第31話 死地6

  人物紹介

 モンゴル側

チャアダイ:チンギスと正妻ボルテの間の第2子

カラチャル:チャアダイ家の家臣。万人隊長。

 人物紹介終了



 同じ日、肝腎要かんじんかなめの南城侵攻部隊はどうしておったかといえば。


 チャアダイ万人隊は既に路地に入って道を空けておった。その譲られた橋前にて、朝まだきの中、一人の万人隊長と九人の千人隊長はいずれもあでやかな軍装に身を包む。指揮官たるカラチャルを右端に、ずらりあるじの前に横列に並んでおる。これから南城突入を決行するに際し、その決意を各々が短く述べておったのだ。


 チャアダイはいつものいかめしき顔をし、隊長たちもそれに劣らぬきびしき表情をしておった。ただし後者の方は、あるじに付き合ってではなく、死ぬかもしれぬとの恐れと不安から来るものであった。今回の強攻が厳しきものになることは、容易に想像がついた。あの方に従っておっては、命がいくつあっても足りぬというのは、チャアダイの将兵のよく口にする不平不満であったが、モンゴルにては主を違えることはジャサクで禁じられており、チンギスの命や許しがなければなしえなかった。


 カラチャルはまず千人隊三隊に南城に入ることを命じた。とはいえ、すわ突撃とはならぬ。ここは全くの敵地であるし、そもそも野戦のようには行かぬ。加えて南城も浸水しておった。ゆえに泥濘でいねいに足を取られつつ、進まざるを得なかった。


 その各千人隊もまずは百人隊を数隊先行させ、敵が待ち伏せておるか否かを見極めつつ進んで行く。どうやら敵は門の近くからは退いておるようで、全く静かであった。しかし敵がこのどこかで待ち構えておることを想わぬ将兵はおらぬ。それは次の角を曲がったところ、あるいは次の路地に入ったところかもしれぬし、あるいは後ほんの一歩踏み出したところかもしれぬ。今、先行しておる百人隊の中で、その恐れに身がすくまぬ者はおらぬと言って良かった。


 この者たちが細い路地にまで入って更には建物に入って、敵がおらぬのを確認しつつ進んだのに対し、千人隊本隊は大通り、それができなければ、できるだけ大きな街路に留まった。当然、進むにしろ退くにしろ、その経路を確保するためであった。これはカラチャルの前もっての指示によるものであった。


 路地には必ずと言って良いほど、小門が設けられており、それを破壊しつつの侵入となった。破壊に苦労するほどのしつらえではないが、あくまでそれは敵がおらねばであった。しかし当然ながらそれはあり得なかった。敵兵は建物や小門に隠れ、矢を射かけて来た。


 先行する百人隊のほとんどは、騎馬を一部の者に預けて後方に待機させ、徒歩にて進んでおった。それゆえ攻撃されれば、同様に建物を利用しつつその背後から矢を射返すことになった。そしてそのために進みがいちじるしく遅くなったので、本隊は全く動かぬとなった。


 そのあおりを受けて、順次進み行く予定であった残りの千人隊七隊は南城にも入れぬまま足止めを食うことになった。


 それに対して、一度挨拶を済ませたはずのチャアダイが再び姿を見せて、


「これ。カラチャル。何をしておる。何ゆえ攻め入らぬ。他の者にやらせても良いのだぞ」


 と癇癪かんしゃくを爆発させた。


 仕方ないとばかりに、カラチャルはきりりと口元を引き結ぶと、


「順番を入れ替える。次は我が隊が南城に入る。他の隊はあらかじめ定めた順番通りに我が隊の後に続け」


 とかたわらに控える自隊の百人隊長たちに声高に言い、また同時に伝令を各千人隊に発した。


 そして「進め」との号令で、カラチャルの部隊は進軍を始めた。


 橋を渡り北門の残骸を抜けて大通りを進むにつれ、周りはモンゴル兵だらけとなった。こんなにごった返しては戦にならぬわとの腹立ちまぎれに、また少なくとも大通り上には敵兵の見えぬこともあり、いっそまっすぐ突き進んで南門から出たらすっきりするかとの想いが頭のすみをかすめたが、それはどうみても余りに危険が大きく愚かしいとカラチャルはその思いつきを打ち捨てた。いずれにしろこの泥濘では突撃もままならぬ。


 それでもモンゴル軍は少しずつではあるが、押し込んで行った。それゆえ少しずつ戦線は広がっておった。時が進むにつれ、自軍がより多くの路地に入り込み、その争奪戦を展開する状況となっておることを、カラチャルも分かっておった。


 これは投入部隊を増やして攻め込んでおるのだから当たり前のことであるといえた。問題は敵が意図的に引き入れを図っておるのかどうかということであった。その疑念は常にカラチャルの頭にあった。しかしそれと同時にこの大通りの退路さえ確保しておけば、これが敵の罠としても、被害は最小限に抑えうると考えておった。

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