第9話

―たるいのはま―

「あ~、もう、あかん!頭がパンクしそうや。」

「フぅ、私も、もう、考えられない。」

夕貴は、軽く両手を上げ、ギブアップの仕草をする。父親の殺人計画会議を始めてから、一週間の日々が流れていた。学校の放課後、一時間の会議。毎日場所を変えて、あらゆる方向から、二人の意見をぶつけ合う。殺人方法は、電気ショックで、ほぼ確定していた。あとは、夕貴が観察を続ける、父親の行動パターンに基づき、実行の時間帯、他の殺人方法はないかなど、お互いの意見を出していた最中、先に、耕貴の方が、考える事を放棄する言葉を発していた。

「この計画は、無理って事なんか。」

「そんな事ないよ、耕ちゃん。いい所までは、いってんねん。」

再度、考え込もうとする夕貴を目にして、思わず、夕貴の腕を掴んでしまう。耕貴の方は、もう限界であった。

「夕貴ちゃん、今日は、やめとこ。それよりも、久し振りに、樽井の浜、いかへんか。僕は、もう限界や。」

もう、何も考えたくなくなっていた耕貴。早く、この場から、緊迫した空気から、逃げ去りたかった。

「えぇ、寒いよ。」

「えぇやん、熱くなっている頭を、冷ましに行こうや。」

そんな言葉を口にすると、一人、その場を立ち上がり、正門に向かって、足を進める。夕貴は、そんな耕貴の後追う事しか、選択肢が無くなっていた。小学校から、子供の足で、十分足らずの道程を、トボトボ歩いていく。一月の夕刻間近の空。陽が傾きかけた空の下。赤黒のランドセルが、海に向かって、並んで歩いていた。


堤防の上に、二人並んで座っている。目の前には、夕刻前の少し赤みかかった空と、水平線が広がる海が見えている。

「今日は、そんなに寒くないね。」

夕貴は、そんな言葉を口にしながら、手の平を擦り合わせていた。そんな夕貴の姿を見て、ランドセルの脇に吊るしてある体操袋に手をやると、白い体操着を取りだした。

「こんなんしか、ないけど…」

耕貴は、そんな言葉を発しながら、白い体操着を、夕貴の膝の上に掛けてやる。

「あ、ありがとっ。」

掛けてくれた体操着を、太ももの上から巻くようにして、太ももと堤防の間に手の平を挟む夕貴。背筋を伸ばし、海の方へ、体重を傾ける。

「耕ちゃん、覚えている。まだ、幼稚園の頃、よく、ここに遊びに来たね。」

<覚えてるよ>耕貴は、そんな夕貴の問いかけに、幼き二人の姿を思い出していた。

春の潮干狩りに、夏の海水浴。秋の散歩…楽しい思い出の中に、必ず、顔が浮かんでくる大人の姿を見つけた。俯き、何やら、複雑な気分になる耕貴。

「夕貴ちゃん、ここに来る時は、必ず、おじさんにおったな。」

思わず、そんな言葉を発していた。記憶の中にある事を、ゆったりと、噛み締める様に口にしていた。

「休みの日、僕が一人で、公園で遊んでいると、夕貴ちゃんを連れたおじさんが、(浜に行くぞ!)って、誘ってくれた。僕は、飛び跳ねる様に、夕貴ちゃんと手を繋いで、浜に向かう。その時、僕と夕貴ちゃんの後ろには、いつも、おじさんがいてくれた。」

「そう、潮干狩りに海水浴。(散歩に行くぞ!)って、この砂浜で、二人でよく遊んだよね。」

夕貴も、楽しかった日々の事を思い出していた。不思議な気分になってしまう。楽しかった思い出の中には、笑顔の父親の姿がある。なのに、そんな父親を、殺そうとしているのであるから、おかしな話である。

「あの頃は、ホンマに楽しかった。」

しんみりとした言葉を口にする夕貴。目の前には、真っ赤に染まった太陽が、水平線に近づいている。空も、茜色に染まっていく。二人は、夕刻の風景を眺めていた。二人は、どんな事を想い、何を考えているのだろう。どちらからともなく、二人は、手を握っていた。お互いの気持ちを確かめる様に、強く、強く握り合っていた。


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