5 境界の科学。
シンの
しかし、シンには今、自分と少年の出す音しか聴こえていない。
——自分と少年の音にしか、関心がない。
この戦闘を遠まきから
車道では自動車が。
ドラッグストアの店内からはBGMが。
自分達からは、息や、洋服と上着が
ただ、それぞれの者が共通して「
——自分は今、この戦いに夢中になっている。
さながら、コンサート会場だ。ステージで演奏する二人は
「ああ、イライラするなぁ。いいかげんにさ、しんでよ?」
少年は
「ははは! キミは『指揮者』じゃないんだ。俺がキミの思い通りになってやる
そう言うとシンは、この戦闘が始まってから初めて、手を出した。
ばきんっ。
少年の背後にある
少年は、その音が鳴った方へ、顔を向ける。
「ヘイヘイ! よそ見なんてしている場合かい!?」
じゃっ。
今度は少年の
「おまえ、ナニしたの?」
「教えるわけないだろう? コレが俺の攻撃だよ。ちなみに俺は、外して『やっている』んだ。優しいだろう?」
「……ああ、くそ。まじで、マジでイライラする!」
少年は両腕を前に突き出す——そして右手の平を上に、左手の平を下に向けて、くいっと両手首を曲げた。
シンの背後に二体の髑髏が現れる——。
シンは三メートル程の高さまで
髑髏たちの吐き出した攻撃が、アスファルトを焼く。
髑髏たちの更に後ろに着地した。
髑髏が消える。
「ああ! なんでだよ!? なんであたんないんだ!!」
「その髑髏を操るときに両手を動かすのは『そういう武器』だからなのかな? それとも
「うっ……!」
「その反応だと、おそらく後者か。人間ってさ、同時に色々なことは、考えられないようにできてるんだ。どんなに頭が良くてもね」
「うるさい!!」
少年はまた、
「だからキミは、その武器を、二つだけに絞っている。違うかい? 本当はもっと沢山、出せるんじゃないのかな? それでも手が四つだ。ふふ、とても大変そうだね?」
「ああああああっ!!!」
シンは尚も躱す。
「攻撃を
「うるさいうるさい!」
かわす。
かわす。
「だまれだまれだまれ!!」
かわす、かわす、
「あたれあたれ、あたれ!!!」
当たらない。
「ところでさ。キミが攻撃した場所、ちょっと見てごらん?」
「……え?」
シンの言う、少年が攻撃した場所。それは地面の事だ。高熱にさらされた二層のアスファルトが所々融けている。その下の、
——ぐちゃぐちゃだ。
「駐車場がこんなになるなんて、凄い温度だよね? とても熱そうだ。キミは俺や、さっきの店員さんに、コレを当てようとしてたんだぜ? 何か言うことは?」
「いうこと? そんなの、ナニもない!」
「はあ……更に言おう。キミのその『ドクロ光線』。どうやらあるのは熱だけで、圧力とか衝撃とか、そういう威力はないみたいだ」
「ねつ? いりょく?」
「おそらく光の向きをイジッてるんだろうね。光が全部、俺に向かってくるから黒く見える。まさに、
白い光が見える時、それはその光を、目に受けた時だけだ。
「ふりんじさいえんす?」
「キミが自分で言ったんじゃないか。まさか意味を知らないとか? スマホとかで調べなよ?」
シン達のやり取りを見ていた者のうちの一人が、自分のスマートフォンを操作し始めた。周りよりも
「スマホもってない」
「なるほど、じゃあ後で、図書館にでも行って、辞書で調べてみると良い」
「めんどくさ」
少年の攻撃はすでに止んでいる。シンの言葉に、夢中になっている。
攻撃よりも、言葉に。
「それとね。今はこんなナリをしてるけど俺、元々、けっこう体格の良いお兄さんだったんだよね。【力】のステータスはその時のものが、反映されている」
「だからナニ?」
「これからは、キミが俺を攻撃するたびに、キミの骨を折る。俺のパワーならキミの
「ほ——って、え!? おる!?」
「ああそうだ、いきなり頭は狙わないでくれよ? 首を折ったらたぶんキミは死ぬし、図書館にも行けなくなっちゃうからね?」
シンの言葉で青ざめたのは、少年だけではない。遠まきから眺めている人々も、ざわついていた。
「い、イヤだよ!」
「大丈夫さ。【HP】と【耐久力】のおかげで、折れた骨はすぐに治る」
「そ、そうじゃなくて! な、なんでそんなことするのさ!?」
「キミが他人の痛みを考えようとしないからだよ。ちなみに俺は
「そんなの、ズルい!」
シンは「どの口がそんなことを言うんだ?」とは言わずに、言葉を続ける。
「そう、大人は
「うう……」
「さあ、まずはどこからだい? いつでも良いよ? かかって来なさい!」
