第2話 魔法使いの実力。

「ただいま」

 オレは、そういって、中に入ると、キッチンから母さんの声がした。

「どこに行ってたの? ご飯できてるわよ」

 そういわれて、いつもの席に座った。今日の夕食は、ハンバーグだった。

先に、妹のゆきが食べていた。父さんは、まだ、仕事らしかった。

「お兄ちゃん遅いから、先に食べちゃった」

「いいよ」

 オレは、そういって、母さんがよそってくれたご飯を受け取って、

夕食を食べ始めた。

オレは、夕飯を食べながら、あいつは何を食べているのか、ちょっと思った。

今、オレたちが食べているようなメニューなのか、それとも魔女は、違うものを食べているのか明日会ったら、聞いてみようと思った。

 夕食後は、妹とテレビのバラエティーを見ていた。母さんは後片付けを

していると父さんが帰ってきた。

「お帰りなさい」

「遅くなってすまん」

「夕飯は?」

「何も食ってないんだ」

「それじゃ、すぐに用意しますね。ビールでも飲みますか?」

「大丈夫だ。それくらい自分でやるから」

 そういって、部屋に戻って着替えてくると、冷蔵庫からビールを出して

コップに自分で注いだ。

「そういや、明、隣に可愛い子が越してきたそうだけど、仲良くしてやれよ」

「えっ…… それは、その……」

「なんだ、その顔は。意地悪なんかしたら、承知しないからな」

 父さんは、そういって、ビールをうまそうに飲んだ。

「大丈夫よ。だって、マコおねえちゃん、とっても優しいし、すごく美人

なのよ」

「そうか。そんなに可愛いのか」

「うん。だから、お兄ちゃんもきっと好きになるわよ」

「バ、バカなこと言うなよ」

「だって、お兄ちゃんと同じクラスなんでしょ?」

「そうなのか?」

「そうだけど……」

「だったら、優しくしてやらなきゃダメじゃないか。男なんだから、女には

優しくしないと」

 父さんは、そういって、オレの肩を叩いた。オレも、もう高校生だから、

そんなに家族でベタベタするのはちょっと鬱陶しい。

妹のほうは、父さんも母さんのことも大好きなのだ。

思春期の女子は、特に父親のことを煙たがるようだが、ウチの場合は

そうじゃないのだ。

「なんか、今日は、疲れたから、もう寝る。おやすみ」

 オレは、そんなほのぼのチックな家族団欒が、最近はちょっと苦手に

なってきてちょっと早いけど、寝ることにした。二階の部屋まで階段を上がる。

ドアを開けて、まずは、ベッドに倒れこんだ。

「いったい、今日は、何があったんだ……」

 オレは、独り言のように呟くと、パジャマに着替え始めた。

そんな時に、ベッドの横にある小窓を叩く音がした。

ここは二階だから、窓を叩けるわけがない。

しかし、何度か窓を叩く音がする。何事かと思って、窓を開けるとそこに、

あいつがいた。

「おーい、起きてるかぁ……」

 どうやら、あいつの部屋とも向かい合わせらしい。

窓から身を乗り出してオレに向かって手を振っている。

そして、外に向かって指を刺した。どうやら、ベランダに出ろということ

なのだろう。

 オレは、部屋のカーテンを開けて大きめの窓を開けると、ベランダに出た。

すると、あいつもベランダに出ていた。向こうの家とウチの家とは、

作りが似ているようだ。

「今日は、楽しかったわ。明日もよろしくね。それじゃ、おやすみ」

 あいつは、それだけ言うと、家の中に戻っていった。

「おやすみ」

 オレの声を聞かずに部屋のカーテンが閉まった。

オレの頭には、あいつが着ていた、胸にキリンが書かれているピンクの

パジャマ姿が焼きついた。今夜は、なかなか眠れそうになさそうだ。


 翌朝、母さんに起こされた。慌てて着替えて、一階に降りる。

「おはよう」

 オレはそういって、自分の席に着く。すぐに朝食が運ばれた。

