第3話 魔法がばれた?

 午後の授業は、何とか平和に治まって無事に終了した。

しかし、ホッとしている暇はないのだ。

オレは、あいつを誘って、創作同好会のみんなが集まる視聴覚室に行った。

すると、いきなり、部長がオレたちに詰め寄る。

「聞いたわよ。神崎さん、ここを辞めて、陸上部にいくんだって?」

 もう、部長の耳に入っているのか。同じ三年生だから、仕方がないことかも

しれない。オレは一瞬、ひるんで声も出なかったけど、あいつは、きっぱり

言ったのだ。

「いいえ、ここは辞めません。だから、陸上部に入るつもりはありません」

「そう。それならよかったわ。安心した。でも、ホントにいいの?」

「ハイ、だって、明が誘ってくれたんだもん。いっしょがいいの。

だから、辞めないです」

 だから、そういう誤解されるようなことを人前で堂々と言わないで欲しい。

みんながオレを見る目が変わって来るじゃないか。

「でも、あなたが足が速いのは、事実でしょ。ホントは、陸上やりたいんじゃ

ないの?」

「走るのは好きです。でも、好きなだけで、優勝とか、関係ないから」

「あのね。ここは、同好会なの。部とは、違うのよ。学校にも認められて

ないの。だから、やめるのも自由。ここは、漫画を書いたり、小説を書いたり

するのが、好きな人だけが集まっておしゃべりしたり、創作活動をする

ところなの」

「あたしは、そういうほうが好きです」

「わかった。もう、何も言わない。神崎さんの好きにしていいわ」

「ハイ、ありがとうございます」

 そういうと、他の部員たちもオレたちの周りに集まると、やっといい雰囲気になってきた。

「よし、それじゃ、お茶しようか」

 副部長が言うと、一年生たちが、いつものお茶の用意をする。

オレたちは、机の周りに集まると、椅子に座る。

自然と、昼休みの出来事の話になる。あいつがことのいきさつなどをおもしろ

おかしく話すのでみんな笑って、和やかな感じになった。

これが、創作同好会のメンバーのいいところだ。

居心地がよくて、人に強制なんかもしないで、好き勝手に自分の

やりたいことが出来る。それが、大好きだった。オレみたいな、運動が苦手な

やつにとっては、天国なのだ。

 

