第4話 兄弟ゲンカ 1
人物紹介
モンゴル側
チンギス・カン:モンゴル帝国の君主
ジョチ:チンギスと正妻ボルテの間の長子。
チャアダイ:同上の第2子
オゴデイ:同上の第3子
トゥルイ:同上の第4子。
ボオルチュ:チンギス筆頭の家臣。アルラト氏族。四駿(馬)の一人。
人物紹介終わり
世に犬猿の仲というものがある。どうにも顔を会わすだけで、憎悪の感情が湧き上がって、抑えが効かぬという奴である。更に悪いことには、人には口というものがある。動物であれば心の内に留まるよりほかないものも、人はそれに理由をこじつけ、相手を非難する。相手をおとしめ、自らの悪感情を正当化する。そうして非難の応酬を繰り返せば、両者は不倶戴天の敵とさえなりえる。
ジョチにすれば、チャアダイは一人の戦士としても軍の指揮官としても己に劣っており、実際そう公言してはばからぬ。しかしジョチの言い振りはまだましと言えた。
チャアダイが傷つけるのはジョチばかりではない。父チンギスを、何より母ボルテを傷つける言い振りであった。「それを言ってはおしまいですよ、
ことの起こりはジョチの生まれる少し前にまでさかのぼる。メルキトに襲われたチンギス家は散り散りになり、そして逃げ遅れたボルテが略奪されたのであった。歴史家ラシードの伝えるところではオン・カンのとりなしにより、秘史の伝えるところではオン・カンとジャムカと協力して武力で奪還したとなるが、いずれにしろボルテはチンギスの下に戻って来たとき既に子を宿しており、その子がジョチであった。チンギス、メルキト、いずれの子ともはっきりせぬ。そのような微妙な事柄をあえて言いつのるのである。
チンギス本人は、ジョチは己の長子であると常々公言し、それに結論を出しておった。それにもかかわらずである。
そんな二人を争わせぬ何よりの法は、二人を会わせぬことであった。しかしこたびばかりはそうは行かなかった。ジョチ単独の兵力では、ウルゲンチをおとすのに不十分であるは明らかであった。
モンゴルにては、軍を率いるに明確な序列があり、最上位は言うまでもなくチンギス、次に来るのがその一族となる。ウルゲンチ攻めに大軍を送るとすれば、そして自らがそこに赴かぬとすれば、傍らに置くを常とするトゥルイを除いた三人の王子に率いらせることになるはモンゴルの軍制にては当然至極のことであった。
チンギスに不安のなかった訳ではない。ただこの二人もチンギスの前では多少は猫をかぶり、その兄弟ゲンカもまだ抑制の効いたものに留まっておった。チャアダイもさすがに父チンギスの前で、ジョチをメルキトの子種呼ばわりしたのは若かりし時の一度きりであった。その時はボルテもその場におり、チンギスはチャアダイをきつく叱り、「もし再びボルテの前でその言葉を口にすれば、これまで与えたもの全てを奪い、更にはこれから与えるはずであった全てのものを失うことになるぞ」とおどした。
重臣の中で最も信頼する二人のうちの一人ボオルチュを派遣するほどに、己がウルゲンチ攻めを重視しておること、そしてもし争えば、それはボオルチュを通して全て己の耳に入ることにはジョチもチャアダイも想い及ぼう。さすれば、よもや兄弟ゲンカにうつつをぬかすことはあるまい、チンギスはそう考えたのであった。
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