5「わかりません」

「クソッ。帰れねえじゃねえか」


 やまもとがそう毒づいて、社長を殴るのをやめた。


 ここの本来の社長はとうさんだ。でも「本当の」社長は、くろいわ社長——「暴対法」って法律をまぬがれる為に、社長は佐藤さんをしたらしい。ついでに加藤さんも。

 社長は毎日ここに顔を出すが、そもそもこの会社に在籍ざいせきすらしていない。

 社長は、どっかから仕事を見つけて来て、俺らにる。俺らは更に、ウチと契約けいやくしている奴らにその仕事を振り分け、仲介料を頂く。

毒耐性どくたいせい】なんて【スキル】があるもんだから、次の仕事を探す為に、社長は色々と奔走ほんそうしている。「しょうどくぎょう」で稼げなくなるからだ。

 スキルが広まるのも時間の問題。元々、情報が広まりやすい世の中だし、俺たち【プレイヤー】、その全員が最初から持つ【ねん】なんてスキルもある。

 世の中から電話が、消えるかもしれない。

 

 俺らの仕事?

 佐藤さんは、カネの計算と、この会社の顔役。

 とうさんは、契約先に仕事を割り振り、それを管理する。

 俺の仕事は、契約先への連絡とクレーム処理だ。【念話】のせいで、けっこう忙しい。今は通知をOFFにしている。


 表向きはとうな会社。

 裏ではライバルに、仕事と、取引先と、契約者たちをとられないように、「物理的な根回し」をしている。そんなをするのは、「裏の人材」だ。そいつらとの連絡も、俺の仕事の一つ。

 そして俺のダチ、陣内じんないはやも、裏の人材の一人。


 俺の名前は大西おおにしゆう

 しょうごうは【正社員】。ジョブは【とう】。

 でも、実際のところは、ただの「ヤクザの使いっ走り」だ。


「おい、加藤。その隼人ってヤツと連絡はつくのか?」

「いえ、勇吾の話だと、連絡はつかないそうです。何故か【念話】も『登録』してないみたいで」 

「ああ、たしか、このニイちゃんは電話番、とか言ってたか。この念話ってスキルも便利なようで不便だよな?」

「はい。直接会ってる時でないと、登録できませんので。今思えば、俺があいつに登録の話を持ちかけるべきでした。申し訳ありません」

「いや、良い。自分の落ち度を認められるヤツ、俺は好きだぜ? さっきは、佐藤と比べちまって悪かったな」

「あ、ありがとうございます」


 俺も、佐藤さんと加藤さんは好きだ。社長もヤクザではあるが、俺を拾ってくれた、尊敬そんけいできる人なんだ。悪い人たちじゃない。だから。

 今のこの状況が、マジでつらい。


「おいニイちゃん、じゃなかった。勇吾『くん』? なんで連絡役のお前さんが、連絡つかねえのかな? しかも、自分のツレだろ?」


 どう答えるべきか。

 何故かカラダの震えは止まっている。先ほどまで恐ろしかったこの人が、今ではそれほど怖くない。


 なんでだろう?


 山本のアニキ。

 俺たちは社長以外、ヤクザではない。だが、社長の「アニぶん」の人なので、そう呼ばなければいけないらしい。俺が会うのは初めてだ。

 

「……すいません。隼人はスマホの電源を切ってるみたいです。アイツはたぶん、金庫のカネがなくなったことも知ってるし、俺たちが騒ぐことも予想できる。それに今は、電話を使わずに連絡する手段もある。加藤さんではなく、俺が『念話を登録』するのが普通です。本当にすいませんでした」

「ほお? 登録しなかった『言い訳』はしねえのかい? それに隼人はオトモダチだろ?」

「ダチだから登録しませんでした。アイツの周りのヤツらは、進んでアイツの為に働きますが、俺は違う。アイツとは対等でいたい。だから、仕事を回すトキ以外はこちらから連絡もしないし、登録も、アイツから言われない限りはするつもり、ありませんでした」

「こだわり、ってヤツかい?」

「はい、だから言い訳なんかするつもりはないです」

「くく。いや、その隼人もだけどな。お前さんもなかなか面白い。なあ、『勇吾』。何故その対等なダチを『今は』、かばってやらないんだ? 俺が来る前は『そんなことするヤツじゃない』とか言ってただろ?」

