第43話 最終章 死地のその先9――ジャラールはといえば2

 1面の銀世界の中、進む2騎の人はいずれも疲れ切っておった。テギナーバードを発して4日目、途中の宿駅にて馬を替えつつ、早駆けに早駆けを重ねて来た。その携えるは遠くウルゲンチから発された急報であった。


 モンゴル侵攻後もカンクリ勢は主要街道沿いには人馬を残しており、連絡網を保っておった。とはいえ戦える規模ではなく、モンゴル軍が来ればすぐに逃げ、去れば戻った。今回の急報もそれにより運ばれて来たものであった。


 ようやくガズナの宮殿に辿り着いたこの者達が室内の暖かさにもかかわらず体の芯まで冷え切っておったゆえに、容易には去らぬ震えの中で口もうまく回らぬながら、そのもたらした報は衝撃をもたらした。


「スルターンが亡くなったというのか」

「本当なのか」

 騒然となった。


 無論、アミーン・アル・ムルク自身も決して起こりえないと想っておった訳ではなかった。スルターンに対して追討軍が発されたとは聞いておった。しかもその総勢は二万とも三万とも聞こえ、更にはそれを率いるのがモンゴルきっての名うての将であり、うち一人はかのナイマンのグチュルクの征討軍を率いた者であるとも。


 しかし改めてそれを事実として突きつけられると落胆せざるを得ぬ。スルターンが逃げ切って下されば、そう願っておった。さすれば、ここガズナを都とし、ホラズム再興も十分果たし得ると。その望みも今ついえたか。


 ただ同時に伝令は以下の報告ももたらした。スルターンはその死の直前、後継者をジャラール・ウッディーンに変えられました。新スルターンはウルゲンチに至りました。しかし集うカンクリ勢と対立し、逃げるようにしてわずかの手勢を率いてそこを去り、ホラーサーンへ向かったと。


 アミーンはこれに希望を見出した。動揺おさまらぬ家臣達に対し、


「我らがなすべきはホラズム再興。ならばジャラール・ウッディーンをお迎えに参らねばなるまい。そしてここガズナへと無事に至らせようぞ。それをなしえてこそ、ホラズム再興もなろうというもの」


「我らカンクリがいただくは、ウーズラーグ・シャーではないのですか。それでは母后の御意に反しましょうぞ」


「ウルゲンチのカンクリ勢とジャラール・ウッディーンの間には何事かがあったはず。それをしかと確かめることもなく動いて良いものでしょうか」


 口々に反対や疑問が発される。


「そなたらは誤解しておる。我が目指すはあくまでホラズムの再興。ならば先代のスルターンの御遺言にての御指名とあらば、何条もって我らがそれに不服を申そうぞ。

 またジャラール・ウッディーンの勇敢さはつとに知られておるところ。残念ながらウーズラーグ・シャーは軍を率いるにはまだ若く、そして武人として際だったところのあるとは聞こえて来ぬ。

 となれば、モンゴル侵攻の危急の時、亡国の際、そのゆえのこの御指名たるは明らかであろう。ウルゲンチの者達には後で重々説けば良いこと。まずはジャラール・ウッディーンの御身の安全を図ることが差し迫った大事たるは明らか。モンゴル軍がうろついておる現状ではなおさらのこと」




  人物紹介

 ホラズム側

 アミーン・アル・ムルク:ヘラートの城主であったが、トクチャル率いるモンゴル部隊の略奪に恐れをなし、ガズナへ逃走。テルケン・カトンの弟。ジャラール・ウッディーンにとっては大叔父。カンクリの王族。この者は本編の第3部65~66話『バルフのスルターン』に出て来る。

  人物紹介終了


おまけ:ガズナは現在アフガニスタンにあり、ガズニとも呼ばれる。ガズナ朝がここを都としたことで著名。サマルカンドからバルフを経てインドの方に行こうとすると、ここを通る。この街道は軍の遠征路でもあり、また交易路でもあった。

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