第16話
―横浜―
<耕貴よ>カウンター席に、結構、長い時間、居座っている二人。バーボンも、結構な量を飲んでいた。どうでもいい、たわいのない話しをしていた中で、清が、こんな話を振ってきた。
「お前、香ちゃんの事、どうするんだ。」
<なんやねん、急に…>突然の話題変更に、言葉を詰まらせる。
「さっきも、言ったけど、あの子、本気だぞ。」
ゆっくりと、丁寧な口調で、問いかけていた。
「ええやん、お前には関係あらへん。なんで、そんな事、気にするねん。」
「俺なぁ、香ちゃんに、お前の事を相談されていたんだよ。正直、お前の事は諦めろって、言い続けていた。耕貴って男は、女性に対して、恋愛感情を持たない男だって、説得したんだけど…」
<…>そんな清の言葉を、否定できない。高校時代、何人かの女性と付き合いはしたが、全て、短期間で終わっている。多分、自分が悪いのであろう。大学に入ってからは、付き合った女性はいない。申し訳ないが、一夜限りの関係が続いていた。
「耕貴、お前には悪いけど、香ちゃんは、お前にはもったいない。お前が、今までの女性と同じ扱いをすると思ったら、なんか、許せないんだよ。それだけ、いい子なんよ。悪いと思ったけど、諦めさせようと、お前の女性遍歴も喋ったのよ。」
<そんな事まで、言うか>思わず、清の言葉に、ムッときてしまう。そして、清の気持ちに、少し、気づき始める。
「それだけ、いい子なんだよ。わかっているだろうが…」
軽く、睨みつけられる耕貴。香に対する清の想いが伝わってくるのと同時に、偶然、街で出会い、そのまま、一週間、耕貴の部屋に居ついた事を、清は知っていると、悟った。
「あの後、香ちゃんから、何も連絡ないだろ。あの子、悩んでいるんだぜ。これ以上、お前に、踏み込んでいいものなのか、自分の事を重たく感じているんじゃないのか、真っすぐ、お前の事を見つめているんだよ。」
<そんな事、言われてもやなぁ>正直、困惑してしまう。さらに、清の視線が鋭くなるのを感じる。
「じゃあ、なんで、鍵を渡したんだよ。思わせぶりな事をしといて、そんな事言われてもじゃないだろ。」
力が入った言葉が返ってくる。そして、香に、合い鍵を渡した夜の事を思い出してみる。【何をやっているんやろ、俺】【俺って、なんやねん】そんな言葉を、頭の中で連呼している。気にも止めていない女性、成り行きで、合い鍵を渡してしまった事を、嫌しめた自分自身。清に、こんな事を、言われても仕方がない。
「俺が、言いたいのは、あの子には、付き合うにしても、フルしても、ケジメをつけてやれって事だ。何も連絡をせず、離れていくのを待つような事はするなって事だ。香は、今までの女とは、違うんだ。それだけ、お前に言いたかったんだ。」
そんな言葉を発した後、清は、耕貴の煙草に手を伸ばす。自然の流れで、煙草を咥えた清に、百円ライターを差し出した。何も、言葉を返さない。
ジッポ!清が、咥えた煙草に火を付けた後、耕貴も煙草を咥えた。今日、飲みに誘った理由が、ここにあった事に気付く耕貴。二人が吹かす煙草の煙が、天井に向かって上がっていく。
清の気持ちを考えると、香の事に対して、簡単に返せる言葉ではなくなる。耕貴の中で、時間をかけて、言葉を組み立てていかなければいけない、そう感じた。カウンターに座る、男二人の夜は、そんな感じで更けていく。重くも感じ、哀しくも感じる。そんな男達の夜が、更けていった。
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