第21話 カンの隊商2(アリーとハーリド)

カンの隊商2(アリーとハーリド)


追記 さて、作中に出て来るチョパンという外衣であるが、日本とは縁遠きものと想っていた。そうしたら、先日、ボクシングの世界戦で、試合後、ゴロフキン選手が村田選手に自ら着ていた外衣を贈っていた。それがチョパンだという。見た目にはフードも付いた普通のガウンであった。チョパン独特のこしらえがあるのか? 謎ではある。ちなみに、作中のチョパンはフード無しである。  


  人物紹介

 モンゴル側

マフムード・ヤラワチ:チンギスの使者。商人出身。ホラズム地方出身


オマル・ホージャ:(ホラズムに向かう)チンギス・カンの隊商を率いる隊長


アリー:隊商のラクダ係


ハーリド:隊商でのアリーの少し先輩

  人物紹介終了



 さて、話をサイラームの隊商の方に戻します。よって時も戻ります。

 

 ヤラワチたち使節団を慰労した宴の翌日の朝のこと。隊商の面々は、出発の準備に忙しかった。ハーリドも含め少なからずが二日酔いから来る頭痛と吐き気をのように、アリーには見えた。


 昨日聞いておった通り、隊長が皆に出発を二日延ばすと告げた。


 反対する者が多かった。


「確かに我らは酔うております。しかしオトラルに入るまでには、どのみち数日かかります。その城門に至る頃には、すっかり醒めておりましょう」


 そう最年長に近き者が訴える。


(無理なきことと想う。この地で三ヶ月半近く待たされたのだ)


 アリーはふと想い至る。


(まさか自分が決断する時間を与えるために、二日も待つとしておるのではないかと)


 そこで急ぎ隊長に、隊商に留まりたいと、その願いを再び伝えたが、


「後二日ある。ゆっくり考えよ。急がなくとも良い」


と受け入れてもらえなかった。




 その日の昼のこと。オマル隊長に、ハーリドと共に服屋に連れて行ってもらい、チョパンと白の綿の上下を買ってもらった。


「ようやく祖国に入れるのだ。久しぶりに家族にも会うことになる。多少は身なりを整えんとな。それに実はヤラワチ様に言われたのだよ。あれではこれから暑かろうと」

 

 実際アリーとハーリドのみが、モンゴルを発した時から着ておった革衣かわごろもを、未だ身にまとっておった。


 気温が上がるにつれ、先輩方はサイラームで買ったりまた携えておった服を持ち出したりして、モンゴルのデールかホラズムの白の上下をまとっておった。


 アリーとハーリドはラクダを持っておらねば、自らの持ち物は最小限にせねばならなかった。それゆえ手持ちの衣服はその革衣の他は、さすがに今は暑すぎる毛皮の衣一枚であった。




 次の日、少しハーリドと話した。出立の準備は終わっており、二人ともやることが無かったのだ。


 久しぶりに母に会えると、ハーリドは顔をほころばせておった。父は既に他界しており、年の離れた妹が一人おるとは以前に聞いておった。本気かどうか分からぬが、こうも言っておった。


「俺はモンゴル人の女を妻にしようと想っているんだ。だから嫁の紹介を断っている。母はと紹介するのだが、今回もそうせねばならぬ。俺には俺の計画があるんだと言っても、早く孫の顔を見せろとそればかりで、なかなか理解してくれぬ」


 ハーリドは己と違って美男だから、本当なのだろう。嫁取りに苦労するとは想えなかった。


 己は十人以上紹介してもらって、ようやくであった。ハーリドと妻は同じキシュ(注1)出身であった。いずれ妻に紹介する時もあるだろうから、その時は二人で盛り上がるのかもしれない。


 己では無理であった。アリー自身は妻の実家を訪ねるために、数えるほどしか行ったことがない。キシュをそもそも良く知らないのだ。


 いや妻のことさえ良く知らぬ。一年半前、父の知人に紹介された。珍しく相手が気に入ってくれた。こちらは嫌も応もあろうはずもなかった。それですぐに結婚したのだった。そして一ヶ月一緒に暮らした。それ以来会っておらぬ。妻のバハールの顔が浮かぶ。




 出発の朝、隊長に買ってもらったズボンをはき、腰ひもを締め、上着に袖を通す。


それからチョパンを身にまとう。青と黒の縦縞模様であった。ハーリドは黄と黒の縦縞模様を選んでおった。同じ色使いにしたらどうだと隊長に言われたが、二人はそうしなかった。


 そして愛用のタジク帽をかぶる。モンゴルからずっと毛皮の帽子をかぶっておったが、今の季節はこれが心地よい。これは祖父に買ってもらったもので、ずっと携えて来たのだった。これくらいなら荷物として許されたのだ。


 それからハーリドと共に改めてオマル隊長の下に行き、隊商に加わりたい旨を伝えた。隊長はハーリドにも同じ提案をしており、そのことを服を買った後に知ったのだった。


 その帰り際、言われたのだった。


『二人とも良く考えて、出発の日に返答に来い。それから服のことは気にせずに、決めよ。隊商を離れるなら、餞別せんべつとして与えよう』と。

 

 隊長は一度大きく息を吐いてから、次の如くに告げた。


「お前たちがそう決めたのなら、それに従おう。ただし先日告げたことは必ず守れ」




注1 キシュ 現シャフリサブス。サマルカンドの南南東約65キロにある。肥沃なカシュカダリヤ川でうるおされるのと、アムダリヤ南岸へ至る主要交易路上(サマルカンド→キシュ→ティルミズの渡し→バルフ)にあることにより、イスラーム化される前のソグドの時代に栄えた。


 安史の乱を起こした史思明ししめいの父系の先祖は、この地出身のソグド人と考えられている。この地出身のソグド人は史姓を名乗ったため。

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