父さんと妹は、すでに食べ始めていた。

「お兄ちゃん遅いよ。マコお姉ちゃんが迎えにくるよ」

「えっ、もう、そんな時間か」

 オレは、壁の時計を見ると、もうすぐ登校の時間だ。

「さっさと食べろ。お前が、迎えに行ってやらなきゃダメじゃないか」

 父さんに言われるまでもない。あいつがこられたら、まずい。

オレは、急いでご飯をかっ込んだ。だが、そのときだった。

「おはようございます。明、迎えに来たよ」

 玄関のドアがチャイムと同時開いて、あいつの声がした。

「マコちゃん、おはよう。お兄ちゃん、早くしなさい」

 母さんが玄関まであいつを出迎えに行った。

「すぐ行く」

 オレは、そういって、カバンを持って玄関に向かった。

「迎えに来たわよ」

 あいつは、そういって、ニコニコ笑っている。

「行ってらっしゃい」

 母さんに見送られて、靴を履いて外に行く。

「お兄ちゃん、待ってよ」

 妹が後から付いて来る。ウチの学校は、小学校から高校まで、

同じ敷地なのだ。

校舎は違っても、方向は同じなので、毎朝、オレは妹と登校するのだ。

今日からは、そこに、あいつも加わるわけだ。

「ゆきちゃん、おはよう」

「おはようございます」

 妹とあいつが朝の挨拶を交わす。その後ろから、オレは着いていった。

「マコおねえちゃん、なんか今日は雰囲気が違うわね」

「うん、今日から、ちゃんと制服着てるから」

 よくみれば、あいつの着ている服は、高校指定の女子の制服だった。

昨日の服は、制服じゃなかったからなのだろう。

うちの高校は、男子も女子もブレザーで、学年で違うネクタイをしている

だけだ。オレとあいつは、二年生だから、縁地色のネクタイだ。

 違うのは、男子はズボンだが、女子はスカートなのだ。しかも、微妙に短い。

「どう、制服も似合う?」

 あいつは、振り返ってオレに聞いた。

「まぁ、似合うよ」

 オレは、あいつを見ないで言った。てゆーか、あいつの制服姿は、可愛すぎて男には目の毒だ。これじゃ、学校に行ったら、男子たちが放っておかない気が

する。かなり心配だ。

 そんなオレをよそに、あいつは妹と話に夢中だ。女子は、ホントに

おしゃべりが好きだ。

「それじゃ、あたしは、あっちだから」

「またね」

 妹は中学の校舎に向かって、小走りにかけていった。

あいつは、妹に手を振っている。これからは、二人きりの登校だ。

「ゆきちゃんて、可愛いね。明のことが大好きなのね」

「い、いや、そういうわけじゃないと思うけど……」

 オレは、俯き加減で言った。この年で、妹に懐かれても微妙だ。

「それよりさ、昨日、執事の……」

「カブのこと?」

「そ、そう、執事のカブさん。あの人から、学校でお前のことを監視して

くれって言われて」

「えーっ、また、余計なこと言って。帰ったら、とっちめてやる」

「イヤイヤ、そんなことじゃなくて、お前が学校で魔法を使ったりしないか、

見ててくれって言うこと」

「ふぅ~ん、そんなこと」

「そんなことじゃないだろ。学校で魔法を使ったら、大変なことになるんだぞ」

「わかってるわよ」

 あいつは、笑って言ったけど、果たしてホントにわかっているのか、

すごく不安だ。

次第に生徒たちが集まって、それぞれ朝の挨拶を交わしている。

「おはよう」

「オッス」

「おはようございます」

 男子と女子の声がアチコチで聞こえる。オレもその挨拶を返したりする。

「アラ、神崎さん、制服できたの?」

 後ろから学級委員長に話しかけられた。

「どう、これも似合う?」

「いいんじゃない、とっても可愛いわよ」

「ありがとう」

「明くんもいっしょに登校なんて、隅に置けないわね」

 オレは、不意に話を向けられて、ビクッとした。別に好きでいっしょに

