2 ハッシュタグ。

「いやー。たったいちにちで、すごい反応だね?」


 遠くから、そして近くから、カラスの鳴き声や羽ばたく音が聞こえる。世界の西側がまだ薄暗く、東側が明るい。アスファルトの割れ目から優しい黄色を主張する、タンポポの足下——ギザギザして少しだけ濡れている緑色の葉っぱの先で、小さなしずくがはじけた。

 そんなあさに包まれた家の近くにある公園の敷地内で、黒いスポーツウェアを着こなす小さな狼、三神みかみシンは、スマートフォンの画面を見ている。

 

「そりゃそうだよ。今までになかったものが一気に、自分たちの一部になったんだから」


 相槌あいづちをうつのは、猫のぬいぐるみのようなピンク色の生き物、マスコだ。彼女は【プレイヤー】三神シンの【ナビゲーター】である。何故か赤い「チャイナワンピース」を着ていた。

 

 スマートフォンに映る文字たちをシンは、【見えざる手ヒドゥンハンド】のでスクロールする。


「お仕事に役立つスキル!」

「生活の中で今一番欲しいスキル」

「効率の良いアイテムポケットの使い方」

「#ステータス#スキル#拡散希望」


 画面の中は、この世界に生きる人々の興味でいっぱいだ。


「お? 見えざる手ヒドゥンハンドってる」

「まあ、そのスキルほどかゆいトコに手が届くスキルもないからね。でもあんたみたいにそのスキル、使いこなしてる人はいないと思う」

「そんなことないさ。俺もまだまだ研究中」


 シンは今も研究中だ。

 公園にあるブランコの周りのさくを、スマホをいじっていないほうの「見えない手」で掴み、少しだけ離れたひょうで、


「それで? その研究の成果は如何いかほどに?」

「うん。今【マニュアルモード】を試してるんだけど、コレ、かなり面白い。俺は『手の部分』を力点あるいは作用点A、体との『つなぎ目』をB。そしてその間をようせんABみたいにイメージしてるんだけど、まずね……」

「うんうん。まず?」

「うん。まず、点B。コレを空間に固定すると、俺の体も固定される。点Bは肉体からは離せないみたいだ。んで、カラダの皮膚ひふの部分に固定しちゃうとミヨーンってなるんだけど、俺の骨格に固定すれば問題ない」

「ハイハイ、それで?」 


 マスコは欠伸あくびをこらえている。


「で、点Aと俺の体重。その力のモーメントのが等しくなるには、距離が離れるほどAに使う力が大きくなる。その限界が、作用線ABの『距離の限界』と考える」

「ハイハイ。ふわぁ……」

「で、更にだ。その力は俺の【力】のステータスが反映されているワケなんだけど、なんとだよ? 点Aこと、この『スキルの手』の指先や手の平自体から、その形状と関係なしに力を加え『続ける』ことができるんだ! つまり——」


「ハイ、ストップ! ナニ言ってるのか、ぜんぜんわかんない」


 ついにマスコは、シンの言葉をさえぎった。


「ああゴメン。わかりやすく見せるとだね?」


 シンは柵を掴んだ「その手」を離し、地面にすたっと着地する。そして、人の手の平に収まるような小さな石を、で掴んだ。


 石がちゅうに浮く。

 

「何するの?」

「今、石にんだよ。でだ。コレをパッと離す。するとだね……」


 石が、勢いよく飛んでいき、公園のトイレの壁にぶつかって、その下に落ちた。砕けてポロポロと。

 壁には銃の弾痕だんこんのような、丸い小さな傷ができている。


「ま『デコピン』みたいなもんだね。投げたりする必要もなく、飛び道具が使える」

「あーあ、また『器物破損』」

「うげ」


「危ないところだったよね」


 マスコは「昨日のこと」を思い出して、言う。


「ああ、たしかにづきくんの武器はやばかった。レベルの差と持ち前の【知力】で、俺の思考速度がちょっとだけ上回っていたから攻略できたものの、同レベルだったらやばかったよね。しかもだ。あの武器きっと『対合成たいごうせい』と『たいしょうめつ』が、あの黒いビームの中で繰り返し……」

「ハイハイ、ストーップ。長い蘊蓄うんちくはもう良いから」

「マスコちゃん。コレは蘊蓄話ではなくて——」

「確かにそれもやばかったけど、あたしが言ってるのはお金の話。あのカッコいいお兄さんが来なかったらあんた、どうしてたのよ?」


 カッコいいお兄さん。

 シンとマスコは、昨日の出来事を回想かいそうした。



 ——その時シンは、悠月との戦いで荒れた駐車場。穴の空いた看板。自分が折った旗の棒。その修理代や工事費用をどうするか、考えあぐねていた。


「シン、もう良いよ。あとは店員さんと警察の人達に任せましょ? 『カッコ悪い』とは言ったけど、もうシンは十分に『良いこと』をしたとあたしは思う。店員さんを救った。この子にも道徳どうとくを教えた。もう、それで良いじゃない?」

(そうは言ってもだね、マスコちゃん。悠月くんの家にはお金がないときている。それで莫大ばくだいな借金とかを更に背負っちゃったらさ、俺が介入とかした意味、あるのかな?)

