4 生意気。


 シンの言った「感心しない」という言葉の意味を、マスコは、正確に理解していた。共感もしている。


「ねえマスコちゃん? 子供とか、人間以外の生き物は【プレイヤー】にはならないとか。そんな事、言ってなかったっけ?」

「そのはずなんだけど……ちょっと待って? ゴメン、やっぱりわからない」

「言えないって事は、【ステータス】に関わるって事かな? なるほどそうか、おそらくは【知力】が基準になっているのかも知れない」

「ごめんなさい」


 シンは、おこっていた。


 シンたち大人が参加させられているこのゲームのシステムは明らかに、「戦うこと」が前提として、創られている。シンのように【転生】した者を除いてモンスターはまだ実装されてはおらず、それはこのゲームの方向性を暗に物語っていた。

 この世界に生きる「プレイヤー同士の戦い」なのである。


「マスコちゃんがあやまる事じゃない。キミも製作者のごうで、このゲームの為につくられた者だから」

「それでも、ごめん」



 シンは無意識のうちに、うなりごえをもらしていた。眼と鼻の間の面積も、しわをつくって。自然とうわあごくちびるがめくり上がった。隠されていた白い牙に光が当たる。


「……シン」

「ああごめん。俺のほうこそ、謝るなと言っておきながらキミに当たってしまった。少しだけ、だまって見ていてくれ」


 シンは店員と、たった今店員を攻撃した少年、その二人との距離を、さらに縮めていった。


「ねえ? いまナニしたの? もしかしてボクのジャマをした?」


 少年は近づくシンに向かって、きょとんとした顔で質問をする。


「そうだよ、邪魔をした。ところでさ、俺からもちょっと良いかい? 今この店員さんに何をしようとしたのかな?」

「うーん。このヒト、メチャメチャしつこいんだ。ボクがナニもぬすんでないっていってるのに」

「俺は、『何で?』とは聞いてない。たずねているんだ」

「そんなの、ぶっコロすにきまってるじゃん? ナマイキだから」

「なるほど。生意気だとキミは、知らない人でも殺すんだね?」

「そうだよ?」

「ならさ。殺される覚悟も、あるんだよね? 例えば、俺に」

「かくご? わけわかんないコトいわないでよ」

「ふう、やっぱり、口で言ってもわからないか。なら、仕方がない」


 言いながらシンは、オロオロして立ち尽くす店員に目を向けた。


「い、犬が喋ってる……」

「ねえ店員さん? ちょっと離れててくれるかな? できれば店の中にこもっていてくれると助かる。幸い今、車は停まっていないし、壊れるのも、お店の看板ぐらいで済みそうだ」

「え? 壊れる!? 一体何のことを——」

「良いからっ!!」

「ひっ!」


 シンが怒鳴ったことで店員は、そそくさと店の中に入って行った。


「……おまえ、イヌのくせにえらそうだな。おまえも、ナマイキだ」 

「生意気か、なるほど。キミにはそう見えるだろうね? まあ良い。ちょっとおきゅうえてあげるよ」

「おきゅう?」


「覚悟は良いかい? さあ、だ」


 ——言ってシンは、少年の方へけ出す——が、シンの眼前がんぜんに、先ほどの髑髏どくろが現れた。


 その口から、黒い閃光せんこうが吐き出される——シンは頭を身体からだごと低くして、それをかわした。


(危なかった。それにしてもこの子、やっぱり


 少年のきょを突き、見えざる手ヒドゥンハンドで少年のほおなり頭なりを叩く——それがシンの算段だった。だが、先に仕掛けたのは少年の方である。


 頭の回転が速い。


 シンの行動を予測していたからこそできる芸当だ。癇癪かんしゃくを起こして店員を攻撃した少年ではあるが、シンが介入したことで、そのまま戦闘に突入することを、想定していたのである。


「キミ、なかなか冷静だね?」

「おまえこそ。レンシュウでたおしたイヌとはちがうね」

 

 ——シンの頭上にもう一体の髑髏が出現した。

 

 空気の揺れる音が、わずかではあるが、シンの耳に入る——それを感じとった瞬間、シンはドラッグストアの方向へとんだ。


 アスファルトのけた匂いが周囲に広がる。


 シンでない者でも、その匂いを感じ取るのはようだろう。もし近くに、人がいたのならば。

 

 先程まで店の前の歩道を歩いていた者たちも、少年の背後に髑髏が現れた時に異変をさっし、少し離れたところからとおきに、二人の戦いを見物している。その中の一人である体格の良い女性が、スマートフォンを自分の耳に当てていた。


(マスコちゃん。黙ってろなんて言っちゃって、ゴメン。ちょっと質問良いかな。あの武器、何?)


