第17話 モンゴル軍の動き4
人物紹介
モンゴル側
チンギス・カン:モンゴル帝国の君主
チャアダイ:チンギスと正妻ボルテの間の第2子
オゴデイ:同上の第3子
ボオルチュ:チンギス筆頭の家臣。アルラト氏族。四駿(馬)の一人。
人物紹介終わり
おのおのが朝食を食べた後に集った、チャアダイの陣の
「城門攻めにおいて、内と外から挟撃されるほどやっかいなことはありません。また一つの門にあまり多くの軍勢を集結させても、却って動きが取れなくなるだけです」
二人並んで積み上げたフェルトに座る前に、対面する形でボオルチュもまた一段低いとはいえ、フェルトの席を与えられておった。
チンギスの
ただボオルチュの説明に対して、チャアダイは耳を傾ける気は全くないようであった。
「分かった。ならば残りの城門の攻めは我が引き受けよう」
さらに続けて
「確かにボオルチュ・ノヤンの言う通り、余りに多勢が攻め入らんとしても無理がある。橋の奪取と南城への攻め入りは兄上の部隊のみで十分であろう」
今度はチャアダイがすぐに応じた。
「なるほど。さすがにボオルチュ・ノヤン。父上の右腕であるは伊達ではないな」
己一人で攻められるを好ましいと、己の好きにできると想ったのだろうか。チャアダイの喜び振りは明らかであった。
オゴデイの提案はボオルチュの予想外のものであった。橋の奪取は二人の共同指揮となるものと想っておったから。
この作戦の花形は第一に南城への侵攻、次に橋――北城と南城の間の運河にかかる橋の奪取であった。この橋を落としてこそ、南城北門からの侵攻が可能となるのであった
オゴデイの性格と二人の間柄から、南城侵攻をチャアダイの部隊に譲るであろうとは想っておったが、橋の奪取まであっさりと譲り渡すとは。
どこまでも人が良い御方だ。カンのお子にお生まれにならなければ、だまされるだけの人になっておったかもしれぬ。ボオルチュは呆れた。
ただこの方が軍略として望ましくはあった。オゴデイならば、城門を無理に押し破ろうとせぬであろう。
「お二人の理解が得られましたので、そのようにお願いします。わたくしの下にある投石隊も、橋と南城北門の攻略に投じようと想います。
チャアダイ大ノヤン。既に指揮下にある投石隊と併せて、存分にご活用下さい。
またオゴデイ大ノヤンにおかれましては、よくご承知のことと想いますが、他の城門から南城へ攻め入る必要はございません。あくまで、敵の部隊の出撃を防ぐことと敵兵力の分散が肝要なところです」と念を押した。
「そなたのところには、投石機は要らぬのか」
と驚き気味にオゴデイが尋ねる。
「要りませぬ。本丸の方はただ出撃を防ぎ得さえすれば、こと足りますので」
と答えてから、
「オゴデイ大ノヤンに南城の他の三門からも投石機で攻撃して頂くのは、そうすれば敵も投石機で反撃せざるを得ぬからです。何より我が軍が全ての門から攻め込もうとしておると思い込ませることができます。さすれば敵はいずれの門にも軍勢を置かねばならず、その分、南城の北門の守りを薄くできます」と再び念押しする。
「突入させる部隊はカラチャルに任せようと想うが、ボオルチュ・ノヤンはどう想われる」
珍しく意見を求めて来たチャアダイに、ボオルチュは驚き、そしてオゴデイもびっくりした顔をしておる。
よほどオゴデイの提案がうれしかったのだろう。
いつもは酒のためにオゴデイの方が赤ら顔であったが、チャアダイの方は常にその内に抱える怒りのためであろう、どす黒く見えた。
今はその上機嫌振りのゆえか、チャアダイの顔の方が血色良く見えるほどであった。
他方チャアダイの目が常に近くにあるゆえに、酒を控えておると聞くオゴデイの顔はどこか生気がなかった。
「あの者ならば申し分ないでしょう」
ただ今回の南城攻めはむしろ突入せぬ他の部隊の働きが成否の命運を握っておること。
それを、果たして二人に分かっていただけたであろうか。不安に想わぬでもないが、あえてそこをくどくどと説いても
この二人の、特にチャアダイの機嫌を損ねては、全てをひっくり返されかねぬ。
重要なのは、そのことに配慮した陣を布くことであり、オゴデイの提案のおかげで少なくともそれはなしえようとボオルチュは見込んだ。
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