 夕方になって、下校を知らせるチャイムがなって、解散となる。

オレとあいつも帰る準備をして、学校を後にする。

これで、今日という一日が終わると思うと、気持ちも落ち着く。

が、そうは問屋が卸さないのである。

 昇降口で靴を履き替えていると、登校したときの先輩とその子分たちが

待ち受けていた。

他の生徒は、関わりたくないので、先輩たちを避けて通る。

オレもそうしたかったが、あいつは、堂々と前を歩こうとする。

「ちょっと待て」

「何?」

「朝の返事は?」

「何のことか忘れちゃった」

 あいつは、そういって、ペロッと舌を出す。そんな可愛い仕草をしたら、

火に油を注ぐだろ。オレの思ったとおり、先輩は、厳しい顔が少し緩んだ。

「お前、オレと勝負しろ。俺が勝ったら、神崎は、俺と付き合う」

 何を言ってるんだ。この令和の時代に…… 時代錯誤も甚だしい。

付き合っていられない。

しかし、相手は、柔道部の主将だ。ただで済むとは思えない。

「どうだ。俺と勝負するか? 出来なかったら、俺の勝ちだ」

 逃げようにも、子分たちがオレの逃げ道を塞いでいる。どうする、オレ……

「もう、しつこい男は、もてないわよ」

「な、なにぃ……」

 先輩は、顔を真っ赤にして怒っている。もう、止められない。

先生を呼んでこよう。オレは、そう思った。しかし、職員室まで行かれない。

 それなのに、あいつは涼しい顔をして靴を履きかえると、外に出て行こうと

する。

「行こう、明」

 オレの手を掴んで、そのまま昇降口から出て行く。

その後を追って先輩たちが付いてきた。

「いい、よく聞いてよ。明に手を出したら、あたしがただじゃおかないわよ」

「なんだと。女のクセにいい度胸してるじゃないか」

「いっておくけど、あたし、強いから」

「ふざけんな」

 そういうと、先輩があいつに突っかかってきた。

あいつは、オレの手を離すと、先輩を軽く交わして、その腕を掴むと、

あっさり投げた。背中から地面に倒れた先輩は、一瞬、何が起きたのか

わからない顔をして、空を見上げていた。

柔道部の主将が簡単に、それも女子に投げられたのだ。

周りで見ていた生徒たちも信じられない光景に、足が止まっている。

「この野郎」

 先輩は、立ち上がると、あいつにもう一度掴みかかった。

「もう、いい加減にしてよ」

 あいつは、そういって、先輩の腕を取ると、今度は、後ろに軽く倒した。

「まさか、このオレが、二度も……」

「案外、弱いのね」

 あいつは、にっこり笑って倒れている先輩を見下ろす。

一部始終を見ていた子分たちも、固まったままだった。

「帰ろう、明」

 そういって、オレを校門まで促す。オレは、先輩の方を振り返りながら

あいつの後を追った。しかし、意外にしつこかった。

「待てぇ!」

 再度立ち上がった、先輩は、突進してきた。

あいつは、またしても軽く交わすと、右手の人差し指を先輩に向けると

そのまま上に上げた。

「シャランラァ~」

 オレにだけ聞こえるような小さな声で言うと、先輩の巨体がふわりと

浮き上がったかと思うと校門脇に生えている、大きな桜の木の枝に

引っかかっていた。何がどうなったのか、きっと、オレにしかわからない

だろう。

「さぁ、明、行きましょ」

 あいつは、オレの手を握って、学校の外に歩き出した。

背後では、桜の木の枝に引っかかったまま、下りられない先輩が何か

叫んでいた。その後、どうなったのか、あえて知ろうとは思わなかった。

 学校から少し離れると、オレは、あいつの手を振り切って足を止めた。

「魔法を使っただろ」

「しょうがないでしょ」

「学校で魔法は使うなって、いっただろ」

「それじゃ、あの人にケンカ売られて、明は勝てたの?」

 それを言われると、返せない。

「あの場合は、しょうがないじゃない。それに、他の人は、何が起きたのか

わからないから大丈夫よ」

 確かに、あいつの言うとおりだ。ここは、素直に謝っておくことにした。

「ごめん。さっきは、ありがとう」

「いいえ、どういたしまして」

 あいつは、いつもの笑顔でそういった。その顔で言われると、オレは、照れてしまう。そんなやり取りをしながら、ウチの前まで着いた。

「それじゃ、またね」

「おぅ、また明日」

 そういって、オレたちは、それぞれのウチに帰った。

オレは、帰ったことに、ホッとしながらも、あいつと別れることにちょっと

