第5話
―横浜―
“ジィッポ!”百円ライターの石が擦れる音。太陽が高々と昇る、平日の正午前。ワンルームマンションのベッドの脇で、煙草を吹かしている男性の姿。
ウぅーん、フぅ…エアコンからの温かい風が、部屋の中を温めている。青年は、ベッドに寝ている女性に目をやる。大きなケツを丸出しにして、スヤスヤと寝息をたてている裸の女性。
「はぁ…、何やってんやろ、俺。」
二十歳になっていた木村耕貴が、そんな言葉を呟く。目の前に見える大きなケツを、思い切り叩きたくなってくる。別に、裸でベッドに眠る女性が、耕貴の彼女と云うわけではない。顔見知りと云うだけで、恋人と云う関係ではなかった。サークルの飲み会で、何度か顔を合わせていたらしい。
<はぁ…>溜め息もつきたくなってくる。サークルと云っても、在籍しているだけ、名前だけ置いているだけのサークルの飲み会で、盛り上がり、勢いで抱いてしまった女。
<俺は、猿か>好きとか云う感情は、全くない。男の本能だけで、抱いてしまった。思わず、そんな言葉を続けてしまう。
ザワ、ザワ、ザぁ…現実逃避。耕貴は、不意に、目を閉じていた。空耳であるのだが、波の音、生まれ育った田舎の浜、波音が聞こえてくる。横浜と云う街のざわめきが、消えていく。頭の中に、波打ち際の映像が、浮かんでくる。二十歳になった耕貴は、横浜の国立大学に通っている。しばらく、帰省していない、懐かしい【樽井の浜】の事を、思い出していた。
“ガチゃ!”耕貴は、音をたてないように、玄関の扉を閉める。ベッドの女性に気付かれない様に、一夜を過ごした部屋を後にする。忍び足であった耕貴が、しばらくすると、勢い良く、階段を下りていた。
「ここ、どこだ。」
雑居ビルが立ち並ぶ、マンションの入り口。ビルとの隙間からの太陽が眩しく、片手で目を覆ってしまう。昨夜、どうやって、ここに来たのかさえ、覚えていない。辺りをキョロキョロ見渡しながら、広い道路の方へ、足を進める。髪の毛を掻きながら、トボトボと歩いていく。耕貴は、この横浜に来て、もうすぐ、二年の歳月が経とうとしていた。田舎者の耕貴にとって、都会は、【憧れ】と云う言葉が、付き纏う。高校を卒業して、横浜と云う土地に来た時、[希望][期待]と云う言葉が、この胸にあった。新幹線に乗り、【新横浜】の駅のホームに、足を降ろした時の興奮は、髪の毛を掻きながら歩く耕貴には、もう無くなっていた。
『俺、ホンマに、何やってんやろ。』
肩を落としながら、小声で、こんな言葉を呟く。横浜と云う都会のざわめきが、うるさく、耳にこびりついてくる。何か、疲れているのか、耕貴の後ろ身が、悲しく、寂しく映っていた。
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