第44話 最終章 死地のその先10――ジャラールはといえば3
ジャラールは、ウルゲンチからの逃避行の苦難を共にし生き延びるを得た手勢百数十名と共に、アミーンが迎えのために発した千名の兵に守られて、クジューラーンの城に到着した。
正確な位置は不明であるが、ブストとテギナーバードのある地方とは伝わる。両都は共にヘルマンド川中流域にあり、各々現在のラシュカルガーとカンダハールの近くにあったとされる(現在のアフガニスタンの南西部)。
着後、ジャラールは高熱を発し寝込んだ。さしもの猛将も、父スルターン・ムハンマドに付き添ってのずっとの逃避行、そしてその果ての父の死。続いての拠点とすべく赴いたウルゲンチにての己への暗殺計画と更には再びの逃避行。しかもそのほとんどにてモンゴル軍に追われておったのである。
とはいえ精も根も尽き果てたという訳ではなかった。体は動かぬも、心はモンゴルへの復讐をただただ渇望しておった。食事も満足にのどを通らぬ状態でその恩讐を晴らさんとする心持ちのみが、ジャラールの生命をこの世につなぐ糧となった。
アミーンはスルターンに近侍する将に出迎えられた。親しい訳では無かったが、顔は知っておった。
「ティムール・マリク。そなたはホジェンドの城主であったな。スルターンと共におるということは、そうか、かの城も落とされたか」
相手は言葉を返せぬようであり、ただ、その顔に苦い表情を浮かべただけだった。
「ただ、何よりは、スルターンを無事にここまでお連れしたこと。まことに、ご苦労であった」
それを聞き、表情を柔らかくしたティムールに案内されて階段を上り、三階に至った。部屋の外で警護に立つ近習に武器を預けて、その寝所に入る。ティムールは我に遠慮してか、再び階下に下がった。
己が近くの城市の宮殿からこの城に持ち込ませた豪勢な寝台に横たわって、ジャラールは寝息を立てておった。起こさぬよう、その傍らに静かにかしずく。
とはいえそこはさすがにジャラールである。部屋内への侵入者を察したようで、すぐに目覚めた。しかも傍らの剣を探し求める始末である。
「起こしてしまいましたか。アミーン・アル・ムルクです。ようやく辿り着きました」
努めて柔らかい声音で話しかける。
ジャラールはすぐには状況を把握できなかったようで、剣を探し求める手は止まったものの、返事がない。
「アミーン・アル・ムルクです。本来ならば、スルターンのお許しを得てから入室すべきところですが、病床にあり、また眠っておられるともお聞きしましたので、起こしては申し訳ないと考え、とりあえず今回はご尊顔を拝して引き揚げようと想い、お側に寄らせて頂いた次第です」
「おお。アミーン・アル・ムルクか。許すぞ。許す」
と言いつつ、体を起こそうとするジャラールに対し、
「ああ。お休みのままでいらして下さい。私との謁見のために、ご病状を悪化させてはまさに本末転倒。私はすぐに辞去します。そしてスルターンを追って来たモンゴル軍を追い払って来ます。この城の周囲には五千ほどの軍勢を残しておきます。
どうかスルターンにおかれましては御安心して体力を回復なさって下さい。モンゴル軍を討ち、ガズナを新都としてホラズム帝国を再興することこそ、わたくしの大願。ただそれもスルターンの御身あってのこと。どうかお体をいたわって下さい」
そう申し上げた後、一呼吸置きアミーンが辞去の許しを得ようと再び口を開きかけた時、ジャラールの腕が伸ばされた。長き逃避行の果ての病が追い打ちをかけたのか、武将とは想えぬ骨とスジばかりとなっておった。
対して見るからに栄養状態の良い丸々とした己の腕をアミーンは伸ばし、その手を優しく取る。すると想いのほか強い力で握り返された。それは痛いほどであった。
「それではわたくしは自らの務めに戻ります。これで去らして頂きます」
と告げると、ジャラールは何も言わず手の力を緩めたので、アミーンはそれを許しと捉え、立ち上がり、退室した。
アミーン・アル・ムルクは、この後、まさにジャラールを支える
人物紹介
ホラズム側
ジャラール・ウッディーン:前スルターン・ムハンマドの長子。新スルターン。
アミーン・アル・ムルク:テルケン・カトンの弟。ジャラール・ウッディーンにとっては大叔父。カンクリの王族。
人物紹介終了
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