残念な気もして複雑な気持ちで、あいつの背中を見送った。


 ウチに入ると、まだ、だれも帰っていなかった。

オレは、家族の帰りを待ちながら、リビングのテレビをつけて、見ながら

待つことにした。

しばらくすると、母さんが帰ってきた。

「遅くなってごめんね。ご飯作るから、ちょっと待っててね」

 そういうと、エプロンをつけて、夕飯の準備に取り掛かった。

それから、少しして、妹が帰ってきた。

「ただいま。お兄ちゃん、いる?」

「テレビを見てるわよ」

 母さんに言われて、妹は、制服姿のまま、テレビを見ているオレの

隣に座った。

「聞いたわよ。今日、大変だったんだって?」

「何が?」

「柔道部の先輩に絡まれたんだって」

「えっ!」

 もう知ってるのか。中学にまで、そんな情報が流れているその速さに

感心した。てゆーか、ついさっきのことだぞ。噂好きなのは、妹も同じらしい。

「それで、マコお姉ちゃんに助けてもらったんだって?」

「イヤ、それは……」

 事実だけに否定できない自分が情けない。

「まったく、お兄ちゃんは、男なのに、情けないなぁ……」

 実の兄にそこまで言うことないだろ。反論したかったが、オレに言う権利は

ないので口をつぐった。

妹は、兄のオレと違って、スポーツ万能で学校の成績もいい。

陸上部にいて、大会で優勝もしている。学校の有名人でもある。

しかも、オレの妹にしては、そこそこ可愛いので、男子にモテる。

あいつほどじゃないけど。

「あの後、大変だったんだって」

「えっ、どうしたんだよ」

 つい、聞き返してしまった。その後のことは、オレは知らない。

「先生たちが来て、はしごを使って、助けたんだよ。もう、大騒ぎだって」

 そんな大事になっていたのか。オレは、あいつと逃げたので、その後のことは知らないのだ。

「それで、先輩は、なんか言ってた?」

「聞いた話じゃ、何がなんだかわからないうちに、木にぶら下がって

いたんだって」

 それを聞いて、心の底から安心した。あいつの魔法は、見なかったのだ。

「でもさ、不思議なこともあるよね。あんな大きな人が、あんな高いとこまで

飛ばされるなんて」

「きっと、夢でも見てたんだろう」

「お兄ちゃんらしいわね」

 妹は、そういうと自分の部屋に入った。

兄と妹という兄弟なのに、こうも違うとは、やっぱり、女子のことは

わからない。

 その後、父さんも帰ってきて、家族で夕飯を食べる。

テレビを少し見てから、オレは、自分の部屋に戻った。

ベッドに寝転がって、今日のことを思い出してみた。

今日もいろいろあったなと、思っていると、また、ベッド脇の小窓から

何か音がした。 小窓を開けると、あいつが見ていた。

指で外を指すので、やれやれと思いながら体を起こして、ベランダに出る。

すると、あいつもベランダの向こうにいた。

「今日もおもしろかったね」

「別に、おもしろくはなかったと思うけど」

「そうかしら。あたしは、おもしろかったわ。人間の世界って、おもしろいね」

「それじゃ、魔法の国は、おもしろくなかったのか?」

「全然。ちっとも、おもしろくなかった」

 いったい、魔法の国とは、どんなところなのか……

「それじゃ、また、明日ね。おやすみ」

「あぁ、おやすみ」

 そういって、あいつは、部屋に戻っていった。

オレの目には、いつもの変わらない、ピンクのパジャマの胸についている

大きなキリンのプリントだけが残った感じで、なんとなく悶々とした

夜を迎えた。


 翌日も朝ごはんを食べ終わったころを見計らって、あいつがやってきた。

「おはようございます。明、迎えにきたわよ」

「マコちゃん、いつも悪いわね。お兄ちゃん、早くしなさい」

 母さんが玄関からオレを呼んだ。

「おはよう」

 オレは、かばんを持って、玄関に行くついでにあいつにいった。

「おはよう。今日も楽しいといいね」

 朝からテンションが高いなと思いながら、オレは靴を履いて外にでる。

「行ってきます」

「行ってらっしゃい」

 母さんと会話を交わすと、あいつと並んで学校に行く。今朝は、妹は朝連で

早くから登校していた。

「また、あいつ、いないかな?」

「いないといいけどな」

 きっと、先輩のことをいってるんだろう。あいつは、そういって、

片目をつぶって、人差し指を唇に当てて笑った。そんな仕草をされたら、

