10 第2話 謝罪と言い訳 ③
急な貴美の謝罪に、優里は腰を浮かせて慌ててやめるように求める。
貴美が持ち出した話は優里の察するものではあったが、さすがにこの謝罪は突然すぎる。また貴美が謝ったということは優里も貴美に対して謝罪をしなければならないが、まだ優里はその準備が整っていない。
「あの時はだってあれやん。その、なんて言うか、会ったばかりで突然やったし。急に謝られても困るわ」
さすがに近寄ってやめさせるまではしなかったが、なぜそんな話の流れになったか理解していないと伝える気にはなった。
一週間前の貴美も今日の貴美も、どこか優里を置いてけぼりで話を進めていて、すんなりと内容が入ってこない。
「しかし謝らねばならぬのは違いない」
「そうなんやけど、そうやなくて。ざっとまとめて謝って終わりの話やないと思うねん。
私からも謝らなあかん話やと思うねんけど、お互いにすれ違ってるとこを確かめて、『ここは私が悪かった』、『これはあなたが悪かった』ってせなあかんとこなんちゃう?」
落語か一人漫談のように上下に向いて頭を下げる仕草を加えながら違和感を指摘した優里は、「私もなんで貴美ちゃんがあそこにおったんかまだ分からんもん」と付け足した。
あの日――一週間前に優里と貴美が遭遇した日は、自衛隊が接近するのに先駆けて現れた真らに対処するべく智明が飛び出して行き、一人ぼっちになった優里は戦いの様相を肌で感じようと新宮玄関へ向かっていて貴美と遭遇した。
その時の貴美は白い装束に身を包み、敵意とも友好ともつかない微妙な雰囲気だったため、優里も緊張半分で穏やかに接することにした。
そこから貴美の端折った口論が起こったわけだから、順を追って解決したいという優里の訴えはそれほど間違ってはいないはずだ。
「コトに頼まれて来たって言うてたけど、ホンマにそれだけやったん?」
ようやく顔を上げて座り直した貴美が答える。
「それは間違いない。とあるところから依頼を受け、騒動の解決を目指す折り、マコトと知り合って同じ目的を持った。ただ、意気地のない私をマコトが
「そんな約束を……」
「しかしそれは優里殿を含めた三人の結び付きを知らなんだ私にとって、ただ優里殿を連れ出せばよいもののように捉えてしまっていたやもしれぬと、今になって思う。
マコトはそこまで詳しくは教えてくれてはなかったのだ。
優里殿とすれ違い、トモアキに傷を癒やしてもらった後になってようやく三人の結び付きを聞き、ようやく私が優里殿に大変な失礼をしたのだと分かった。
私は、生まれてこの方ずっと諭鶴羽山で修行に勤しみ、友人や友達というものに触れてこなかった。ましてや恋や憧れといった感情も、人の心の内にあるものだと知ってはいても、そこからどのような情動や行動に至るかまでは経験がない。
過日にようやっとそれらを得たばかりで、優里殿と、トモアキと、そしてマコトそれぞれの気持ちや考えを重ね合わせて思い至ったのだ。
私は、優里殿を好いているマコトを拒絶した優里殿に、
「……え! そうなん!?」
シャンと伸びた姿勢で伏し目がちに長い話を締め括った貴美の言葉は優里にとっては意外な言葉だった。
まだ言動も行動もヤンチャな真は中学校に入ってから髪を伸ばし脱色してますます不良ぶった見た目になってきており、年相応に異性への興味を隠さないためか、クラスの女子からはやや一線を引かれている。
それは見た目が陰気な智明も同じなのだが、派手好きで陽気な真と地味ながら優しげで整った顔立ちの智明は、方向性の違いがあれど二人とも容姿は平凡よりやや上程度だろう。
そんな真に好意を寄せる女子も多いが、容姿やスタイルを重視する真が純朴で堅物そうな貴美に好意を抱かせ、嫉妬させるほどの仲になったとは驚きだ。
恋愛と性欲をまぜこぜにしている真が、優里にこだわったことも。
「だから、私に怒ったん?」
「今はそう思う。マコトの気持ちに寄り添おうとしない事がもどかしかったのかも」
口論の原因となった貴美の気持ちは分かった。分かったけれど同時に優里は複雑な心境にならざるを得ない。
以前の会話で、智明も真も優里に対して『初恋に似た恋心がある』とは明かされていたが、智明はそれをはっきりと示して優里をさらってくれた。
対して真は、貴美に託す形で連れ出そうとした。
どちらも優里を手に入れようとして男性的に振る舞った所有欲そのものだが、貴美の心や気持ちが蔑ろにされた好意の示し方はやはり気分の良いものではない。
真の恋心に沿わねばならなかった貴美の内にあるものもまた、貴美から真への好意なのだから、もし優里が貴美の求めに応じて真の元へ向かっていたら、貴美と真はどうなったのだろうと思う。
「貴美ちゃん、それは無茶やわ。いくらなんでもコトが欲張りやし、何より貴美ちゃんの立場がなさすぎるやんか。貴美ちゃんはコトが好きなんやろ?」
「う、うん。恐らく『初恋』と、思う」
優里の不躾な問いにようやっと人間らしく照れた貴美に、優里も親しくなれそうな予兆を見て嬉しくなる。
「やったら話は簡単やんか。私はモアのそばにおりたいし、コトはそばにいてくれる人を欲しがってるんやし、それが貴美ちゃんなんやったら私は何にも心配ないもん」
どこか儚げで頼りない印象を与える貴美だが、シャンと伸びた背筋と堅い言い回しは間違いや過ちに対して厳格そうで、欲望に正直な真との相性は良さそうに思った。
貴美が真の言いなりになるようなことがなければ、この二人は互いの不足するものを補い合えると思える。
「そう、だろうか?」
「きっとそうやで。コトはああ見えて頭はええから、貴美ちゃんのことも分かってくれるよ!」
「そうだと、いいが」
気分の良くなった優里とは対象的に表情を沈ませた貴美に気付かず、優里はニコニコとソファーに正座した貴美を眺めるだけだった。
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