「もういい! わかったよ!」
少年の目には涙が浮かんでいた。
「何が『もう良い』のかな? それに、
「もう! ぼくにどうしろっていうの!?」
シンはパンツの中から
シンは煙草を口に
ふぅーっと白い
「ねえキミ、名前は?」
「え? く、
「悠月くん、良い名前だね。それでね悠月くん。キミのお父さんとお母さん、どんな人なのかな?」
「おとうさんはいない。おかあさんは……おかあさんは、やさしい」
「へえ? どう優しいの?」
「おかあさんは、あさにしかウチにいないんだ。でも、でもね? まいにち、ぼくのために、ごはんをつくってくれる。よるのブンも『つくりおき』してくれるんだ」
「ご飯を用意してくれるのが『優しい』のかい?」
「そうじゃない! おかあさんはいつも、いそがしいんだ。ぼくがまだよわいから。だからぼくは……ぼくは、じぶんのホシイモノは、じぶんで。そう、じぶんでてにいれなきゃならないんだ」
「お母さんが、そう言ったのかい?」
「ちがう。さいきんウチにくる、しらないおニイちゃんが、そういってた」
「なるほどね。じゃあさ、俺がお母さんを傷つけたらどう思う?」
——悠月は目を見開いた。
「ぜったいにゆるさない!!」
「ふふ、良い返事だ。でもね、キミがさっき傷つけようとした店員さんも、お母さんと同じなんだよ?」
「おなじ?」
「お母さんと同じでお金を稼ぐために、必死で働いてるんだ。その人をキミは『ぶっコロす』とか言ったんだよ? 『ナマイキ』って理由でね」
「……」
「それにね。お店の物をさ。お金を払わないで持って行くのも遠回しに『ぶっコロしてる』のと同じなんだ。僕らはお金が貰えないと、生きてはいけないからね。キミなら、わかるだろ?」
「……うん」
「うんうん。やっぱりキミは、頭が良い」
シンは悠月の返事を聞いて、満足げに頷き、ドラッグストアの自動ドアの方へ、顔を向けた。
「店員さん! もう良いよ! ちょっとこっちに来てくれ!」
店員は呼ばれてすぐに、シン達のもとへ駆けてきた。
「も、もう終わりましたか?」
「見ての通りさ。さあ、悠月くん、店員さんに言うことは?」
シンは悠月に向き直る。
「ごめんなさい」
「店員さん。彼もこう言ってるんだ。お代は俺が払うから、
「ええ? そう言われましても……」
店員は悠月に、殺されかけたのだ。簡単に納得できるわけがない。
「甘いのはわかってる。でもさ、頼むよ?」
「……ところで、当店はこの駐車場も含めて、敷地内は禁煙なのですが……」
「ああ、ごめん」
店員に言われてシンは、パンツから携帯用の灰皿を取り出し、そこに吸いかけの煙草を
「それで、どうだい? 許してあげてくれ——」
「無理です」
「——え?」
「自分はこの店のオーナーではないので、詳しい金額は言えませんが、店の看板の修理代と、駐車場の工事費用は、払って頂かなければ」
「……嘘? マジで?」
「マジです」
戦闘中は冷静であったシンではあるが、金の話になると、かなり動揺していた。もっとも、人間が狼の気持ちをその表情から読み取れるはずもない。狼と心が繋がっている者がいたのならば、話は別だが。
(うわ、やっべ! マスコちゃん、どうしよう!?)
「ええ? それも含めて戦ってたんじゃないの? 少なくとも旗のほうは、シンが折ったんだからね?」
シンが介入しなければ、出なかった被害だ。店員が自分で悠月に対応できた可能性もある。あくまでも可能性の話ではあるが。
(くそ! 考えが甘かった!)
「もちろんアナタが払う必要はありません。この子の
「ぼくんち、おカネとかないんだけど……。イヌのおニイちゃん、どうしよう?」
(どうしようだって? うう、たしかに、この子の
「どうするの、シン? あたしはこのまま帰っても悪いとは思わないけど、ただ『カッコ悪い』とは思うかな」
(そ、そうだ! きっと戦いを観てた人たちの中に、良心的な人もいるはず……!)
シンはチラッと歩道に、目を向ける。そこには通行人が数人、歩いているだけだった。先程まで、遠まきに見ていた人たちは、もういない。
(……
シンの
そして、マスコも
「ごめんなさい。あたしには、どうすることもできない」
何かに介入する。
それは、最後まで責任の取れる者だけに許された行為である。この世の中では。
第一話 UNWANTED DAWN. 終わり。
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