第22話 A 謀略4 前編 カクヨム版

(第22話を2話に分割しました。内容は同じです。2022.2.9)


 

(前注は読み飛ばしても良いです。

 前注1 カン:東のモンゴルと西のカンクリでは共にカンの称号を用いるとはいえ、その重みは随分と異なる。モンゴル高原では旗下の諸勢力の推挙が必要であり、皇帝(少なくとも大勢力の主。ナイマンやケレイト)もしくは大軍勢の総大将に限られる。

 実際この後、モンゴル帝国内では、臣従する他勢力の者がカンの称号を用いることは禁じられて行く。

 他方カンクリでは、支配者たちの多くが帯びる称号に過ぎない。


 前注2 オトラル:往時はシルダリヤ川の北岸(東岸)、アリス川との合流地近くにあった。現在はタシケントの北北東およそ180キロ、シルダリヤ川の北岸(東岸)側の少し離れたところにある。)




  人物紹介

 ホラズム側

テルケン・カトン:先代テキッシュの正妻。カンクリの王女。母后とも呼ばれる。


スルターン・ムハンマド:ホラズム帝国の現君主:先代テキッシュとテルケン・カトンの間の子。


イナルチュク・カン:オトラルの城主。カンクリ勢。


オグル・ハージブ:ブハーラーの守将


ブハーラーの商人一行

副長老。〈やせぎす〉。〈太っちょ〉

〈唇薄き者〉:既に途中離脱


 モンゴル側

チンギス・カン:モンゴル帝国の君主


マフムード・ヤラワチ:チンギスの使者。商人出身。ホラズム地方出身

  人物紹介終了



 ところで、ブハーラーからオトラルを目指す商人たちが、どうなったかと言えば。〈唇薄き者〉が去っても、雨が去ることはなかった。周りは一面の泥沼の如くとなり、一日立ち往生した。


 更にその後も降雨の地を抜けるまでは、泥のぬかるむ中を下馬して歩くを強いられた。それゆえ当然ペースも随分と遅くなり、隊商の一日に進む旅程の半分ほども行ければ良い方であった。


 その間〈やせぎす〉の者は、新たにヌールで買った干しブドウが雨でずぶ濡れになっても、文句を言わなかった。そして、食べ尽くした後も、一言も文句を言うことはなかった。この者はこの手の干し果物が切れると、一日十回はそれについて不平不満を言わねば気が済まぬ人物なのだが。先の二人の争いを見ては、そんな場合ではないとなったのだろう。


 現地の者に聞いたところでは、数十年に一度あるかないかのまとまった雨とのことであった。


 四日ほどしてようやく泥土を抜けると、既にザルヌークの近くであった。


 ここに至るまで二人が体調を崩しておった。 雨の中を進んだことと、ぬかるみを歩いたゆえの体力消耗が原因であるは明らかであった。その度に一行は次の宿駅に送り届けるためにペースを落として進まなければならなかった。


 〈唇薄き者〉の言葉を想い出さぬ者は、一行にはおらなかったであろう。ただそれについて何か言う者はおらなかった。


 既に間に合うのか合わぬのか全く分からなくなっておった。といってここまでの旅程で自らの技量を想い知らされておれば――ペースを元に戻すのはためらわれ――おっかなびっくり馬を駆けさせるといった態でオトラルを目指さざるを得なかった。そうでなければ、ただの一人もオトラルに達し得ないとなりかねなかった。





 五月半ば過ぎ、一行はオトラルに至った。結局十一人中八人が脱落した。


 焦る気持ちは当然あったが、このまま赴いては門前払いされかねなかった。商人たちは、まずバザールの服屋に入ると、新品の上下を購入して泥にまみれた服と着替えた。次には店を替え、まっさらの白いターバンを、やはり泥ハネが点々とこびりついたものと替えた。


 そうして身だしなみを整えてから、ようやく本丸城門に至って、城主との謁見を求めた。ところが城主は城兵の訓練のため外に出ておるとのことであり、待つように言われた。


 出て来た城の者に、果たしてモンゴルの隊商はここを通過しましたかと確認した。否との返答を得て、ようやく心を一つ落ち着けるを得た。


「ただ安心するのはまだ早いぞ。イナルチュク・カンの説得という大仕事が残っておれば」


 と装飾に無縁の粗末な一室に案内された後に、副長老はあらためて他の二人に告げ、自らの心もまた引き締めた。









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