第26話 死地1
人物紹介
モンゴル側
ボオルチュ:チンギス筆頭の家臣。万人隊長。アルラト氏族。四駿(馬)の一人。北城本丸攻めの指揮官。
トルン・チェルビ:チンギスの側近。千人隊長。コンゴタン氏族。ウルゲンチ攻めにては、ボオルチュの配下となっている。
人物紹介終了
南城攻め初日のこと。
トルンの隊は既に出発できる準備をなし終えておった。その待っておるはボオルチュ隊の先頭である。計画では夜明けと共に西門より入城して来る手筈となっておった。
やがて到着する。
その携える『本隊も後に続くゆえ、計画通り先導をお願いする』とのボオルチュからの伝言を受けると、トルンは早速自隊を動かした。
百人隊長五人に、各隊は前方・右前方・左前方・右方・左方に広く展開して、敵の待ち伏せがないか探りつつ前進せよと命じ、己は残り五百人隊を率いて後に続いた。
本丸は北城のほぼ中心に位置し、各門からの大通りの交差するところにある。それゆえ本丸と西門の間、その通行をさえぎるところに拠点を
進軍の間中、将兵の毒づきは絶えなかった。騎馬はぬかるみに足を取られ、下馬せねば通過できぬところは多々あり、トルンも含めその将兵も馬も少し進む間に泥だらけとなった。
ぬかるみがひどいところでは、足がはまり立ち往生することになった。兵が手助けせねば足を引き抜けぬ馬も多く、軽率にも馬の後ろから押し、足が抜けたは良いが、そのまま馬に蹴り上げられてケガをする兵も現れた。
一端行軍を止め、声を荒らげてその兵を叱責し、他の将兵に同じ過ちを犯すなと怒鳴った。泥まみれの顔で己を見つめ返す隊の者を見ては、
途中で敵の待ち伏せに遭うこともなく、本丸近くまで至るを得た。ぐるりに展開しておる部隊からも敵との遭遇の報は未だ入っておらなかった。以前はそれほど大規模ではなくとも建物の上や影から矢が射かけられて来るのが常であった。
ただ本丸にこれだけ近付くのは水びたしになって初めてであった。この泥水では逃げ遅れ、兵の犠牲が増えかねぬとして、南城侵攻の日までは下手に近付くなとボオルチュに命じられておったのだ。
敵兵の攻撃がないのも同様に逃げ遅れるのを恐れてということか。ならばこの泥水は敵にとっても予想外のことなのか。いやそうではなかろう。これに嫌気がさして我らが引き返すを待っておるだけであろうと想い直す。
水は多少引いたようだが、却ってぬかるみの度を増しており、騎馬で進むのは一段と困難になったと感じずにはおれなかった。これでは騎馬で戦うのは無理ではないか、馬を城外に出すべきかとも想い、ボオルチュに進言するかとも迷うが。
しかし騎馬で戦ってこそ我らは精強との想いは当然ある。またそのことに強い誇りを抱くトルンでもあり、更にそれが己のみでないことも良く知っておった。
反対する者もおろう。この時になって進言しても、混乱を招くだけであろうとして、頭からその策を追い出した。そもそも自兵に下馬して戦わせるべきか否かさえ、未だ決断しかねておったトルンでもあれば。
本丸から石や矢の届かぬところにて止まり、トルンは手元に残しておった四人の百人隊長に
「
と命じて発した。
先にぐるりに展開しておる各隊に対しては、発する時に既に同様の命を与えておった。ここまではボオルチュと練った作戦に従った動きであり、それを変更する必要もなかった。
トルンは直属の百人隊と共に大通りからそれて南側の路地に入り、後続の部隊に道を開けた。
ボオルチュの各隊が続々と通り過ぎる。トルンはいずれの隊長とも軽く挨拶をするだけであった。そのいずれの顔にも、泥が付いておることはさておいても、疲労といらだちが垣間見えた。そしてそれは将のみではなく兵馬もまた同様であった。
やがて至ったボオルチュとでさえ交わした言葉はわずかであった。互いの心中は察するに余りあり、何よりそれを口にすれば将兵の士気を
ボオルチュ軍の本丸攻囲完了に午前の半日を費やした。全ては泥濘のせいであった。
それからようやくトルンは各百人隊に戻るよう伝令を発し、合流した後に南進し、予定通り北城本丸と橋の間に布陣した。
もしボオルチュの包囲を突破して来た軍があれば、それを迎え撃ち、橋へと接近させぬのが、その与えられた任務であった。この遊撃の任には他に千人隊三隊も当たる。そして本丸の方は総勢八千人隊で囲み、四面に各々二千人隊を振り分ける配置とした。攻囲の指揮はボオルチュが、遊撃の指揮はトルンが執ることとなっておった。
ボオルチュには、他の遊撃隊は本丸の増援に回す可能性もあるが、そなたの部隊は突破して来た敵の迎撃に専念し、決して通すなと命じられておった。
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