あいつをまともに見られない自分に気がついた。

 だけど、すぐに現実に戻って、しっかりあいつを監視しないといけない。

学校に着くと、他の生徒たちもやってきて、朝の挨拶を交わす。

昇降口についても、先輩の姿はなかった。まずは、一安心だ。

 教室に入ると、早速、クラスメートたちがオレたちにいろいろ聞いてくる。

「昨日、三年生に絡まれたんだって?」

「なんか、先生たちが、大変だったらしいじゃん」

「それで、どうなったんだよ?」

 どの質問にも答えるわけにはいかない。顔を引きつらせながら、うやむやな

返事をするしかなかった。

「あの先輩を投げ飛ばしたってホント?」

「怖くなかった?」

 あいつも質問攻めに合っている。余計なことを言わなきゃいいなと思った

そばから、あいつはいった。

「簡単よ。こうやって、軽く投げ飛ばしてやったわ」

 身振り手振りであいつは、あのときの事をおもしろおかしく話して聞かせた。

「すげぇ~」

「神崎さんて、強いのね」

「まぁね」

 あいつは、自信満々で胸を張っていったのだ。オレは、頭を抱えるしか

なかった。陸上部の次は、格闘技からスカウトがくるぞ。

確か、ウチには、アマレス部があったはずだ。

 そこに、朝のホームルームのチャイムがなって、担任の響子先生が

入ってきた。朝の挨拶が終わり、全員が着席する。出席を取ると、朝の話が

始まる。

「みんなも聴いていると思うが、昨日の三年生のことで、何か知ってることは

ないか?」

 オレの頭の中で、危険信号が鳴り始めた。

「誰か、目撃者とかいたら、先生にそのときのことを教えてくれ」

 目撃者どころか、オレとあいつは、当事者だ。

「明、神崎、お前たちは、何か知ってるんじゃないのか?」

 指名されたオレたちは、思わず立ち上がる。

「いえ、ぼくたちは、何もわかりません」

 あいつが口を滑らせる前に、先にオレが答えておく。

我ながら名案だと思った。

「神崎は、何か知らないのか?」

「え~と、知ってるような、知らないような……」

「知ってるなら、どんなことでもいい、何があったんだ?」

「あたしが投げたんです。でも、まさか、アソコまでいくとはおもわ……」

 オレは、青くなって、隣のあいつの口を塞いだ。

「ダメだろ、それ以上、言うな」

 オレは、耳元で小さな声で言った。

「わかったわよ。苦しいから、離して」

 あいつは、オレの手を口から離すと、そういった。

「ご、ごめん」

 オレは、そういって謝ると、あいつは、前を向いていった。

「ちょっとおしおきしただけです」

 それを聞いて、響子先生は、複雑そうな顔をしたけど、それ以上は

突っ込まなかった。

「まぁ、イジメとかじゃないみたいだからいいが、余り派手なことはしない

ように」

 そういって、ホームルームの時間は終わった。

オレは、ホントにホッとした。これ以上、騒ぎを起こさないように

気をつけよう。

 その後、今日は、授業中も、同好会のときも、特に問題もなく平和に一日が

終わった。

しいて言えば、廊下で先輩とすれ違ったが、オレたちに視線を合わせることなく、避けるようにして急ぎ足で過ぎていったくらいだ。

かなり懲りたようで、これからは、安心して学校生活が出来そうだ。

 また、今回のことを聞いたらしく、陸上部の先輩たちもアレっきり勧誘には

来なくなった。

平和な昼休みが過ごせて、オレは、とてもうれしかった。

しかし、そんな平和な日には、必ず落とし穴が待ち受けていることを、

オレは、まだ知らなかった。

 学校の帰り、オレとあいつは、いつものように並んで帰る。

「ねぇ、明、ちょっと付き合って欲しいところがあるんだけど、いっしょに

来てくれない?」

「遅くならなきゃいいけど」

「すぐ近くだから」

 そういうと、いつもの道を右に曲がっていった。

そこを行くと、駅に通じる商店街にでるはずだった。

「あたし、前から来てみたかったんだ」

「商店街に?」

「うん。だって、ここって、賑やかで明るくて、何でも売ってるんだもの」

 商店街だから、何でもあって当たり前だけど、あいつには見たことないんだなと思って人間界の見学ついでに、ここは、いろいろと教えてやろうと思った。

少しは、人間の先輩として、いいところを見せてやろうと思ったのだ。 

ところが、あいつは、オレのことなどまったく無視して、あるお店に当たり前のような感じで入っていった。

