第104話 最終章 2

   人物紹介

  モンゴル側

 チンギス・カン:モンゴル帝国の君主


 ジョチ:チンギスと正妻ボルテの間の長子。現在、ジャンド(現クズロルダ近郊)のあたりに駐屯。


 モンケウル:ジョチ家の家臣。千人隊長。シジウト氏族。現在、ヤンギカント(現カザリンスク近郊)に部隊を率いて駐屯。


 ブジル 百人隊長。タタル氏族

  

  ホラズム側

 ティムール・マリク:元ホジェンド城主。

   人物紹介終わり



(前書き ウルゲンチはグーグルマップでは、『クフナ・ウルゲンチ』で検索できる。実際の遺跡はこの赤線で囲まれたところの西に外れたところにある。そこを拡大するとKyrkmollaとあり、これがウルゲンチの北城の本丸跡である。見つからなければ、Kyrkmollaと入力すれば良い。番外編ウルゲンチ戦では、ここも舞台となるので、お楽しみに!)




 これ以前のこととして、ブジルは既にウルゲンチ近郊に赴いておった。そして送り込んでおる間諜と連絡を取った。この者たちの存在は、モンケウルから聞いており、接触して、都城内の情報を入手し、こちらに報告せよとの命を受けておったのだ。


 ただ、己の狙いはティムール・マリク一人であった。もしあやつがヤンギカントへ出撃すれば、自らは追走しつつ、モンケウル駐留軍による待ち伏せ、更にはそれと連係しての挟撃を図る考えであった。そうではなく、ウルゲンチから他所へ逃走を図るならば、己が先頭切って追撃を試みるつもりであった。


 ブジルは百人隊を分けて都城の各門に配し、それらしき一隊が発したならば、常に5人1組で追わせる体制をつくった。


 ブジル自身は、ウルゲンチ北城――ここはその真ん中を流れる運河により北と南の城に分かれておった――の北門を担当した。ティムールは当然ヤンギカントを取り戻そうとするであろうとにらんでのことであった。


 自隊のための住居や食糧の手配も間諜に頼んだ。元手となる資金としての金貨・銀貨――これもやはりモンケウルから与えられておった――を渡した上でのことである。ことを起こすなと命じられている以上、現地調達などは、無論のこと、問題外であった。


 そして、あるとき、想わぬ情報が入った。ホラズムの王子たちが入城したとの。


 ブジルもスルターン追討のために、ジェベら3人の将が発されたとまでは知っておった。ただ、未だ捕らえたとも、殺したとも聞こえて来ぬ。それも己がカンから遠く離れておるゆえに連絡が至らぬのかと想わぬでもなかったが。いずれにしろ、その子である王子について、この時まで己が聞き及ぶことはなかった。


 ウルゲンチの周りは水路が多く、それを最初に見たブジルは想わず苦虫を噛み潰した如くの顔となり、やはり同様の顔をする自兵と顔を見合わせたものだったが。待つ間に真冬となり、これらは全て凍り付き、ゆえに追うのに邪魔となることはなくなった。


 ここより一層寒さの厳しき故郷では、山羊や羊がはらを大きくしておる時期だなと想いつつ、

 また、すっかりなついたネコに自らの分の干し肉を分け与えるなどして無聊ぶりょうを慰めつつ、

 ――とはいえ、若さゆえのつぶらなその黒い瞳は眼前のものを見てはおらなかったが――ブジルは待った。




 そして王子らの入城の1月余り後のこと。その一人が城を発したとの報が入った。


 確かにある一隊が発し南へ向かったとの連絡は、この直前に南城の南門を見張らせておる間諜からも入っておったが。それによれば大部隊ではなく、ゆえに王子にふさわしいものとは想えなかった。それゆえ、この情報は真偽が危ぶまれたのだが。


 しかし、加えて捨て置けぬ情報がもたらされた。何と、その護衛としてティムール・マリクが付いておるという。ならば、迷う必要は無い。追うの一択である。


 ブジルは、まずはその報告の――王子とティムール・マリクが南へ向かったこと及び己は追撃に入るとの――伝令をヤンギカントのモンケウルに発した。


 それから、急ぎ武装を整えた。鎖帷子くさりかたびらを身につける時、一瞬、ジャンドにて溺死しかけた恐怖が身内みうちに湧いたが、こたびは少なくともその恐れは無いのだと己に言い聞かせ、それを振り払う。頃は夕刻にはまだしばしというときであった。




 夕日に顔の右半を照らされて、ブジルは、こたびこそとの想いの下にあった。


 先に追っておった5人にブジルたちが合流するのに、それほどの時は要しなかった。敵はそれほど馬速を上げておらぬ。恐らく馬が足を痛めるのを嫌ってであろう。


 ブジルが伴うのは、直属の百人隊のみである。


 どうやら、敵は寡勢かぜいではあれ、こちらの2、3倍はいそうであり、ならば、夜に入って宿営しておるところを襲うのが最善と考えられた。しかし、敵は夜になっても休まず走り続けた。


 まるで追って来ておることに気付いた如くであった。気付かれぬために、すぐ後を追わせるのは2騎に留め、残りは距離を開けての追跡であったのだが。


 その可能性があると考えての、後方を警戒しつつの南下であったか? 我らの存在については、そもそも知らぬはずであったが。そこは不明であるも、いかなる理由であれ、気付かれたのは仕方ない。それなら、それを前提に動くほかない。


 城市にて兵を増やして南下されたら、まさに我らの隊のみではいかんともしがたいとなる。そうなれば、この絶好の機会をみすみす取り逃がすことになり、再びあの者を見出すという僥倖に賭けねばならなくなる。


 カンの軍勢は都城や城市を次々と落とし、勝利に近付いておるとはいえ、ここは基本敵地である。その身を隠す場所や兵馬の提供をなそうという者もおれば、その旗下に参じたいと願って集う者もおろう。日を経るほどに、城市を経るほどに、それがなされる可能性は高まる。


 ならば、この夜が最も望ましい。こちらが少数である以上、昼に戦うのであれば、その数がそのまま勝敗に直結しよう。


 宿営中でないとはいえ、夜に襲い得るならば。敵はこちらが追っておると気付いておるとはいえ、襲い来るとまでは、断じかねておるのかもしれぬ。

 

 ブジルは腹を決め、騎馬軍の進みを一端止め、全員替え馬に乗り替えさせた。これから、敵を夜襲すると告げた上でのことであった。

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