第12話 オトラル戦9

  人物紹介

 ホラズム側

イナルチュク・カン:オトラルの城主。カンクリ勢。


投石隊長:オトラル城の投石機部隊の隊長


  人物紹介終了



 投石機は投石の際に壊れぬよう頑丈がんじょうに造られており重い。ただそれゆえ階下には置かず、城壁上に風雨を避ける簡易かんいな格納庫をしつらえ、保管しておった。運び出すのに、それほどの時はかからぬ。


「配備を済ませたものから、組立てておるところをねらい撃て」


 イナルチュクは命を出した。それに対し投石隊長が進言した。


「まずは小さな石を一度に多く投じたいと想います。その方が、石が散らばり、精度があらくとも、それをおぎなうことができます。それに小石は無くなれば、レンガで代用できますが、大石は数に限りがありますゆえ」


 イナルチュクはそれを許した。それから投石隊長をかたわらに、また側近たちも引き連れ、城壁上を移動しつつの指揮に切り替えた。戦況の把握はあくにはそうする必要があった。


 自らの目で見るより確かなものはないこと、また現場に赴くことが兵の士気を高めるのに最も有効であることを、イナルチュクはその経験から知っておった。


 各投石機を任せられた班長の「はなて」との号令の下、兵員が一斉にヒモに全体重をかけて一方の端を勢いよく引き下げれば、

――他端はその何倍もの速さでね上がり、たまは次々と長大なを描いて飛んで行った。ただ狙いは大きく外れるものが多かった。


「どうしても投じつつ狙いを定める必要がありますゆえ」


 との投石隊長の釈明しゃくめいにイナルチュクはただうなずくを以て答えた。


それのみならず、着弾の左右のズレについては投石機を回転させて

――また遠近のズレについては弾の総重量や引っ張る人間の数で調整することもイナルチュクは知っておった。

 投石機戦の経験もあった。


 ただ問題はそこではなかった。敵が投石機を用いるなど全く予想しておらなかった。


(わざわざあれらをその遠き地から運んで来たのか)


 こちらの斥候は騎馬の多さにばかり目を奪われたのだろう。これまで届けられた情報といえば、その莫大さのみであり、そしてそれ自体は自らの目でも確認したのだが。


(どうやら肝腎かんじんなところを見落としたらしい。あるいはバラバラにして運んでおれば、外からは分からなかったのか)


 イナルチュクの目は城外を見ておるが――どうして自らが、その可能性に想い及ばなかったのか――その内なる想念に捉えられてしまっておった。


 徐々に石が近くに落ち始めると、

 ――組立てにたずさわっておった者たちも、

 ――恐らくは護衛の役割を兼ねて配備されておるのだろう周りのモンゴル騎兵も、

 ――あわてふためき逃げ出す様が見て取れた。


 イナルチュクは少しほっとし、ゆえに少し落ち着きを取り戻した。




 数日後モンゴル兵は巨大な盾を携えて戻って来て、それで身を守りつつ組立てを再開した。それを見た投石隊長は大石に切り替えるべく進言し、イナルチュクはそれを許した。


 やはり城壁上を巡回しつつの指揮を執った。何とか当てようとしておるのは分かるが、中中当たらぬ。


「大石の重さにばらつきがあります。更には何十人もの人間で一斉にヒモを引きますゆえ、常に同じ力という訳にも行きませぬ」


 との投石隊長のまたもやの釈明に、ついかっとなった。


「そんなこと分かっておるわ」


 気付いたら、怒鳴っておった。感情を抑えられなかったのだ。この後に決まって後悔することも、また経験から学んでおるはずであったが。

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