2 試したい。

 

 あたしには自分がない。あるのはシンの知識と経験したことだけ。

 あたしというモノは、これからシンと共に体験すること、

 

 あたしが産まれた場所——そこは真っ白な空間だった。地面的なモノはある。だってそこに、マヌケな顔をした男の人が一人、立っていたのだから。その人と、あたし以外の色はない。

 だから、真っ白な空間。

 

「ねえキミ。キミは何?」

 

 何って、え? あたしってなんだろう? あ、なんか頭に浮かんできた。そうだ。あたしは【ナビゲーター】。この人の。そうだ。この人は三神シン——あたしが担当する【プレイヤー】。

 

「いきなり人に向かって『何?』って、かなり失礼じゃない? あんたこそなんなのよ?」


「ああゴメン。いや俺さ、いきなりココに来たんだけど。歩いてる最中に、いきなり体が動かなくなってね? そして変な声が聞こえて……まあ良いや。俺の名前で良ければいくらでも」


「あ、ごめん。知ってるから、やっぱり言わなくて良いよ。『シン』でいいでしょ。あんたの呼びかた」

「いきなり呼び捨てか。まあべつに気にはしないけど」

 

 そうそう。この世界は、あたしを作ったヒトが、それぞれのプレイヤーに割り当てた、このの説明のための【チュートリアル】用の空間。あたしは案内役。だからナビゲーター。

 

「あたしはアナタのナビゲーターよ。あたしはアナタをサポートするためにいるの」

「サポートって、これからなんか特別な事でもあるのかい?」

「気の毒だけどね。あたしを作ったヒトは、ちょっと性格がアレみたい。アナタの世界を遊び半分に、いじくっちゃうみたいだよ?」

いじる? そんな事できちゃうんだ? ふーん、んで? どんな風に?」

 

 え? 受け入れるの? ああ、この人、こんな感じの人だった。

 彼の記憶が、まるで自分の体験したことのように流れてくる。

 

「なんて言えばいいかな……あ、そうそうアレアレ。一昔前のRPG。そんな感じ!」

「なんか、ありきたりだね。俺が子供の時にもそんなのがあった記憶がある」

「驚かないの?」

「いや、もう驚き終わったから、驚く必要はないんじゃない?」

 

 何こいつ? いや、知ってるんだけど。うーん、もっと、なんかこう……まあいいか。変なヒト。

 

「そういうカンジなら説明もスムーズにいきそうね。サラッとで良い?」 

「いや、説明はちゃんとして」

 

 あー、なるほど。めんどくさ。

 

「俺がココにいるって事は、他の人達もこんなカンジなんでしょ? だったら、遅れをとるわけにはいかないからね」 

「ハイハイ。じゃあ【ステータス】から説明するけど」

「ステータス? もしかして能力が数字で表されるとか言うのかな? そんな事できるの?」

「ええ? そこから? うーん、ちょっと待って——」

 

 うわ、これだけでかなりの情報量。取り敢えず、質問されたことにだけ答えよう。

 

「全部はできないみたいね。でも一応、計算とかしてるって」

「計算? そもそも計算できるの? てかそんな事できる人って、何者だい?」 

「ちょっと、一度に質問しないでくれる?」

「そもそもどういうゲームなんだい? 一昔前のRPGっていったって、色々あるだろう?」

「いや、だから……」

「何か特別な能力とかワザとか、そういうのもあるのかな? 『知らなかった』みたいな理由で損はしたくないんでね」

 

 彼が質問するたびに、頭の中で情報があふれかえってくる。だんだん、イライラしてきた。

  

「あとはそうだね。弄るって言ってたけど、元の物理法則とか原理とか、ああ、あと、よく目にする『運』とかいう概念がいねんもあるのかな? 俺は基本的に運命っていうのはそもそも結果が起きる前から——」

 

「あああ! もうっ! うるさい!!」


 あたしの大声で、三神シンは、 質問をやめる。 

  

「ウザい! しつこい! キモい! もうわかったから!」

「何がわかったんだい? 俺は、わからない事だらけだ」


「だ! か! ら! 説明するから黙ってよ!!」

    

 あたしは本当に、聞かれたことを全部、シンに話した。そう全部。

 だって、めちゃくちゃ質問されたんだもん。外の時間でいえば、一週間分くらい。バカじゃないのコイツ? そんなの試しながらけば良いじゃない。かなり、疲れた。 

   

「いやー悪いね。こんなに長々とお話させちゃって」

「もう話せることは全部話したから、あとは自分で見つけてよ」

「そうだね。結局、ステータスの計算方法とかは、自分で調べるしかないんだね?」

「なによ? 使えないナビだって言いたいわけ? 言っとくけど、あたしが担当じゃなかったら、あんたなんて無視よ? ムシムシ!」

「そんな事言ってないだろう? むしろ親切なナビゲーターで助かったよ。ありがとう」


 変なヤツ。


「お礼はいいけど、これから戦闘よ? 【転職】しなくて大丈夫?」

「ああ、まずは自分ののステータスを試したい」


 まずは? まあ良いか。

 

 シンの目の前に、毒ヘビの【モンスター】が召喚された。名前は【グリーンスネーク】。ネーミングのとおり、みどり色のヘビ。

 

 シンは普通に歩いてヘビに接近する。

 あ、噛まれた。油断?


「ちょっと! 何してるの? 早く倒さないと死ぬよ?」

「うーん、そうみたいだね」


 は? ホントにバカなの!?


