4 人狼。

「君の推理の説明を聞くと」私は言った。

「話はいつも、こっけいに思えるくらいにシンプ

ルで、私でも簡単にできそうに思える。だが

推理の手順を一つ一つ君に説明されるまで私

はぽかんとしているだけだ。それでも、私の

目は君と同じくらいには良いと思うのだけど

ね」

「そうだろうな」彼はひじに深々と座

りながら答えた。

「君は見ているだけで、観察はしていない。

その差は明らかだ。例えば君は、玄関からこ

の部屋までの階段を、頻繁ひんぱんに見ているはずだ」


 アーサー•コナン•ドイル ボヘミアの醜聞




  

「さてマスコちゃん。キミには、誰がをついているか、わかったかな?」


 シンとマスコは今、建物の中で行われている男たちのやり取りを、盗み聞きしている。その建物と隣のラブホテルの間。うらで。


「え? なんかそれらしいこと言ってた?」

「ふふ、別に思い出さなくても良いよ。このまま続きを聞けば、わかるかもね?」


 シンに言われてマスコは、よりいっそう「シンの聴覚」に、神経を集中した——。


「よし、話を整理するぜ? まずその『はや』って奴は、ごまを上手く使って、スマートに仕事をする。黒岩、そうだよな?」

「ハイ、あいつはそういう奴です」

 山本の確認を、黒岩はこうていする。

「で、ソイツはそこにいる『大西おおにしくん』と親しい仲で、この事務所にも出入りしていた。更にソイツは昨日、【アイテムポケット】について話をしていた。『使える【スキル】だ』ってなカンジで。加藤、付け加える事は?」


 山本は加藤に確認した。


 加藤は答える。「はい。陣内じんないは、基本的にゆう、いえ、大西が……」

「勇吾で良い」

「はい、勇吾がいるときにだけ、この事務所に来ます。昨日も二人でいるときに、そんな話をしてまして……」


「すいません。ちょっと良いですか?」加藤の話に、佐藤が口をはさんだ。

「良いぜ」山本が言う。


「ありがとうございます。おい加藤。そんな話聞いてないぞ?」

「あ? 言っただろ? さっきよぉ」

「違う。

「大して変わらねえだろ」

「いや、変わる。アニキ、勇吾もグルかも知れません。むしろ今、カネを持ってるのは勇吾かも」

 

 佐藤の言葉に勇吾はビクッとして、顔を上げた。


「そ、そんな! 俺はやってな——」

「オイ!」山本がさえぎる。


 勇吾は再び口を閉じた。

 勇吾のたいしゅうは、空気の流れに乗り、シンの鼻まで運ばれる。

 それは、おびえの匂い、だった。


「俺がいつ、お前さんに喋って良いって言ったんだ? 後でゆっくり聞いてやるから、今は黙ってな。くん?」

「……! は、はい」


 勇吾は下を向く。


「うんうん、良い子だ。んで、まあ佐藤の言う通り、普通に考えりゃ、そういうの方が自然だわな。加藤よ、ココの名義がお前さんじゃないのはそういう事だぜ?」

「へ、へい」

「はあ、なんだよ『へい』って? 頼むから普通のげんで喋ってくれよ」


 山本がいきをついた時、黒岩が大声を上げた。


「おい! てめえ! 勇吾! やっぱりお前がやったのか!? 俺は最初から怪しいと思ってたんだ!! ただじゃおかねえ!!」


「おいおい、黒岩。焦るなよ。まだ確定したわけじゃねえんだからよ?」

「す、すいません。佐藤がそう言うもんだから……」


「おい」


 先ほど勇吾を遮った時と比べて静かに、そして冷たく、山本は、黒岩に言う。


「てめえ、さっきから聞いてりゃあ、クソみてえな事言いやがって。『加藤が言ったから』隼人が怪しい? 今も『佐藤が気づいたから』てめえも気づいたんだろうが。あ? なのに今度は『佐藤が言ったから』?」言葉を続けながら山本は、黒岩に近づく。


「ふざけんのも、大概にしやがれ」


 ゴッ。

 にぶい音が鳴った。


「てめえの脳みそもっ! 使えねえクセにっ! コイツらにっ! なすりつけてっ! なさけねえと思わねえのかっ!? ああっ!? ナニか言ってみやがれっ!!」

 