「それは悠月くん次第でしょ? 大丈夫よ。この子みたいな家庭なんていっぱいある。でも悪い道にいく人は、『ほんの一握り』。コレはあんたの知識の中にあった情報だよ?」

 

 二人が、他の誰にも聞こえない会話をしている間に、店員が悠月に説教をしている。


きみ、僕を襲った事はもう良いけど、君はこれから責任を取らなければならない——とはいっても君はまだ未成年だ。君のおかしたことの責任は、君のおやさんがとるんだ。きっちりと後悔しなさい」


 この場を収めたのはこの店員ではなく、シンだ。だが店員は悠月に、自分がこの場を収めたかのように話す。

 

「うわ、この店員さん。めちゃくちゃ偉そうに悠月くんに説教してる。しかも、かなりまともなコト言ってるし」

(まあ被害者は彼だし、それくらい言う権利はあるよ。そもそも勝手に介入した俺たちがおかしい)

「ねえ? もう行こ? なんかキブン悪くなってきた。シンは最初から関係ない。もうそう考えましょ?」

(うーん。でもさあ……)


「あーもう! さっきはカッコつけてたくせに、こういう時はゆうじゅうだんなんだから! 良い? 今のこのだいは、あんたが子供の時代コロとは違う。変に考えすぎるのは、毒、なんだよ?」


 マスコに散々さんざん言われるシンではあるが、なかなか踏ん切りがつかない「自分が人間であるためには捨ててはいけない考え」シンは今の自分の感情を、そう認識していた。そんな時——。


「ああ、良かった。警察の人はまだ来ていないみたいですね?」


 シン、マスコ、店員、そして悠月は、声のした方向を一斉いっせいに見る——。


 そこには、涼しげなあわいブルーのスーツを身にまとう、そのスーツよりも涼しげな表情をした青年が立っていた。頭のサイドを「ツーブロック」に刈り上げて、七三分けのちゃぱつを、後ろに流している。革靴の光沢と、白い歯が光った。


「わお! 超イケメン!」

(いやいや、ワザと過ぎるでしょ。このさわやかさ)


「店員さん、盗まれた商品はその子のお友達が持っていました。ほら」


 その青色の好青年は、三つあるボタンの内の上二つをとめてあるスーツの胸元に手を差し入れて、中からパンやらお菓子やらを取り出した。

 そとからは、何も入ってないように見えるジャストなサイズのジャケットから、沢山の商品が出てきたことで、店員は「え?」と声をらす。


「はは、スキルですよスキル。【アイテムポケット】っていうんです。便利ですよ?」


「そのスキルなら俺も持ってるよ。ホラ」

 

 シンも負けじとパンツから煙草とライターと財布、その他もろもろを次々に取り出した。


「ナニ張り合ってるのよ?」


「ああ、アナタも持ってたんですね? アナタがその子に行くと思ったから、私も『彼』を追えたんです。それと、その『テレキネシス』のようなスキルの説明は不要ですよ?」

「それは助かる。あまり手の内を明かしたくないのでね。それと俺も、キミが走るのを見たから、『彼』を追うのをやめたんだ」


 青年の人差し指は、歩道にいる「彼」の方に向けてしめされている——そこには「受け子の少年」が、オドオドしながら立っていた。「悠月くん。ゴメン……」


「はは。キミ、悠月くんっていうんだね。キミのお友達、『帰っていい』って言ったのについて来たんだ。『友達をほっとけない』って言ってね? 良いお友達じゃないか」


 青年がしゃべるたびに、ととのった歯並びがキラリと光る。


「あのう? 商品が戻ってきたことはけっこうなんですが、この悠月くんって子供、ウチの駐車場をめちゃくちゃにしましてね」 


 店員が青年に言う。


「ははは! 大丈夫ですよ! この二人の友情に免じて、私が費用を払いましょう! 私、こういう者です。ココに請求をかけて下さい」


 青年は胸ポケットからめいを取り出し、店員に渡した。シンの位置からは、その名前は見えない。


「ん? ‘Removeリムーブ,Rebootリブート,Reriseリライズ &アンド REALIZEリアライズ’ ? 一体何の会社です?」

 

 店員はまゆせた。


「はは、英語なのに読めるんですね? 色々です。名前が長いので’R3Rアール スリー アール’とお呼び下さい。そして犬……いや、おおかみかた。これでひとあんしんですね?」


 青年はシンに向けてウインクする。


「いやいや、一安心ってキミ。そんなかんたんに子供を甘やかしちゃダメだぜ? この子は悪いことをしたんだ。大人がそんなんじゃ……」


 このシンの言葉を聞いた悠月は「え?」と声を漏らした。


「……ちょっとシン? あんた、さっきと言ってること、変わってない?」


 マスコは、いが回った者のように細くて光沢感のない、そんなジトーっとした目でシンを見る。


(あ、いやゴメン。なんか、B級映画みたいなごごうしゅの展開が気に食わなくて、つい)


 そのあとシンはけっきょく、この青年のこうに、甘えたのだった。



 長いものには巻かれる。

 社会で生きていく為の、基本的なである。


 







 

 

 

 




 

 

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