 しばらくしてシンは、毒ヘビの頭を踏みつぶした。と同時に。


 すぐにシンはよみがえる。


「ほほう? 相打ちでも【レベル】が上がったね?」


 まさかコイツ、!?


「何考えてんのよ!? あんたが死んだらあたしも消えるの! さっき言ったでしょ?」

「でも、この空間では三回までやり直しができる。そうも言ってたよね? 大丈夫ダイジョーブ」

「もう!」

「それよりさ、このヘビの毒『出血毒』だったみたいだけど、カラダの損壊は【HP】でおぎなわれてた。まあその数字が無くなったから死んだんだけど」

「へ?」

「次はさ。この数値の反映を『切ってみるよ』。どの程度で人間が死ぬのか、試したい」

「な——!」


 あたしは、少なくともさっきまでは同情していた。この、三神シンというヒトに。

 だってそうでしょ? あたしがこの世界のニンゲンだったなら、いきなり「世界にゲームの設定が追加されました」とかいわれたら混乱する。なのに、シンは、ナビゲーターであるハズのあたしを、混乱させてくる。

 

「さてさて次は……そうだ。【スキル】をとってみよう。何が良いかな? って、ん? 【毒耐性】?」

「……たぶん、あんた今、毒で死んだでしょ? それで蘇っちゃったから、とれた。そんな感じ」

「ふむふむ、なるほど? 本来なら【蘇生】系のスキルで蘇ったりした人用のなんだろうね。これはラッキーだ。最初に毒ヘビが出てくるなんて」


 ラッキー? 毒がなくてもあのヘビは、そこそこ強い。できた芸当だ。


「よし、次のモンスターをお願いするよ。スキルはそれを見て考えよう」


 二戦目は、【ワイルドゴブリン】。「野生の小鬼」を英語にしただけ。

 まじでなんなの? このネーミング。


「ふうん? すばしっこそうだ。コレを使うかな?」


 シンは、あたしが彼の視界に表示する【カタログ】からスキルを選び、【スキルポイント】を消費した。彼が選んだスキルは【見えざる手ヒドゥンハンド】。

 シンはボクシングの「デトロイトスタイル」のような構えを見せ、左腕をムチのように振るう。

 ゴブリンのあごにその


「うん、使い勝手がいいね」


 シンは十メートルは離れている距離からゴブリンに、「フリッカージャブ」を当て続ける。あたしは少しだけゴブリンを、可哀想だと思った。でもこれが、こういう世界観での戦いなのだろう。

 

 しかし、さらにシンは、とんでもない事をしでかす。


「さて、そろそろ、かな? そういや、なんか手のカタチ、変えられるみたいだ」

 

 シンの見えざる手ヒドゥンハンドの形状が、目の前のゴブリンの手のように変化した。その感覚が、あたしにも伝わる。

 そしてシンは、その爪で、首を切り裂いた。自分の、けいどうみゃくを。


「ば! ホントにバカ!」

「そ、そんなに、驚くなよ。さっき、云っただろ? HPを切ってどの程度で死ぬか、確認するって、さ」


「なんで、そこまでするのよ!? 『マゾ』ってわけでもないでしょ!?」

「キミ、俺の記憶から生まれたんなら、わかるだろ? 俺は、生き残らなきゃならない。そのために、死ねるだけ死ぬんだよ」

 

 やがて、シンの肌はだんだんと白くなる。その表情も恍惚こうこつとしていた——出血多量で意識を失う、その瞬間は近い。

その直前にシンは、ゴブリンの首を自分の首と同じように、切り裂いた。


 シンとゴブリンは同時に倒れ、シンだけがすぐにまた、立ち上がる。

 

「やっぱり二回目はレベルが上がらなかったね。そんなに甘くはない」

「……怖くは、ないの?」

「怖い、ハズなんだけどね。なんだかそれが、全くないんだ」


 あたしは黙って、シンを見つめた。

  

「そんな目で見ないでよ、マスコちゃん。俺は、こういうヤツさ」

 

 ——ん?

 

「マスコってナニ?」

「キミの名前だよ。名前、なかったんだろ? キミって猫のヌイグルミみたいな見た目してるだろ? とっても可愛いマスコットだから、マスコちゃん。気に入ってくれるよね?」

 

 え? あたしってそんな見た目しているの? まあたしかに、自分で見ることのできる手足はそう見える。

 シンはあたしに、自分の視覚を繋げた。

 あ、けっこうカワイイじゃん、あたし。でも——。

 

「もっと良い名前なかったの? そんな安直あんちょくな名前、他のナビとかぶるじゃない」

「うーん、お気に召さないか。さて、どうしよう?」

 

 あ、。この話題を、これ以上するのはやめよう。

 

「それで良いよ。それより三戦目。そろそろいっちゃう?」


 なんかシリアスな空気が吹っ飛んだ。もういいわ、好きにやって。


「ああ、でもその前に——」

 

 シンは新たに【爪撃ストライククロー】というスキルを取得して、三体目のタコ型モンスターを倒した。

 

 正直このゲームのネーミングセンスも、安直すぎて、恥ずかしい。そういう、細かいことを気にしない性格に、生まれたかった。


 このあとシンは、お腹が白く背中が黒い、小さな狼型のモンスター【レッサーウルフ】に【転生】した。


「なんで?」とは思うけど、まあこれが三神シン。これから長い付き合いになるであろうプレイヤーなのだから、納得するしかない。

 

 シンも言っていた。「驚き終わったのならもう、驚く必要はない」でしょ?

 

 

 


 

 

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