いるわけではない。委員長は、朝から先生と今日の打ち合わせなどで

忙しいので、先に校舎に向かった。

二人きりになると、もう一度、念を押してみた。

「くれぐれも、学校で魔法を使うなよ」

「ハイハイ、明もカブと同じで、口うるさいのね」

「そうじゃなくて……」

 オレが何か言い返しても、あいつの耳には届いていないようだった。

そして、校門を入って、昇降口に行くときだった。

早くも悪い予感が的中した。昇降口の前で、会いたくないやつが仁王立ち

していた。

 三年生で柔道部の先輩とその部員たちだった。

学校でも乱暴で、生徒たちも余り近寄らない、オレのもっとも苦手な

存在だった。その先輩が、いるのである。避けて通るしかない。

 オレは、あいつをうまく誘導して、靴を履き替えようとした。

しかし、あいつは、それにはまったく気付かず、真っ直ぐに先輩に向かって

歩いていく。

すると、運の悪いことに、先輩の方から声をかけてきた。

「おい、ちょっと待て」

 オレは、ビビッて、慌てて挨拶した。

「おはようございます」

 しかし先輩は、オレの挨拶を無視して、あいつの方を見ている。

「お前か、転校生というのは」

「そうだけど。アンタだれ?」

「俺は、柔道部主将だ」

「あっ、そう」

 あいつは、先輩を無視するかのようにして、横を通り過ぎていく。

オレは、慌ててあいつの後を追った。

「ちょっと待てといっただろ」

 言われてオレの足が止まった。なのに、あいつは、止まらずに歩いていく。

「そこの転校生、待てといったのが聞こえないのか」

 そこで初めてあいつが足を止めて振り向いた。

「なんか用ですか?」

「お前、名前は?」

「神崎マコだけど」

「お前、好きな男とかいるのか?」

「いるわよ。それがどうかしたの?」

「な、なに! それは、どこのどいつだ」

「そこにいるでしょ。明よ」

 そういって、オレを見た。同時に、先輩が始めてオレの方を見る。その目は、ものすごく怒っていた。

オレは、目を反らすことしか出来ない。朝から面倒なことになりそうだ。

「おい、お前。名前は?」

「えっ、お、オレ……」

「お前に聞いてんだ」

「え、えっと、諸星明です」

「覚えておく。それで、神崎とかいったな。俺と付き合う気はないか?」

「ないわ。だって、明がいるもの」

 そういうと、あいつは、オレの腕を取って、昇降口に向かってずかずか

歩いていく。

「ちょ、ちょっと待てって」

「なに?」

「まずいって、先輩を怒らせると、まずいんだって」

「なにがまずいのよ?」

「あいつは、この学校の番長みたいなやつだから、なるべく関わらない方が

いいんだって」

「かかわってきたのは、向こうからじゃない。あたし、あーゆー上から目線の

人って、嫌いなの」

 こりゃ、ますますまずいことになった。今日は、平和な一日にならないことを覚悟しなくてはならない。

靴を履き替えて、教室に入ると、早くも男子があいつの周りに集まってきた。

「今日から制服なんだ」

「ブレザーも似合うじゃん。可愛いよ」

 周りを囲まれて口々に褒められて、あいつもまんざらではない様子だ。

「それよりさ、見てたわよ。あの先輩と何をしてたの?」

 女子も男子に混じって、話しを向ける。

「好きな人は、いるのかって聞かれたのよ」

 あいつは、あっさり事の次第を白状した。

「それで、それで」

「なんていったんだよ」

 男子も女子も、あいつの言葉を期待して待っている。

「いるって言ったの」

「だれ、だれ?」

「明よ、明」

「えーっ!」

「うっそぉ……」

「マジですか」

「信じられない」

 クラス中の生徒が同じ反応だった。そして、視線は、すべてオレに

向けられる。

オレは、その視線を感じながらも、無視することに決めた。

