第26話 カンとの謁見2:ダーニシュマンドの野心3

  人物紹介

  モンゴル側

チンギス・カン:モンゴル帝国の君主


ダーニシュマンド・ハージブ:チンギスの臣。ホラズム出身の文官


トゥルイ:チンギスと正妻ボルテの間の第4子。


ボオルチュ:チンギス筆頭の家臣。アルラト氏族。四駿(馬)の一人。


シギ・クトク:チンギスの寵臣。戦場で拾われ正妻ボルテに育てられた。タタルの王族。

  人物紹介終了




「ところで、ダーニシュマンドよ。ただその者を連れて来た訳ではあるまい。当然のこと、何らかの策を携えて来たのであろう」


 そうチンギスにうながされて、ダーニシュマンドの眼が輝く。チンギスは確かにそこにこの男の警戒すべき野心を認めた。


 更には『あのような男は忠誠心ゆえというより、己の欲望のために仕えるやからです。重用ちょうようは避けるべきです』

 とのボオルチュの諫言かんげんは、チンギスの心にまだ留まっておった。


 ダーニシュマンドの答えは、こうであった。


「わたくし自らテルケン・カトンの下に赴き、モンゴル側に付くように、少なくともスルターンには味方せぬように説得を試みたく存じます」


「許そう」


 とチンギスは即座に認めた。


 ダーニシュマンドが喜びの笑みを浮かべたために、その野心をたたえた目は細められ、チンギスからは見えなくなった。




「ボオルチュよ。反対か」


 ダーニシュマンドが去った後、チンギスは尋ねた。


「使者は命を奪われることもある危険な任務です。またそれを任されることは信頼の証でもあり、ゆえにこそ大きな名誉でもあります。ダーニシュマンドは覚悟を示し、そしてカンの信頼を勝ち得たのです。どうしてわたくしが反対しましょうか」


 ただその言とは裏腹に、チンギスはボオルチュの顔つきにダーニッシュマンドに対する嫌悪と侮蔑を認めた。


(そうであれ、ボオルチュにしても、覚悟ある者は認めるということであろう。確かに、チンギス自身にも、今回の使者の赴きは、先にスルターンの下に赴き殺されたブグラーと同等、もしくはそれ以上に危険とさえ想えた)




 後日のこと、テルケンへの提案の内容は、トゥルイ、ボオルチュ、シギ・クトク、チンギスの間で十分にられて、ボオルチュからダーニシュマンドに伝えられた。


 それは以下の如くであった。

 モンゴルはカンクリの王統に敬意を抱くというところから始まり、

――母后たるテルケンに対しての、その息子スルターンの忘恩の行いをそしり、

――スルターンの軍中から早速こちら側に付いた者も少なくないことを訴え、

――テルケンの支配している地方を侵略する意図は持っておらぬゆえ安心されたしと約束し、

――最後に配下の者を我の下に二人発し、我との盟約に応じるか否かの返答をして欲しい

――との言で締めくくるものであった。




 ダーニシュマンドは、ブハーラーまではチンギスと行を共にし、そこで別れた。自らのお供を三人、そしてテルケンとの謁見に立ち会わせるためにチンギスが連れて行くべく命じた二人のモンゴル人使者を伴って出発した。


 敵国の中を進むには十分とは言えぬ百人隊の護衛付きであった。



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