第97話 ジョチ部隊のシルダリヤ下流域への展開:ティムール・マリクとブジル6

  人物紹介

 モンゴル側

チンギス・カン:モンゴル帝国の君主


ジョチ:チンギスと正妻ボルテの間の長子。


クナン:ジョチ家筆頭の家臣。ゲニゲス氏族。


モンケウル:ジョチ家の家臣。シジウト氏族。


 ホラズム側

ティムール・マリク:元ホジェンド城主。

  人物紹介終わり




 ところで、ここでオトラルにての軍議を終えた後のジョチ部隊の動きを概観しておくのも悪くあるまい。


 シルダリヤ北岸は優良な遊牧地として知られると共に――それはまさにキプチャク勢の名を冠した平原に表されておる――農耕が難しいというほど北の地にある訳ではないので、シルダリヤやそれに流入する川の近くの地には、大きくはないが城市もまた存在した。


 万人隊2隊という大軍であり、攻囲を受ける城市であれ、その進軍途上にある遊牧勢であれ、対応を迫られ、またその道は限られた。


 城市の中には一端は抵抗するものもあったが、結局はいずれも臣従・降伏という道を採った。


 遊牧勢は率先臣従するか、さもなくば逃げた。ひたすらに平原を西へ西へと。その中には、黒海沿岸やクリミア半島に至った者たちもおった。


 あるいは、ジャンドに駐留しておったカンクリ勢の大物クトルグ・カンと同じ道を採った。即ち旧都ウルゲンチへと。この者は旗下に7千の騎馬の大軍を従えておったが、ジョチの部隊と矛を交えることは避け、決戦に備えんとしたのである。




 ジャンド(現クズロルダ近郊)を過ぎて、シルダリヤをかなり下ると、アラル海にほど近き城市ヤンギカント(現カザリンスク近郊)に出る。ジョチは自隊を率いて、ここまでは至った。


 そこから南下すれば、アムダリヤ沿い――厳密にはそこより水を引く運河沿いの――ウルゲンチに至るのだが。軍議にての父上の命に従い、そこへは向かわぬ。


 ヤンギカントについては城代シャフナを置くに留め、自らはシルダリヤ沿いの残存勢力の征討・臣従に努めた。それが、やはり軍議にて父上が出した条件――己にウルゲンチ攻めの総指揮を委ねるための条件であったゆえに。




 そうしてほぼ征討を終えた後のこと。先に述べたティムール・マリクを捕らえようとして水上戦が試みられたのであった。


 その戦いにての船橋が壊れた後のことを述べるならば、ブジルは幸いにして、敵の矢に射られることもなく、生きながらえておった。


 ただ直属の百人隊のうち、生き残るを得たのは13名と壊滅に近かった。現地徴集の百人隊2隊の方は、半数以上が存命であったので、泳げるか否かが生死を分けたのは明らかであった。




「勝敗はしばし時の運です。ここで敗れたからといって、再起の道を閉ざしてはなりませぬ。重んじるべきは、彼の想いでありましょう。敗軍の将として扱うのではなく、むしろ彼を褒め称え、兵を授けるべきです。そうしてこそ、カンがジョチ大ノヤンに、ここシルダリヤ沿いの征討の指揮を委ねられた御恩に応える道と考えます」

 

 敗軍の責を問う軍議の場にて、クナン翁がそう発言したこともあり、ジョチは、作戦は成功しなかったものの、その奮闘振りは称賛に値するとした。よって、ブジルの軟禁を解き、新たにジョチ直属の兵を分け与え、百人隊を再び率いるを許したのであった。




 ところで、そのヤンギカントの城代シャフナが敵により殺され、また城市も攻略されたとの急報が入る。しかも逃げて来た者によると、それを率いる将はティムール・マリクであるとのこと。


 それを知ったジョチは、復仇に執念を燃やすブジルを、家臣であり千人隊長でもあるモンケウルの下に付けて、発したのであった。




(後書きです  チンギスのオトラルの軍議については、第3部『第7~8話 オトラル戦4~5:チンギス軍議1~2』にあります)

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