しかし、そんなことを許されるわけがない。

「明、マジかよ」

「明くん、ほんとなの?」

 今度は、オレが囲まれた。

「そんなのウソだから。ウソに決まってるだろ」

 オレは、静かに否定した。その声を聞いたあいつがオレの前に来ると、

机に両手をバンと叩いた。

「ちょっと、ウソってなによ。明は、あたしのこと、好きって言ったじゃん」

「えっ、あっ、イヤ、その……」

「昨日だって、空飛ぶほうきに……」

 オレは、慌ててあいつの口を片手で塞ぐと、腕を掴んで廊下に連れ出した。

「ダメだろ、あんなこといっちゃ」

「だって、明が、あたしのこと、嫌いって言うから……」

「そんなこと言ってないだろ」

「だったら、あたしのこと好き?」

「それは、……」

「どっちなの。好きなの嫌いなの?」

「好きだよ。好きだけど、人前で言うことないだろ」

「だって、みんなが言うから……」

「そーゆーことは、人間の世界では、人前では言っちゃダメなんだよ」

「わかったわよ」

「それから、昨日のことは、言うなよ」

「ハイハイ、あたしにしがみ付いて震えていたなんて、言わないわよ」

 そういって、笑って教室に戻っていった。

あいつ、全然わかってない。こりゃ、執事が言われる前に、オレが監視して

ないと大変なことになる。

席に戻ると、唖然としていたクラスの友だちに向かって、こう宣言した。

「あの、さっきの、なんていったっけ?」

「先輩のこと?」

「そう、その人。あたし、あの人嫌いだから。でも、明は大好き。それだけよ」

「おぉぉ……」

 クラス中から声が上がった。

「それはいいけど、あの先輩を振ったら、後が大変だぜ」

「そうよ、目をつけられたら、何をされるかわからないわよ」

「気をつけろよ」

 今度は、あいつがクラス中から心配されている。

「平気よ。なんかされても、あたしは強いもん」

「神崎さんはそうかもしれないけど、明がさ……」

 今度は、全員がオレを見る。

「明くん、男なんだから、ちゃんと神崎さんを守ってあげるのよ」

「それは無理だろ。明は、ケンカとか弱いからな」

 オレの前で、そこまで悪く言うことないだろ。確かに、ケンカは弱いけど……

その時、授業を始まるチャイムがなって、みんな席に着く。

タイミングよく、これ以上、追求されずにすんでホッとした。

 教室のドアが開いて、担任の響子先生が入ってきた。

「起立、礼」

「先生、おはようございます」

「着席」

 委員長の号令で、全員で朝の挨拶をする。

「おはよう」

 響子先生も挨拶をすると、出席を取り始める。

今日の一時間目は、数学なので、そのまま授業に入る。

オレは、数学の教科書とノートを机に広げる。

隣を見ると、あいつも同じように数学の教科書とノートを広げていた。

 制服といい、教科書といい、準備が早いなと感心した。

すると、響子先生は、数学の授業に入る前に、違うことを話し始めた。

「授業に入る前に、先生から話がある」

 何の話かと、オレはもちろん、クラスの全員が緊張した。

「今朝のことだ。三年生が、うちのクラスの転校生に、なんか変なことを

聞いたようだな」

 オレは、正直驚いた。ついさっきのことが、もう先生たちの耳に入っている

ことが信じられなかった。

「この学校は、男女共学だから、生徒同士で仲良くなるのも悪いことではない。

しかし、それを強要するのは、決していいことではない。イヤなことは、

イヤと、ちゃんと断る。もちろん、好意があるなら、相手のことを思いやって、きちんと返事をすること」

 何で、響子先生から、そんなことを言われるのか、不思議だった。

「明、それと、転校生の神崎。何かされたら、すぐに先生に言うこと。

わかったな」

「ハイ、わかりました。明は、あたしが守ります」

