第18話 モンゴル軍の動き5

  人物紹介

 モンゴル側

ジョチ:チンギスと正妻ボルテの間の長子。

クナン:ジョチ家筆頭の家臣。ゲニゲス氏族。

ボオルチュ:チンギス筆頭の家臣。アルラト氏族。四駿(馬)の一人。

  人物紹介終わり




 あと一つ仕事が残っておった。ボオルチュはそこを離れると、そのままの足で、供回り一人のみを連れて向かった。


 ジョチの陣に赴くことは気が重かった。先日の提案を改めて断らねばならぬ上に、大きな頼みをせねばならぬのだ。寒さは日一日と緩みだしておるとはいえ、城外には冬枯れの様が広がるばかりで、ボオルチュの心を浮き立たせるはずもなかった。


 今回は、ジョチとクナンがわざわざおもてで出迎えてくれた。それも早く返答を聞きたい、気が変わったのか確かめたい、そのゆえであろうと想い至れば、ありがたく想うどころか、余計に気が重くならざるを得なかった。


 ただボオルチュが重い口を開く前に、ジョチもクナンも察したようであった。そしてそのことゆえにボオルチュは自らが随分と厳めしき表情をしておったことに気付かざるを得なかった。


 クナンの抱擁はいつも通りであったが、ジョチのはおざなりのものであった。歓迎の言葉も無かった。


 そして「何をしに来たのだ」とのジョチの第一声には明らかに険があった。一向にジョチは天幕ゲルの中に案内しようとせず、その場でもう追い返そうとするかの如くであった。礼を欠く一歩手前というべきものであったが、しかしボオルチュは努めて冷静さを保たんとした。


その場にひざまずくと、南城攻めの間、それに加わらぬ負傷兵と軍馬・食料・家畜を保護していただきたいと願い出た。


 しかしこれに対してさえジョチは「チャアダイが守れば良いではないか」と拒んだ。


「それでは南城攻めに兵の不足が生じてしまいます。どうか、そこのところをご配慮願います」と食い下がるも、ジョチは分かったとは言わなかった。


 ただそれを見かねたクナンが、


「ジョチ大ノヤン。さすがにここは断るべきではありませぬ。いずれの旗下におろうと、つまるところはカンの将兵です」


 と諭すように言い、ジョチもようやく折れた。


 ボオルチュは一つ安心した。ただこれで会談を終える訳には行かなかった。


「ジョチ大ノヤン。もう一つお頼みがあります。大ノヤンの下におるフマル・テギンから是非ウルゲンチの守り、特に南城の守りについて話をうかがいたく、会わせてくれませぬか」


「フマル・テギンの願いも我と同じく和平の締結。それは自らの将兵の身を案ずるゆえに他ならぬ。それを拒んでおきながら、攻め滅ぼすために協力を求めるなど、あやつはどこまで想い上がれば気が済むのだ。そんなもの。許す訳がなかろう」


 とジョチは最後は感情の激するままに吐き捨てた。


「南城について新たに知るを得れば、それに照らして攻めを見直したく想ってのお願いです。もし見落としがあれば、我が軍に大きな損害が出るかもしれませぬ。どうか、そこのところをご配慮していただきたく、お頼みします」


 とボオルチュは懇願する。


 自らも一端しゃがみ込み目線をボオルチュに合わせてから、その腕を取って立つようにうながしつつ

「ボオルチュ・ノヤンよ」

 とクナンはあくまで穏やかに呼びかけ、

「ジョチ大ノヤンはそなたの頼みを――本当のところはチャアダイ大ノヤンの頼みかもしれぬと想いつつも――1つはお引き受けになったのです。わたくしは常々ジョチ大ノヤンに寛容たるべきと説いております。しかし2番目の頼みは余りに望み過ぎというものです。本日はお引き取り下さい」


 ボオルチュもあきらめざるを得なかった。全ては寒風の吹きさらしのただ中で行われた。最後まで暖かき天幕ゲルに招き入れられることもなく、それゆえ当然体を温めることのできる乳茶が出されることもなかった。見知らぬ客でさえ預かれるもてなしを拒まれたまま、帰途についた。


 そのまま、再びチャアダイとオゴデイを順に訪ね、ジョチの返答を伝えると共に、翌日の軍議の招集の許可を得た。その道中もボオルチュは作戦のことで頭を悩まし続けざるを得なかった。最善を尽くしたく想うが、それができぬことに忸怩じくじたる想いを抱きつつも。

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