第66話 バルフのスルターン2

 そしてここに集った者が次々に発言して行く形で、御前会議は進み、そのほとんどがアミーンへの賛同を示した。ただやはりスルターンがうなずくことはなかった。


 中には同じグール勢でガズナを統べるハルプーストの如く、旧都ウルゲンチに赴きになり、そこをこそ拠点とすべきですという意見を述べる者もおった。浅はかと言うしかなかった。それは我らグール勢の本心を吐露するものであったから。『ホラズムはこの地を去れ』との。


 しかしスルターンがその言葉の真意を推し量ることはなかった。誰も発言しなくなるのを待ってから、スルターンは次の如くに告げた。


「皆の者。よくよく準備をして、モンゴルの侵攻に備えよ。城の傷んでおるところを修復し、備えをより固めよ。そしてより長期の攻囲に耐えられるよう、水を確保し、兵糧を蓄えよ。我は更なる軍勢を率いて必ず戻って来る」


 そのスルターンの言葉から会議の終りを知り、再び一歩進み出てひざまずいた。ここまで誰かが問うてくれるであろうと待っておったのだが、誰も問わぬので、自ら尋ねるしかなかった。


「スルターン・アラー・ウッディーンよ。ご存知ならば、是非にも教えて頂きたいことがあります。モンゴル軍のことです。果たしてどれほどの軍勢でしょうか」


「クトゥブ・ウッディーンよ。そのようなことを問うては、グールの将は敵の数が気になって仕方がない、多勢の敵には尻込みする臆病者との悪評を招こうぞ。まさかモンゴルを恐れるあまり、逃げる口実を欲するあまり、そのように問うのではあるまいな」

 そう告げたのは、ムハンマドの傍らにおる王子の一人であった。

「異教の軍勢が如何であれ、それを打ち払うのが、我ら信仰の戦士ガージーの務めのはず」


「それは無論のことです。ジャラール・ウッディーン。ただ備えるにも、まずは敵のことを知ることが肝要かと。何せグールは遠隔の地ゆえ、知りたき情報を手に入れることもままなりませぬ」


「まだ聞くを欲するか。我ら信仰の戦士ガージーの務めたる・・・・・・」


 ジャラールは途中で言葉をさえぎられた。そんなことをなして許される者はここには一人しかおらぬ。


「もう、良い。王子よ。クトゥブ・ウッディーンも怯えて問うておるのではない。そのような人物でないことは我が一番良く知っておる。ゆえにこそ、この者とそこのフサーム・ウッディーンにグールをまとめさせ、その地の守りを託すことにしたのだ。そしてその命を果たさんとするゆえに、問うておるのだ。そうだな。フサインよ」


 とスルターンはあえてその名で呼んで、クトゥブへの親しみを示した。


 ジャラールは苦虫をかみつぶした如くの顔付きになったが、どうやらあきらめたようであった。


「我が直接見た訳ではない。しかしオトラルのイナルチュク・カンからの報告では、15万から20万と言って来ておる。

 逃げて来た者の中には、オトラルを囲む軍勢は数えられぬほどであった、あるいは地を埋め尽くすばかりであったと言う者さえおる。

 いずれが正しいにしろ、この地にかつてなき大軍が侵攻して来たのは確かである」


 スルターンはそこで一呼吸置いた。まるで言葉を続けるのに大変な労力がいるのだという如くに。


「そればかりか、チンギス自身はその本軍を率い、ブハーラーへと至り、そこを攻め立てておると。そして先日、本丸にて最後まで抵抗しておった者たちも遂に降伏したとの報が入ったばかりだ」


 謁見の間に集った諸将はざわついた。しかし何者も有効な策を進言することはできなかった。アミーン・アル・ムルクもジャラール・ウッディーン王子もクトゥブ自身も。




  人物紹介

 ホラズム側

スルターン・ムハンマド:ホラズム帝国の現君主。アラー・ウッディーンとはこの者の称号である。父テキッシュもこの称号を帯び、その死後、引き継いだものである。


ジャラール・ウッディーン:スルターンの長子。ガズナ及びグールの地を分封されている。


アミーン・アル・ムルク:ヘラートの城主。テルケン・カトンの弟。スルターンにとっては叔父。カンクリの王族。


クトゥブ・ウッディーン:グール勢の将。滅んだグール帝国の末裔。この話の視点はこの者である。


ハルプースト:グール勢の将。ガズナの城主。

  人物紹介終了

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