第28話 ブハーラー戦2: 声2

  人物紹介

長老(シャイフ):ブハーラーの商人たちのグループの指導者。


何の身体特徴もなき者:長老に仕える者


副長老、太っちょ、やせぎす:ブハーラーの商人のグループの構成員


唇寒き者:ブハーラーの商人のグループの構成員であったが、オトラルのイナルチュク・カンの下に至る途中で、離脱した。

  人物紹介終了




 北東方面から攻め入るモンゴル軍に対し、ホラズムの第1防衛ラインはシルダリヤ川沿いのオトラルとホジェンドとなる。


 ここを抜ければ、最早第2防衛ラインといったものは存在せず、ホラズムの中心の都城――スルターンの拠点たるサマルカンドとブハーラー及びテルケン・カトンの拠点たるウルゲンチ――が最前線とならざるを得ない。


 スルターンが出撃しての決戦ではなく、各城での籠城戦を選択したことも考え合わせれば、ブハーラーには相応の軍が増派されて、モンゴルに備えたとみて良い。


 それがどれくらいかといえば、ホラズム政府軍は、そもそもの駐留軍1万に援軍2万を増派し、総数3万であった。これを率いるは、スルターンの側近のイフティヤール・ウッディーン・クシュルーとオグル・ハージブであった。


 これに加え住民軍が外城城壁・内城城壁を守っておる。この西域の地にては、政府軍と住民軍は別の統制下にある。


 とはいえ、恐怖を感じずに済む者は、政府軍の内にも住民の内にもおらなかっただろう。何せ、悪夢が現実になる様を自らの目で見ておったはずであるから。まるで地の果てから湧き出た如くの大軍が、城外を埋め尽くしておった。


 オトラルにての分軍後のチンギス大中軍は恐らく十万以上。更に進軍路沿いの諸城市での現地徴集軍も加えておる。実際の攻囲軍がこれを上回ったは確かである。




 ただ、ブハーラーの商人たちの想いは、自ずとそこにある種のいろどりを加えた。とはいえ、美しくも喜ばしくもなかったが。何せ、この者たち自身が、その原因となる行いをなしたからである。




 この者たちのうち、城壁の上から、その様を見た2人。彼らにおいては、その魂が既に知っておったことを、その理性も認めざるを得なかった。そして言葉はようやく声に追いついた。


 〈太っちょ〉いわく、

「我らの行いを知って来たのか。我らに仇を果たさんとして来たのか」


 〈副長老〉いわく、

「我は誤ったのか。我はこのよわいとなって、なお、これほどの過ちをなしたのか」




 自ら、それを見るを望まなかった2人。この者たちにおいて、真理は、声にいまだ留まり、言葉にはなかった。


 〈やせぎす〉

 乾果を奥から持って来てと、子供に頼むその声は、いつにない切迫さを帯びておった。それを敏感に感じたのか、まだ幼い子供は少し涙をにじませて、それでも乾果をたずさえて戻って来た。


 〈長老シャイフ

 城壁上へと、〈何の特徴もなき男〉を見に行かせた。彼が帰って来て、その見たままを報告すると、なぜ、そんな大嘘を報告するのかと、ムチで打った。その声は激しき怒りの言葉を吐き出しつつも、震えておった。




 そして、そのいずれとも異なるこの者――〈唇寒き者〉のみは――かのオトラルのイナルチュク・カンの下へ至る時の言葉を、それほど変える必要がなかった。


「神が我らに罰を与えんとして、この異教の軍勢を差し向けられたのだ」

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る