そこは、駄菓子屋だった。おばあさんが一人でやってる、昔からある古くて

小さな店だ。オレも小学生の頃は、毎日通っていた。

「うわぁ、きれいで、素敵なお店ね」

「お前、駄菓子屋って入ったことないのか?」

「うん、だから、前から、一度来てみたかったの」

 魔法の国には、駄菓子屋というものは、存在しないことがわかった。

「ねぇ、これなに? これは、なんなの?」

 あいつは、カラフルな駄菓子を次々と手にする。

「これは、ラムネ。これは、ソースせんべえで、これが梅ソース」

「明、これって、いくらするの?」

「ここに値段が書いてあるよ。安いから買えるだろ」

「お金なんて持ってないもん」

「おこずかいは、もらってないの?」

「うん、ポロンがくれないの」

 あの召し使いは、かなり厳しそうだ。そこで、オレは、いいことを

思いついた。

「それじゃ、昨日、助けてもらったから、そのお礼だ。オレが買ってやるよ」

「ホント!」

 あいつは、キラキラした目でオレを見上げる。これじゃ、まるで子供

じゃないか。

「そんなに高いもんじゃないから、大丈夫だよ」

 オレは、自分の財布の中を見ながらいったけど、若干不安もあった。

「明、ありがとう。これから、一生、守ってあげるから」

 それは、大袈裟だろ。そう思ったけど、いわないでおいた。

あいつは、小さな赤いカゴを手にすると、目に付いた色とりどりの小さな

駄菓子を次々と入れていった。

「これだけ買っていい?」

 カゴ一杯に入った駄菓子を見て、オレは、すばやく計算する。

「いいんじゃない」

「やった! 明、ありがとう」

 そういうと、うれしそうにおばあさんがいるレジに持っていく。

オレは、後ろから付いていって、お金を払う。何とかギリギリだった。

あいつは、袋に入れてもらった駄菓子を手にして、うれしそうに商店街を

歩いた。このままスキップでもしそうな雰囲気だ。そんなにうれしかったのか、

それくらいなら、また、買ってやろうと思った。

「ねぇ、いっしょに食べよう」

「えっ?」

「だって、こんなにあたし一人じゃ、食べきれないもん。明といっしょに

食べようと思ったのよ」

 そうだったのか。オレの分まで買ったのか。なんだか胸の奥が熱くなった。

そんなときだった。いきなり、ドーンという音がすると、地面が揺れた。

「どうした?」

 情けないことに、地面が揺れたのと大音量で、思わずあいつの腕を掴んで

しまった。一瞬、何が起きたのかわからなかった。

地震にしては、揺れたのはほんの数秒だった。

あいつも、初めてのことで、ビックリして周りをキョロキョロしている。

 しかし、すぐに二度目の爆音がして、今度は、オレンジ色の炎が視界に

飛び込んできた。

「火事か?」

 オレは、そういって、火が出ている方向を見た。

そこは、少し前にいた、駄菓子屋だった。

 古いお店だけに、火の回りが早かったのか、扉のガラスが割れて飛び散って、炎が噴出している。

商店街の大人たちも、突然のことに驚いているばかりだった。

「消防車を呼べ」

 誰かが叫んだ。オレは、その声で現実に戻った。

「おばあさんがいるんだ」

 オレは、そういって、駄菓子屋に向かって行こうとした。

しかし、炎の勢いがすごくて、近づけない。

「どうしよう…… おばあさんが」

 あいつも突然のことに、どうしたらいいのかわからない様子だった。

おばあさんを助けないと…… どうしたらいいか、必死で考えた。

消防車が来るまで、間に合わない。その時、オレは、あることを閃いた。

「マコ、お前、魔法であの火を消せるか?」

「えっ!」

「魔法で火を消せるかって聞いてんだ」

「う、うん、できるけど…… 魔法は……」

「いい。やってくれ。今は、緊急事態だ。おばあさんを助けなきゃ」

「わかった。やってみる」

 そういうと、あいつは、右手の人差し指を前に突き出して、いつになく

真面目な顔をした。

「テクニクテクニカ、シャランラァ~」

 呪文を唱えると、あいつの指先から、虹色の光る光線が見えた。

すると、真っ赤な炎が少しずつ消えていった。不思議なことに、だんだん小さくなってきたのだ。

「これ、持ってて」

 あいつは、左手に持っていた、駄菓子が入った袋をオレに突き出す。

「なにをする気だ?」

「おばあさん、助けてくる」

「ま、待て。まだ、完全に火は消えてないんだぞ」