 山本が言葉を続けるたびに、その鈍い音は鳴り響く。何が黒岩の頭に当たっているのか、シンにはわからない。しかし、その音と「空気を吸った鉄の匂い」だけは、シンのもとに届いていた。


「あ、アニキ、すいません! 勘弁して下さい!」

「はっ! とことん情けねえ野郎だ。まあ良い。文句はねえよな? どうせ傷なんてすぐに治るんだしよ?」

「はい! 文句なんてねえです!」

「チッ。しらけたぜ。俺はもう帰る。後はお前らで解決するんだな? 元々お前らの問題だ。興味さえなくなれば、俺には関係ねえ」

「はい」

「あ、そうだ、忘れてた。約束のカネ。元々その為に来たんだった。おい、この会社立ち上げる為に貸してやってた二千万。一千万多いのは『手数料』だ。お前さんも大変だろうが、それだけはちゃんと払って貰うぜ?」

「じ、実は、盗まれたカネが、その、『二千万』、です……」


 再び黒岩に対する、山本の折檻せっかんが始まった。


 ——そんな彼らのやり取りを「聞いた」マスコは、ぶるいする。


「あたし、こういうの苦手かも。あんたはよく平気だね?」

「いやあ、俺もさすがに他人の怒鳴り声とか聞くのは久しぶりだからね。キミの気持ちもわからなくはない。でだ。誰が嘘ついてたかわかった?」


 とは言うものの、シンの口調はこの建物に来たとうしょと、なんら変わりはない。


「うーん、なんとなく」

「へえ? 聞かせてよ」

「うん。ただね、なんかどの考えも、『こじつけ』っぽいカンジがする」


 そう言ってマスコは腕を組んだ。その腕は、先端に向かって太く手首のくびれがないので、シンには組んでるようには見えていない。


「そういう時はだね? えずテキトーにぼしをつけて、順番に考えるんだよ。まずは、山本くんから考えてみて?」

「山本『くん』って……あのヒト、明らかにあんたより年上だよ?」

「そんなの俺の勝手さ。呼び捨てよりはマシだろう? それよりも、早くマスコちゃんのすいを聞かせてよ」


「推理、なんて大層なものじゃないんだけど、うん。山本さんは嘘はついてないと思う」

「何故?」

「山本さんは、今のやり取りの中で、何も『得』をしてないから。元々自分が貰うハズのお金を盗ませたって、ただ面倒が増えるだけじゃない?」

「うん、そうだね。まあ盗む事で『二回』、二千万円を貰えるみたいな考えも俺にはあるけど、それなら黒岩くんにあそこまでキツく当たる必要はないと思う。演技じゃないとは言い切れないけど、取り敢えずソレは置いておこう。次は佐藤くん」


「うん。佐藤さんも嘘はついてないと思う。っていうか、たぶん加藤さんも」

「おお!? なんでだい?」

「……なんで嬉しそうなのよ?」

「良いから良いから」


 マスコは言葉を続ける。


「二人が嘘をついてるなら、たぶん共犯。だって、あのヒトたちの情報は、それぞれが足りてない。『二人合わせて』ちゃんとした情報になる」

「嘘をついてない理由は?」

「後から語った『勇吾さんが犯人かもしれない』のくだり、山本さんがくる前提だから。山本さんの来訪は予期せぬものだった。つまり、二人は嘘をついてない」

「なるほどなるほど? でも、山本くんは夜に来る予定ではあった。その為の小芝居かもしれないし、黒岩くんがうたがったとき用だった可能性もある」


「ねえ、ちょっと」

「なんだい?」


 マスコは不満そうな顔をして、シンに言う。光沢の少ない、ジトーっとした目で。


「人に聞いておいて、ケチつけて、そういうのわるっていうんですけど?」

「ああゴメン。悪気はないんだ。キミの推理が的を射てるものだからさ。さあ続けたまえ、ワトソンくん。次は黒岩くんだ」

「まったくもう。コッチは真面目に答えてるのに」

「いや、ごめんって。俺が悪かった。このとおり!」


 シンはマスコに【見えざる手ヒドゥンハンド】で「がっしょう」して謝る。


「いや、見えないから」


 見えなくとも、マスコにはつうじた。


 かんなどの感覚や心の中での会話は、【プレイヤー】か【ナビ】、どちらかが意識的に繋げる必要がある。しかし【スキル】の使用感は常に、繋がっているのだ。


「良いよ、別に怒ってないから。それよりも黒岩さんね? あたし的に、あの人か勇吾さんが怪しいかも、だってけっきょく、『ないモノは払えない』でしょ? 盗まれた事にして、うやむやにすれば良いってカンジかな? まあこじつけっぽいけど」

