいをするのだった。








 




 

 

 

 

 

 

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