「はい。先ほどは俺が殴られて済む話でしたので。でも今は違います。俺が庇えば、社長たちに迷惑がかかります」

「くく、なあおい。矛盾してるな? 別に俺が今ここにいなくても、お前が隼人を庇ったなら、コイツらに迷惑がかかることは変わらねえんだぜ? つまり、状況に違いはない。理解してるかい?」


「わかりません。俺、馬鹿ばかですから」


「馬鹿、か。たしかにねえ。くく。本当に馬鹿だ。自分のうたがいも晴れてねえってのによ? まだ、お前と隼人がグルって線は消えてねえし、むしろ?」

「はい。だから、隼人のヤツをとっちめて、カネも取り戻し、自分で潔白を証明します。俺は馬鹿だから、それ以外に方法が見つかりません」

「じゃあよ? もし犯人が隼人じゃなかった場合、それか、カネが戻らなかった場合。お前はどうする?」

「わかりません」


「くくっ、くっくっくっ、ふふ、はははははっ! 俺を前にして『わかりません』ってか! あっはっはっ! よしっ。ふふ、わかった。カネはあってもなくても良い。ただし、隼人だけはここに連れて来い」

「カネ、なくても良いんですか?」

「あるに越したことはねえ。でも、ないならないで、『お前をもらう』。お前、この件が終わったら、俺について来い。一から十までこの世界のこと、教えてやるよ」

「……!」


 なんだって?


 俺はヤクザの会社で働いてはいるが、ヤクザになろうと思ったことはない。


「返事は?」

「は、はい!」


「ふふ、良いね。さっきまではあんなにビビってたのによ? ふたを開ければ、こんなに面白えヤツだったとは」

「ありがとう、ございます」


 この状況だと、答えはYESしかない。ただ、不思議なのは、それほど抵抗もない。抵抗したところで無駄なのは、たしかだとは思うが——。


「なあなあ、勇吾ぉ?」


 俺の【ナビ】が、俺に話しかけてきた。夏祭り会場の入り口付近とかで売られている、ヒーローの仮面みたいな顔をしている——ライダー的な。

「ちびっ子ヒーロー」、そんな感じの見た目の俺のナビ。名前はライオウ。

 まだ小学校にも上がってない頃に観た、特撮ヒーローにそっくりなデザインだ。


 あん? なんだよ?

 

「もう喋っていいかー? オイラ、なかなか退屈してたんだぜい?」


 あ、ああ。悪かったな。「だまってろ」とか言ってよ。もう良いぜ。


「勇吾ぉ。気づいてないようだから言うけどよー。お前のそのばんゆう、『スキルのせい』だかんなー」


 スキルのせい? それよりも蛮勇って、えらい言われようだな?


「蛮勇は蛮勇だろー。まぁ選択肢も他になかったから、しょーがねーけどよー」


 そうだろ? でも蛮勇って言葉、認めるよ。だって俺、馬鹿だからな。


「それより良いのかー? 早く行かないとよー。山本のげんが悪くなるぜい?」


 うわ、そうだった! ていうかお前が話しかけたからだろ?


「だってよー。喋って良いって言ったじゃんかよー」


 まあ、そうだけどよ? あ、いけねえ! くそ、そろそろ行くぜ!


「どうした勇吾、固まって。褒められたのがそんなに嬉しかったのか?」


 山本のアニキが、不思議そうな顔をして、俺に言う。


「いえ。あ、いや嬉しいです。でも固まってたのは、ナビが話しかけて来たからで」


 俺は正直に答えた。


「なるほどな。俺のナビも、なかなかカワイイ奴だぜ? 俺だけにしか見せられねえのが残念だ」

「……俺は、自分以外には見られたくないですね——」「それはオイラに失礼だろー?」——うるせえ!

「でも時間は有限だ。早いとこ行ってくんねえかな? 俺って実は、結構せっかちでよ」

「ええ。俺も時間は惜しいです。それでは行って参ります」

「『参ります』。ふふ、かてえ言葉だな? まあ良い。健闘を祈る。なんつって」


 なんだこの人、冗談とか言うのか?「早く行こーぜい?」わかってるよ。


 俺は事務所のドアを開けて、廊下を通り、そして階段を降りて行った。




 第二話 VILLAN OR HEEL? OR THE EVIL? 終わり。

 





 





 

 

 


 

 

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