第68話 サマルカンド戦1

 二大都城たるブハーラーとサマルカンドを結ぶ街道上にも城市や町村が存在する。その中で抵抗の意思を示したのはわずか二つ、サリ・プルとダブーシヤのみであった。チンギスはそれを囲む一部隊を各々残すのみで、自らは大中軍を率いて、サマルカンドを目指し、その郊外のコク・サラーイに陣を置いた。朝の寒さがわずかではあれ緩み始める頃のことであった。


 ここはサマルカンドの南にあり、北側に比べ水が豊富であったので、大軍勢とそれの数倍の軍馬のための水場の確保の意味もあった。長期戦も覚悟しての駐屯地選びであった。敵国の首都に対する攻略戦を控えてのことならば、当然のことである。


 しかもチンギスの下には、スルターンは先のブハーラーを上回る軍勢をサマルカンドに配したとの報が既に入っておった。ところが当のスルターンがサマルカンドを見捨てたとの報告も入っておった。そのことは、ブハーラーからサマルカンドへの進軍に際し、続々と投降して来る者たち――通過する地の住民もおったがサマルカンドからあえてチンギスの下に至る者もおった――の多くが証言するところであった。


 チンギスは、ありえぬことではないが敵が偽りの情報を流しておる可能性もあるとみて、警戒心を緩めることはなく、また配下の諸将にもそう下知しておった。




 ところで、スルターン本人は実際逃げており、サマルカンドの防衛に当たるホラズム軍であれ住民であれ、それを知らぬ者はおらなかった。


 そしてその次にブハーラー陥落の報がもたらされた。本丸に籠城したわずかの軍勢を除いて、ホラズム政府軍も住民軍も激しく抗戦することもなく、降伏したとのことであった。


 ダメを押したのが、サマルカンドを取り囲んだ余りの軍勢の多さであった。サマルカンドに長く住んでおる老人たちでさえ、これほどの軍勢がここを囲んだことはないと口々に言っておった。ここは攻防激しき地であり、カラ・キタイの軍勢に囲まれることもあれば、ホラズムの軍勢に囲まれることもあったが、しかしこれほどではなかったと。




 チンギスはほとんど兵馬の損失をこうむることなく、ブハーラー攻略に成功しておった。加えてそこから連行してきた捕虜を十人隊に組織し、その各々に一本の旗を持たせるという策を取った。進軍途上の城市にて現地徴集した者たちについても同様であった。


 ゆえにサマルカンドの住民には、ブハーラー攻囲時の十万以上を更に大きく上回る大軍勢が囲んでおる如くに見えたは確かである。




(スルターン本人が良き手本を見せておるのではないか)


(どうして我々が命を捨ててまで、ここを守らねばならぬのか)


(逃げよう)


(逃げるのだ)


 結果として、戦が始まる前に住民軍の一部は逃走した。

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