「よし、その意気だ」

  そういうと、クラス中にどっと笑いが起きた。

ちょっと待て。何で、オレがあいつに守られるんだ? そこで、笑いを取って

どうする。

「おい、マコ、なにいってんだよ」

「あら、だって、ホントの事じゃない。明は、あの人にケンカ売られて

勝てるの?」

「それは、勝てないけど……」

「心配しなくても大丈夫よ。あたし、こう見えて、強いのよ」

 そういって、胸を張った。確かに、あいつは、強そうだ。オレには勝てないと思った。しかし、そういう問題ではない。あいつは、何もわかってないんだ。

 そして、そのまま授業に入る。オレは、黒板に書かれたものをノートに

書き写す。何気なく、隣を見ると、あいつはちゃんとペンを手で持って、

書いていた。だが、あいつの文字は、ものすごく下手だった。

思わず、笑いそうになった。

「何よ。なに見てんのよ」

 あいつは、オレの視線に気がついて、小さな声で抗議する。

「イヤ、なんでもない」

「どうせ、あたしの字が下手だって言いたいんでしょ。わかってるわよ」

 オレは、あいつの抗議を無視して前を見た。

「だって、人間の字って、難しいんだもん。書いた事ないし……」

「そうなの?」

 思わず聞いてしまった。すると、あいつは、さらに続けた。

「あたしの国じゃ、あんな字は書かないし」

 確かに、きっとあいつの国では、オレが読めないような特殊な文字を

使うんだろうなと想像した。

人間界の文字を必死に書いているあいつも、それなりに努力してるんだなと

思うと笑ってしまった自分に反省する。

「やっぱり、これのが楽だわ」

 そういうと、あいつはペンから指を離した。すると、ペンが勝手に動いて字を書き始めた。実際、自分で書かないほうが、字が読みやすく上手だった。

でも、それはダメだ。魔法を使っちゃダメなんだ。

「おい、やめろって」

「だって、この方が楽だし、読みやすいでしょ」

 あいつは、涼しい顔をしてそう反論した。

「そうだけど、見られたらまずいだろ。せめて、持ってる振りはしろよ」

「ハイハイ」

 あいつは、面倒臭そうに言うと、指でペンを握る。でも、よく見れば、

ペンには触れてない。

ある意味器用だけど、それでいいのか……

一時間目が終わって、ホッとしたのも束の間、ニ時間目の授業は、体育だ。


 体育の授業は、オレにとっては、もっとも苦手な教科だ。

運動が大の苦手のオレにとって、苦痛な時間でもある。

 男子と女子に別れて、それぞれの更衣室で体操着に着替えて、

校庭に集合する。

着替えが終わった生徒たちは、校庭に集まり始める。

 ちなみに、男子は紺の短パン、女子はエンジ色の短パンで、上は白い半袖に

胸に名前が縫い付けられている。

「お待たせ」

 あいつも着替えて校庭に出てくると、オレに声をかける。

思わず、あいつの体操着姿に見惚れてしまう。

 赤くパーマがかかった長い髪を後ろにまとめている。

普段は隠れている耳が見えると、またイメージが変わって見える。

当然のように、男子からは注目の的だが、女子からも人気があるようだ。

「何よ? なんかおかしい」

「イヤ、別に……」

 オレは、そういって、顔を反らした。

「神崎って、髪を上げるとなんか違うよな」

「その方が、イケてるわよ」

「可愛いしね」

 あいつの周りに集まってきたクラスのやつらは、口々に褒めている。

あいつもまんざらでもない顔をしているのが、なんか悔しい。

 体育教師が笛を鳴らして、全員が集合する。

今、気が付いたが、今日の体育は、一番嫌いな陸上だった。

早い話が競争だ。しかも、今日は短距離走だ。

ものすごく憂鬱な気分だ。仮病を使って見学すればよかったと後悔する。

 なのに、あいつは、逆に楽しそうにやる気満々だ。

