第26話

団地に続く坂道を、眺めていた夕貴は、視線を海側に向ける。

プロンパンガスのタンク置き場がある角を曲がり、軽自動車一台分の道幅、周りを見渡しながら、足を進める。南海本線、踏切を渡ると、舗装されていない凸凹道。整備されていないテニスコートがある家の脇の道を、ゆったりとした歩幅で、足を進める。目の前には、十年前にはなかった新しい住宅が、数件立ち並んでいる。その住宅を左に見て、足を進めると、二メートルはある津波防止用の堤防が見えてくる。思わず、駈け出してしまう夕貴。あまりにも、目の前に映る風景が、幼き記憶のままであった。

(もしかして…)そんな言葉が、頭に浮かぶ。あの堤防の向こう側に、海があるのではないかと思ってしまう。

(電車の車窓から見た景色は、見違いかも…)

そんな言葉を続けた。堤防の前に立ち、瞳を閉じて、耳を澄ませる。波音も、潮風も感じない。

「そんなわけないっか。」

幼い時は、とても高く思えた堤防を前に、そんな言葉を呟く。堤防にかかる梯子を見つけ、上ってみると、今の現実が瞳に映る。

見事に、海が無くなっていた。十年前、眺めていた海が、無くなっていた。数百メートル先まで、埋め立てられている空き地。その先には、車が走っている。【樽井の浜】は、消えて無くなっていた。夕貴は、しばらく、ボーとしてしまう。十年と云う年月が、一番の思い出の場所を、無くしてしまっていた。

【夕貴ちゃんの二十歳の誕生日、この場所で、逢おう!】

十年前の今日、この(樽井の浜)で、ある男の子が言った言葉。あの時の状況が、鮮明に、頭に浮かんでくる。木村耕貴、耕ちゃんが、夕貴に言ってくれた言葉。この樽井の浜で、交わした言葉。今、この場に来てみて、あの時の感情が込み上げてくる。

夕貴は、堤防の上に座りこみ、埋め立てられた浜を眺めていた。

「耕ちゃん、来てくれるかなぁ。」

初めて、不安を感じる。ここに来るまでは、絶対に来てくれるものだと思っていた。目の前の変わってしまった風景を目にして、十年の年月の重さを感じてしまう。よくよく考えてみれば、小学四年の時の約束。覚えていなくても、責められない事。あの頃の想いを胸に、耕貴を待つ事しか、今は出来ないのである。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る