「こじつけっぽい理由は?」


「黒岩さん、なんか行き当たりばったりに見える。それに、山本さんに『痛い目に遭わされてる』し、それに……」

「なるほど、もう良いよ」


 シンはマスコの言葉を途中で止めた。


「何? 飽きちゃったワケ?」

「違う違う。大正解! マスコちゃんの言うとおり!」

「ええ? 勇吾さんは?」

「良いから良いから。そしてキミの疑問にも応えよう。行き当たりばったりで痛い目に遭わされた黒岩くんが、ホントに嘘をついてるのか」


 シンはウインクする。

 その視線をマスコはけた。

 気にせずシンは、話を続ける。


「嘘をつくときはだね。自分から情報を話すよりも状況だけ作って、後は他人に語らせるほうが、効率が良いんだ」

「うん……まあ、たしかに」


「だから『佐藤くん』に、『金が盗まれた』みたいな事を伝えて、被害者になりきる。それを今度は、佐藤くんが『加藤くん』に伝える。そして加藤くんは昨日の『隼人くん達』のやり取りを思い出す」

「ちょっと待って? ということは、隼人さんもグル? 勇吾さんも」


「勇吾くんはグルではないね。でも隼人くんはグルさ。それでね? 山本くんの来訪は予想外だったのかもしれないけど、状況は既にがってるんだ。後は『佐藤くんと加藤くんの二人に説明を任せて』、自分はそれに合わせた反応をすれば良い。殴られるのは嫌だったかも、だけどね」


「うーん、たしかにスジはとおってるみたいに聞こえる。でもやっぱり『こじつけ』に聞こえる。それに、勇吾さんがグルでない理由は? そもそもシンは、なんで話の続きを聞く前にわかったの? なんか、ナットクできない」


 マスコは腕を組んだまま、首をかしげた。頭と胴体の繋ぎ目に首が存在しない為、少ししかかたむいていない。

 しかしシンには、大きく傾いたように見える——頭部が大きいからだ。


「ははは。うん、そろそろ白状しよう。何故俺が、黒岩くんが嘘をついてると思ったのか。それは俺が『人狼』だからなのさ」


 シンは意識的に「鼻」をくんくん、と鳴らす。


「あ、ちょっと! それはずるい!」


 シンは、狼の魔物で、聴覚と「きゅうかく」がするどい。そしてシンは、マスコに嗅覚を繋げていなかった。


「感情によって体臭が変わる事は、昨日わかったし、そのパターンも昨日、すれ違う人たちで調べたんだ。だからそもそも、推理なんて『する必要がない』」


「ねえ、なんで? なんで推理する必要のないことをあたしに推理させたの? 何? やっぱり意地悪?」


 マスコは怒っていた。その目と鼻の間の、ただでさえ少ない面積めんせきが、しわを作ってせまくなる。


「あ、うーんと、ゴメンね?」

「謝らなくて良いから。あたしは理由をきいてるの」

「ゴメン」

「謝るなって言ってるんだけど?」


 シンの尻尾は下に垂れ下がった。


「いや、なんかね? 真面目に推理とかしても、かたかしになると思ったんだよね。彼らはヤクザなワケで、ミステリー作家ではないからさ」

「うん。それで?」

「だから、推理するよりも、キミの反応を見た方が楽しいかなって。ホラ、俺っておちゃだからさ!」


 マスコは、自然とうなごえをあげそうな顔で、シンを見ている。


「マジでゴメン!」



 その時、階段を下に降りる足音が、二人の耳に入り込んで来た。その理由をシンは知っているが、マスコは知らない。


 聴覚が繋がっていても、二人の意識していることは違うからである。

 



 



 


 





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