そんなあいつを見て、現実に引き戻されたオレは、そっと耳打ちした。

「魔法を使うなよ」

「わかってるわよ。だいたい、魔法なんか使わなくても、人間に負けないから

安心して」

 そうなのか。魔法を使わなくても勝てるのか。ドンだけ足が速いんだよ。

それぞれ位置について、号令で五十メートルを走る。

 陸上部に所属しているやつらはもちろん、体育会系の部活に入っている

やつらは走るのが得意だし、足も速い。それは、男子も女子も同じことだ。

逆に、文化部に入っているやつらは、足が遅い。その中でも、オレは、

特に遅い。

 いよいよ順番が回ってきた。六人で走るわけだが、スタートと同時に、

出遅れる。ゴールまでが遠い。必死で、足を動かし、手を振る。

しかし、どんどん引き離されていく。

ダントツのビリで、やっとの思いでゴールした。息が切れて苦しい。

膝に両手をついて、体を曲げて、息をするのがやっとだ。

 オレは、フラフラしながら、その場に座って、息を整える。

次は、女子の番だ。走り始めて少しすると、ようやく息が落ち着いてきた。

見ると、いよいよあいつの番だ。果たして、どんな走りを見せるのか……

 合図とともにスタートする。あいつは、号令のピストルにビックリしたのか、立ち竦んでいる。

「なにやってんだ。早く走るんだ」

 体育の先生に言われて、やっとあいつは走り出した。

スタートで出遅れたので、このままならあいつは負ける。

少しホッとした気持ちで見るとどんどん走るピッチを早めて、あっという間に、前を走る女子たちを追い抜いて見せた。

そして、トップを走る女子をあっさり追い抜き、一位でゴールしたのである。

「マジか……」

 思わず独り言のように呟いた。

「ヤッター! 勝ったぁ……」

 あいつは、ゴールで飛び上がって喜んでいる。

それに引き換え、ストップウォッチを見ている体育の先生は、呆然としていた。

きっと、タイムがよかったんだろう。オレは、軽く考えていた。

 すると、体育の先生が、あいつに近寄って、何か話している。

オレとは離れているので、どんなことを話しているのかまでは聞こえなかった。

 そんな時、足の速い女子の数人が呼ばれて、もう一度走ることになった。

その中にあいつも含まれている。もう一度、走るようだ。  

オレの中で、なんかまずいことが起きそうな予感がする。

 そんなオレの不安とは関係なく、再度、五十メートル走が始まった。

そして、号令とともにスタートする。今度は、ピストルの音にも驚くことは

なかった。だから、あいつのスタートは、とてもよかった。

だが、そのおかげで、あいつの走りがよすぎて、他の女子たちを追い抜く前に、

あっさり、一位でゴールしてしまった。まさに、あっという間の出来事だった。

 オレは、唖然としているクラスのやつらを無視して、急いであいつに

走り寄った。

「マコ、魔法を使うなっていっただろ。やりすぎだぞ」

「使ってないって」

「それじゃ、ホントに……」

「そうよ。言っとくけど、本気も出してないからね。半分も力出してないから」

 あいつは、あっさりそういった。しかも、息ひとつ切らせていない。

やっぱり、あいつは、人間とは違うんだ。オレは、改めてあいつの力を知った。

「先生になんか言われたのか?」

「タイムがよかったらしいわよ。なんか、新記録だって」

 今度は、先生に聞いてみた。

「タイムは、どうだったんですか?」

「見ろ、新記録だ。新記録どころじゃない、もしかしたら、世界レベルだぞ」

 オレは、ストップウォッチを見た。そこには、みたこともない数字が

出ていた。慌ててそれを引っ手繰ると、リセットした。

こんなばかげた数字は、消さなきゃいけない。

 やっと我に帰ったほかの生徒は、あいつの周りに集まって、感心していた。