 シンは尚も続く髑髏のもうこうを躱しながら、マスコに向かって「心の中で」ささやいた。


「アレは【亡骸達の遺産テイルズ オブ テイルズ】っていう、ダサい名前の武器だよ。【魔銃士ガンナー】系専用、Aランクのね」


 おかしい、とシンは感じていた。


 店員の頭を撃ち抜くはずだった「黒い光線」のうちの一本が、ドラッグストアの看板に当たり、”Drug stor”という中身のない文字列となった、その時に。そうが融けて消えているだけではなく、金属板を貫通かんつうしている——威力が、高すぎるのだ。


 とてもこのゲームに参加したばかりの、「初心者」の出せる攻撃ではない。それに【初回特典】のカタログには、C

 だが、シンとマスコには一つだけ、心当たりがある。


(なるほど、『福引き券ラッキーチケット』か)

「あたしも思った。それしか、考えられない」


【福引き券】とは初回特典で【装備】を貰う権利を放棄する事で使えるチケットだ。Aランク以上の武器が、ランダムではあるが、獲得できる。三十レベル分の【経験値】と【スキルポイント】を、した上で。

 シンはその話を聞いた時、そのを引くことを選択肢の中からじょがいした。もし「剣」とか「槍」なんて引いてしまったものならば、レベルアップによるステータスの上昇が見込めないのは、かなりマイナスになるからだ。

 しかも、戦いの舞台は「ほうこっ日本ニッポン」である。よほど倫理観がけつじょした者でない限り、経験値をかせぐこと自体が容易ではない。


 しかし、この少年の場合は違う。


 シンの考えでは、彼と同年代の子供たちがプレイヤーになるまでに、四、五年はかかる。もしも「使えない【装備】」を引き当ててしまっても、と経験値を

 同年代の者たちはそもそもゲームに参加していないのだから、同じような生活をしているをしていれば良いのだ。【ジョブ】も、武器を引き当ててから決めてしまえば、何も問題はないわけである。


 そして身体能力を「あまり必要としない」装備を、この少年は手に入れた。

 

(運と知能。両方とも持ち合わせてるのか。それとも『ナビ』の入れ知恵か。どちらにしても少し、厄介だ)


 この少年はこのゲームを理解してさらに、自分の持つも理解した上で、この選択をしたのである。並の大人でも、このような考えが浮かぶ者は少ないだろうと、シンは思った。


(さてどうするか。結構マジでやらなきゃいけない)


「これは完全にシステムのけっかんだよ。こんな子供に、こんな強力な武器を持たせて大人と『』なんて……本当に、ごめんなさい。そもそも、こんなゲームを押しつけたこと自体——」

「だから謝るなって。俺はマスコちゃんに会えたことだけは、このふざけたゲームを評価してるんだからさ。あとは、製作者のネーミングセンスとかもね」


「あれ〜? もしかしておまえ。ナビにナマエとかつけちゃってんの? うわぁ、バカみたい」


 少年はニヤニヤしながら、その両手を上に、下に、右に、左に動かす。オーケストラのしゃのように。


 それに合わせて二体の髑髏も、シンのじょうあごの下、体の左右に出現して、その、たんであるのかつばであるのか、しゃぶつであるのかもわからない。

 そんな直線を吐き出す。


「おやおや、これはお恥ずかしい。思わず声に出ちゃってたか」


 けながら言うシンも、その口のはしを少しだけ上に、ゆがませた。


「ところでこのブキ、『空想の中の創作物フリンジ サイエンス フィクション』っていうシリーズらしいよ? カッコいいでしょ? で、ナマエはね……」

「名前は知ってるよ。どんな武器かも大体、想像がついた。それにそのシリーズのネーミング。まるで『今のこの世界』みたいだね?」

「は? いまのセカイ? またわけわかんないコトいわないでよ。バカみたいだよ?」

「まあ、わからないのも仕方がないさ。お子様には、まだまだいたる事のできない考えだ。それとね、さっきから言おうと思ってたんだけど……」


 シンに「お子様」と言われて、少年はムッとくちびるとがらせた。


「あまり大人を舐めない方が良い。キミ、少々、だぜ?」


 ちょうはつして相手のゆうけずる。

 それがシンの、得意技だった。

 


 




 

 

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