第22話
―横浜―
三月十八日、午後八時頃。耕貴と香の姿が、桜木町の【みなとみらい】に見える。夕食を終えた二人は、みなとみらいの街を、ブラブラと歩いていた。
耕貴は、清と飲んだ数日後、思い切って、自分から、香を誘ってみた。理由は、清の言葉(けじめをつけてやれ!)だった。悩んだ。一人で考えてみた。清に、返す言葉が見つからない。だから、香に会ってみる事にした。真剣に向き合って、会話をしてみて、それから、見つかるものがあるんじゃないかと、思ったからである。
「さっきのイタリアンの店、おいしかったね。気にいちゃった。また、来ようね。」
そんな言葉を発して、楽しそうに笑みを浮かべる香。
「ほんまやな。そうしようや。」
多少のワインも入り、気分良く、デートを楽しんでいる。笑顔の香に対して、何の違和感もなくなっている。
「本当に、うれしかったなぁ。耕貴君から、電話、もらった時!正直、自分の耳疑ったもん。まさか、デートに誘ってくれるなんて、思ってなかったから…」
香の舌も、滑らかになっている。(みなとみらい)の夜景と、まだ冷たい潮風が、二人の間を近づける。
「…で、どうして、私を誘ったの。」
「別に、訳なんて、あらへんよ。あの夜、あの夜、あんな感じやったやろ。合い鍵持ってんのに、姿もあらわせんから、自分から誘ってみた。」
口が裂けても、清に、背中を押されたと云う事は言えない。
香が、笑みを浮かべる。
「本当に…嬉しい。私って、突っ走るとこあるから、耕貴君に、嫌われていると思ちゃった。でも、耕貴君が、そう思ってくれていたんなら、行けば良かった。失敗した。」
ほのかに、紅色に染める頬。あどけない表情を浮かべる。
「あん時、バイトで、疲れてて、気がたってやな、堪忍な。」
「そんな事ないよ。私も、もうちょっと気を使えば…こっちこそ、ごめんなさい。」
人工で造られた、おしゃれな海岸道。お互いに、頭を下げ合っている。周りの歩行者からすれば、大迷惑な形になっている。周りの状況が、どうであれ、こんな香と云う女性に、好意を抱き始めている耕貴がいた。今までの女性とは違う、何かを感じ始めていた。
二人は、そんな事もあり、しばらく、街をブラついた。海岸道の途中途中で、ベンチが置かれている。数組のカップルが、それぞれ、二人の時間を楽しんでいる。
「耕貴君、手を繋いでもいいよね。」
周りのカップルに当てられたのか、そんな言葉を口にして、耕貴の腕に絡みつく様に、手を繋ぐ。普段の耕貴であれば、何ともない行為。ちょっと、ドキッとときめいてしまう。
「香ちゃん、座らへんか。」
高鳴る鼓動を、落ちつけたいのか、空いているベンチを見つけ、香とベンチを座る事にした。
香を隣に、座ったまま、じっくりと、【みなとみらい】の夜景を見ていると、ここに人が集まってくる理由が、わかる様な気がしてくる。ここは、恋人同士が楽しむ街である。普段、横浜駅周辺か、伊勢崎町の裏通りで、飲んでいる耕貴には、気づかなかった事。二年前、初めて、横浜に来た時の様に、ビルを見上げてしまう。
「あっ、耕貴君、明日、バイト、あるんじゃないの。」
耕貴に気を使ったのか、そんな言葉を口に出す。
「大丈夫。休み、取っているから…」
「…」
「香ちゃんとのデートやし、香ちゃんさえよければ、明日も一緒に居たいと思って…」
香には、込み上げるものがあった。耕貴から、こんな優しい言葉を掛けられるとは、思っていなかった。明らかに、数日前とは違う耕貴に、驚きもあった。香は、込み上げてくるものを堪えて、今の幸せを噛み締めていた。放れていた手が、耕貴の腕に絡みつき、自分の身体を、耕貴に預ける。
「香ちゃん、とりあえず、酔い覚ましに、関内まで歩いて、飲みに行こうか。」
「うん、でも、もうちょっと、こうしていたい。いいでしょ。」
耕貴の腕に、軽く力が伝わってきた。香は、今の時間を、ゆったりと味わっていたい。自分が、想いを寄せている人が、隣にいる事。優しい言葉を掛けてくれるこの空間を、大事にしたい。素直に、そんな香の言う通りに、してやりたいと思う耕貴がいた。
<ああ、そうやな>そんな言葉を口にして、しばらく、ベンチに座っていた。頬に冷たい潮風が当たる。しかし、二人の身体が重なり合う部分だけ、ポッカポッカと温かみがあった。
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