第15話 オトラル戦12:カンクリ騎馬軍の出撃3

  人物紹介

 ホラズム側

イナルチュク・カン:オトラルの城主。カンクリ勢。


ソクメズ:イナルチュクの側近にして百人隊長。カンクリ勢


トガン:同上


ブーザール:同上


カラチャ・ハース=ハージブ:スルターンにより援軍として派遣されたマムルーク軍万人隊の指揮官。


  人物紹介終了



 こちらの突撃に備えて、敵が剣に持ち替え、構えるのが見えた。しかしトガンは剣を抜かず、三の矢をつがえることを選んだ。それを放ち、剣の間合いに入る寸前に敵を倒した。そのまま一気に敵の防衛線を突破しつつ叫ぶ。


「我に続け」


 音が戻って来た。


 ふるえ出しそうな手をおさえるためにも、手綱たづなをギュッと握る。そして更に先にある投石機の方へと馬を疾駆させる。


 モンゴル兵は、三つに大別できた。

 ――前方にてはばまんと防衛線を張った者たち、

 ――投石機の周りを固める者たち、

 ――そしてその奥に未だ留まっておる者たち。

 


 果たしてどれだけの味方が敵の防衛線を突破したのか。左右を見ると、想像しておったよりずっと多い。八割がたは残っておった。


「我が隊は護衛を討つことに専念せよ」


 改めてそう指示をして、次の如く付け加える。


「アイ・テムル、イシクは十人隊を率いて奥の護衛を追い払え。残りの隊は我とともに投石機を守る兵を討て」


 そしてトガンも自ら十人隊を率いて突撃する。


 そのような意識は無論のこと敵方てきがたにはないのであろうが、のんびりとこちらに向かって来るようにしか見えぬ。先ほど迎撃のために前方に出て来たモンゴル兵はまだましであったと分かる。


 投石機の周りと、奥に留まるモンゴル兵は混乱に陥っておった。それから抜け出すいとまを与えることなく、多数を討ち取った。残りは投石機を捨てて先を争って逃げ始めた。


「追うな。追ってはならぬ」


 トガンは自兵を留める。


 前へ出て来た敵への攻撃を命じておった十人隊五隊が敵を追い散らしつつ、トガンたちのところにまで追いついて来た。


 トガン百人隊はモンゴル本陣と敵投石機の間に横列に展開して、敵の大部隊の到来に備える。討ち漏らした敵兵や逃げ遅れた敵兵が、自陣に帰ろうとするのを惨殺しつつ。


 そうしておる間にも、ブーザールの第二隊は投石機を着実に破壊して行った。斧などの打撃に加え、油の入ったビンを投げつけた後に松明たいまつにて火をつけ、破壊をより徹底的なものにした。


 ソクメズ率いる第三隊は逃げ惑う組立て兵の背を矢で射抜き、剣にかけて多くを殺した。


 敵の援軍が向かって来ておるのを見出すや、トガンはすみやかに第二隊・第三隊には攻撃の中止を命じ、負傷者を連れての撤退を命じた。


 そしてモンゴル騎兵が突進して来るその勢いを少しでもそがんとして、自隊に一斉の遠矢を命じて、その後に始めて撤退に移らせた。


 ただそれに敵兵がひるんだのは、わずかの間のみであった。新手は、先ほどの護衛とは明らかに異なり、凄まじき勢いで再び突進して来た。


「退くぞ。急げ」


 そう叱咤しったしつつトガンは最後尾に付き、遅れがちの味方を急がせた。


 第三隊を率いてソクメズがかたわらに来て、


「良い判断だ。後は無事に戻ることだけを心がけよ。互いに援護に回りつつ、共に退しりぞくぞ」と告げた。


 トガン率いる第一隊は、第三隊と代わる代わるモンゴル側に遠矢を放って接近をはばみつつの退却を試みた。


 危うきところで何とか城門近くに戻るを得た。迫るモンゴル騎兵に対して、トガンたちの頭越しに城壁から矢の雨あられが加えられ始めた。これ以上の城下への接近を危険とみなしたのか、敵はあっさり退却に転じた。




「良くやった」


 喜びの色をたたえてイナルチュクは、トガンたちを迎え入れた。


「うまく敵のきょを突くことができました」


 とトガン。そのほおは赤く火照ほてり、そしてそれが寒さの中を駆けたゆえのみでないことは明らかであった。


「それもそなたらの勇敢さと技量あってのこと」


 とイナルチュクは更にめあげた。

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