本気の半分も力を出してなくて、この数字なら、もし、本気を出したら

オリンピックも夢じゃない。金メダルだって軽く取れてしまう。

 こんなことが、世間に知られたら、大変なことになる。

女子高生が、オリンピック級のタイムを出したなんてことになったら大騒ぎだ。

あいつのことだから、きっと調子に乗って、本気を出すに決まってる。

そんなことになったら…… オレは、頭の中がパニックになってきた。

 クラスのみんなにちやほやされながらも、どうにか体育の授業が終わった。


着替えて三時間目の歴史の授業のために、教室に戻った。

隣に座るあいつにそっと話しかけた。

「さっきみたいなこと、もうするなよ」

「ごめん。だって、勝手に足が動いちゃったんだもん」

 そういって、あいつは、笑いながら謝った。でも、ちっとも悪びれていない。

「それより、明って、足が遅いのね」

「悪かったな。オレは、走るのが苦手なんだよ」

「あたしが鍛えてあげようか?」

「余計なお世話」

 そこは、きっぱりと断った。

授業が終わって、やっと昼休みだ。オレは、机をくっつけて、いつものやつらと弁当を食べ始める。あいつは、あいつで、女子たちと弁当を食べるようだ。

果たして、あいつの弁当は、どんなのだろうか? 召し使いが作る弁当の中身は、

きっと豪華なんだろうなと思って、チラッと覗いてみた。

 またしても、ピンク色の袋に包まれた、女子らしい小さ目の弁当箱が現れた。

蓋を開けると、何のことはない、いたって普通の女子らしい弁当だった。

 なんとなく、ホッとしたような、期待を裏切られたような気がした。

そんなオレの視線を感じ取ったあいつは、立ち上がるとオレの横に立った。

「ふぅ~ん、男の子のお弁当って、そういうの食べるのね」

 なんか、感心したようにオレたちの弁当の中を覗きながらいった。

「な、なんだよ……」

「人間の食べるものが、少しわかったわ」

 あいつは、オレにだけそっと呟いて自分の席に戻った。

そんなときだった。いきなり教室の後ろのドアが勢いよく開いた。

「ちょっと失礼するわよ」

 そういって、人の教室にずかずか入ってきたのは、三年生の女子たちだった。

「このクラスにいる、転校生の女子ってだれ?」

 いきなり上から目線な命令口調だった。早くも嫌な予感がする。

不幸なのは、一番後ろのドアに近い机で、弁当を食べていた男子生徒だった。

そいつは、あいつを指差した。このクラスで転校生といえば、あいつだけだ。

 そして、三年生の女子たちは、あいつの周りを取り囲むと腰に手を当てて

仁王立ちの姿勢を崩さず、命令口調で言った。

「あなた、名前は?」

「神崎マコです」

「それじゃ、神崎さん。あなた、陸上部に入らない?」

 オレは、思わずお茶を噴出しそうになった。何を言うかと思えば、それか……

「あなた、何かクラブに入っているの?」

「えーと、創作…… なんだっけ」

 そういうと、困った顔をして、オレの方をチラチラ見る。

いくらなんでも無視できないので、ノートに『創作同好会』と急いで

走り書きしてそれをみせた。

「あっ、そうそう、創作同好会です」

 あいつは、オレのカンペを見て、はっきりいった。

「ハァ? 創作同好会だって? なにそれ、部活以下じゃない」

「しかも、文化部って、信じられないわ」

 いくら三年生でも、女子が数人で、二年生のクラスにいきなり入ってきて

転校生を脅すってのは、絶対に許せない。だからといって、抗議する勇気と

度胸はない。

「あなた、陸上部に入らない?」

「えっ? 陸上部……」

「そうよ、創作何とかなんて辞めて、陸上部に入らない?」

 あいつは、さらに困った顔をして、オレに助けを求めるように見ている。

この学校では、校則で部活をかけ持ちするのは、ダメなのだ。