「大丈夫よ。任せて。あたし、これでも魔法使いだから」

 そういうと、まだ、火が燻っているお店の中に入っていく。

オレが止めるのも聞かずに、壊れた扉に向かって走っていく。

「ちょっと待て。これを被って行け」

 オレは、自分が来ているブレザーの上着を脱ぐと、あいつの頭にかけて

やった。

「ありがと」

「気をつけろよ」

 オレは、そういって、中に飛び込んで行くあいつを見送った。

遠くの方から、消防車のサイレンの音が聞こえてきた。

回りの大人たちは、消火器を持って店の中にかけたりしている。

両隣のお店には、火は飛び移っていない。見物人や通りかかった人たちで、

商店街は、すごい人が集まってきた。

 そんな時、あいつが、おばあさんを抱えて店の中から出てきた。

「大丈夫よ。ビックリして、気を失っているだけみたい」

 オレは、おばあさんを抱き起こすと、肩を揺さぶってみた。

すると、目がうっすら開けて、オレと目が合った。

怪我はしているかもしれないけど、命に別状はないみたいだった。

 そんな時、消防車と救急車がやってきて、救急隊員が担架を持ってくるのが

見えた。もう、大丈夫だろう。それより、ここから逃げることを考えた。

「マコ、逃げるぞ」

 オレは、そういって、あいつの手を取ると走って逃げた。

人を掻き分けて、なるべく遠くまで逃げることが最優先だ。

あいつの魔法を見られたかもしれない。だったら、あいつの顔を覚えられては

いけない。オレは、あいつの手を握って、必死に走った。

こんなに全力で走ったことはない。体育の授業でも、足が遅いオレだから

走ったところで、遅いに決まっている。それでもこのときは、必死だった。

 そして、人が少なくなった、児童公園のところでようやく足を止めた。

息が切れた。こんなに走ったのは、初めてかも知れないと思った。

 オレは、両膝に手を置いて、体を折り曲げて、ハァハァと息をする。

顔を上げると、あいつは、ケロッとした顔をしてオレを見ていた。

「だ、大丈夫か? 怪我はないか」

 それだけ言うのがやっとだった。

「うん、大丈夫よ。これ、ありがとね。でも、ちょっと焦げちゃった」

 そういって、オレのブレザーを見せる。袖や襟の部分が少し焦げている。

「バ、バカ、それくらいなんでもないよ」

 オレは、何度も深呼吸して、息を整える。そして、目に付いたベンチに腰を



下ろした。あいつも隣に座った。オレが大きく呼吸をしているのを優しそうな

目で見ていた。

「ありがとな」

 そういうと、あいつは、また、にっこり笑った。

でも、よく見ると、あいつの制服もところどころ煤で汚れていたり、

燃えて破けていた。スカートの裾が焦げているのが見えた。

「制服、焦がしちゃったな」

「これくらい、平気よ。魔法で直せるもん」

 そうなのか、そんなことも出来るのか。さすが、魔法使いだ。

でも、感心している場合ではない。火を消したところを何人かに見られたのは

事実だ。あいつの正体がばれたら、大変なことになる。

 オレは、やっと、落ち着いてきたので、あいつを促して立ち上がった。

「とりあえず、帰ろう」

「そうだね」

 あいつもそういって、立ち上がる。焦がした制服姿で、女子を歩かせる

わけにはいかない。とにかく、今は、早くウチに帰る事が先決だと思った。

 こうして、なんとか人目に触れずにウチに戻れた。そして、あいつは、玄関の前に着くとオレにこういった。

「ちょっと目をつぶっててね」

 そういうと、あいつは、また、右手の人差し指を突き出した。

オレは、あいつのいうとおり、目をしっかり閉じた。

「シャランラァ~」

 あいつの声が聞こえた。

「もう、いいわよ」

 そういうので、ゆっくり目を開けると、焦げて黒くなっていた制服が

すっかり元通りになっていた。

「マジかよ」

「どう、これで、元通りでしょ」

 あいつは、そういって笑った。そして、オレに手を振りながらこういった

のだ。

「それじゃ、またね。このお菓子は、後でいっしょに食べようね」

 こんな時でも、あいつは、明るい。オレにあいつの半分でも、勇気と度胸が

あればあいつのためにがんばれるのに…… オレは、家に入っていくあいつの

背中を見ながらそう思った。

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