例え、同好会といえども、陸上部との掛け持ちは出来ない。

オレは、大きく両手でXを作って見せた。

「ダメだって」

「なんでよ? あなたの足の速さは、聞いたわよ。陸上部に入るべきよ」

「そうよ。あなたの足なら、インターハイで優勝も夢じゃないわ」

「文化部なんて、もったいないわよ」

 先輩たちは、あいつを説得し始めた。

あいつは、あいつなりに、創作同好会に義理があるのか、返事に困っている。

助け舟を出してやりたいところだが、三年生には逆らえない。

オレは、心の中で手を合わせた。それなのに、あいつには、それが

届かなかった。

「明、何とか言ってよ」

 思いっきり、オレの名前を言ってしまった。

次の瞬間、先輩たちの視線がオレに集まる。そして、オレを取り囲んだ。

まだ、弁当の途中なのに、箸が止まっている。いっしょに食べていたやつらも、こそこそと机を離してオレから遠ざかっていく。友だちを見捨てるつもりか……

「ちょっと、あなたは、神崎さんの何?」

「えっ、あっ、イヤ、別に……」

「別にじゃないでしょ。それなら、何で、あの子があなたに聞くの?」

 そんなこと聞かれても、答えようがない。

「あなた、なんなの?」

「なんでもないです」

「だったら、黙っててくれる」

 先輩にそういわれると、オレも黙るしかない。しかし、あいつを見捨てる

わけにはいかない。

「あの、マコ…… じゃなくて、神崎さんは、創作同好会に入っているから、

陸上部には入れないと思います」

 オレの声は、先輩たちに届いてるかわからないが、一応いってみた。

「だから、そっちは辞めればいいでしょ」

「イヤ、でも、退部って言うのは……」

「悪いけど、口出ししないでくれる。私たちは、神崎さんと話しているの」

「ねぇ、どうかな。陸上部に入ってくれないかな?」

 問い詰められたあいつは、持っていた箸を置くと彼女たちを見上げていった。

「すみません。陸上部には、入りません。走るのは好きだけど、優勝とか

興味ないので」

 オレより男らしいじゃないか。自分の意見をはっきり言えるあいつが頼もしく見えた。

「どうして? あなたは陸上部に入るべきよ。いっしょにがんばりましょう」

「ごめんなさい。それは出来ません」

 そこまではっきり断られると、先輩たちもクラスの生徒たちの目もあるので、強要できない。

「わかったわ。返事は今すぐじゃなくてもいいから、少し考えてくれる」

「ハイ。でも、きっと、あたしの気持ちは変わらないと思います」

 そういうと、先輩たちも帰っていくしかないので、教室を出て行った。

教室中の張り詰めた緊張の糸が切れた。オレもそうだが、そこにいた生徒全員がホッとした雰囲気になる。

 それなのにあいつは、まったく緊張感がなく、箸を持って弁当を

食べ始めている。度胸のよさは、男よりすごいと感心した。

オレは、男として、あいつを守れなかったという自責の念から、あいつに

話しかけた。

「ごめんな」

「別に、明が謝ることはないわよ。あたし、あーゆー態度嫌いなの」

 すると、いっしょに弁当を食べていた、委員長が突然立ち上がると

あいつの肩を両手でガシッと掴むと、こういった。

「偉い! 偉いわよ、神崎さん。イヤなことは、イヤ。はっきり言うなんて、

あなたは偉いわ」

「そ、そうですか」

「そうよ。あたし、あの先輩たちの言い方、大っ嫌い。もし、なんか意地悪されたら、あたしにいってね」

 そういうと、強引にあいつの左手を持って両手で握手をしている。

女同士のそういう気持ちが、男のオレには、よくわからない。

でも、あいつは、もっとわからないだろう。

何しろ、魔法使いで人間じゃないから……

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