11 第2話 謝罪と言い訳 ④
自衛隊高官らとの会議を終わらせた智明は、迎賓館を出てまたオフィスビル一階へと舞い戻った。
身体のほとんどをナノマシンによって機械化してしまったとはいえ、
他の
そこへ川崎と
「……具合はどうだい?」
「……別に」
「そうか」
防具を外され濃緑色の長袖長ズボン姿の真は、智明の問いかけに答えようとせず、不貞腐れたようにそっぽを向いてテーブルに肘をついた。
どうやら戦闘に負けたことや後回しにされたことを根に持っているらしい。
「……ナノマシンの治癒って時間がかかるもんですか?」
仕方なく傍らにいた田尻と紀夫というWSSのメンバーに問うた。
先の戦闘でも真のサポートをしていたのは記憶にある。
「どうだろうな。怪我が怪我だからな」
「真も無茶したから、ちょっとかかってるのかもしれねーな」
智明は二人の言葉に、なるほど確かにと納得した。
智明と真の殴り合い自体は大きなダメージではないだろうと考えていたが、やはり体内の金属物質を皮膚表層まで浮き出させて固着させたり、その姿のまま数分間を過ごしていた事の方がダメージとして大きいようだ。
そもそも液体窒素の極冷気を浴びたり、智明の生み出した水素爆発の高熱に肌を焼かれたのだから、完治までに数日が必要という見立ての通りとも言える。
それでもナノマシンによって大幅な短縮が期待でき、自然治癒よりも数倍の速さなのだから文句を言ってはいけないだろう。
「話は出来るんだろ?」
「一応はな」
食堂に腰掛けたままの真が視線だけを智明に向けて言ってよこした。
「じゃあ、それでいいよ。真の希望通り、俺と真のわだかまりが無くなればいいんだからな」
煤けたり破れたりしている衣服から水ぶくれや赤く腫れた皮膚を露出させている真を見下すようにし、あえて智明は偉ぶった態度で断じる。
真を含めたWSSは既に智明の下に付くことが決まっているので、最初から立場の違いを示しておくためだ。
が、やはり真にはそんな智明の態度が気に入らないらしい。
「とてもそんな態度に見えないぞ」
「そりゃあそうだろ。俺は何年間も道化や手下をやってきたんだ。それが逆転したんだから、こんな扱いに真が耐えれるかどうかのテストみたいなもんだよ。
考えてもみろよ。真がH・B化した時に俺にどんな態度だったよ? 見せびらかしたりひけらかしたんじゃなかったか?
今の俺にはあの時の真の気持ちは分かるよ。俺もこの力が身についた時、真っ先に真にひけらかしたからな」
やや苦笑気味に告げた智明だったが、その腕は腰に当てられ、右手は真を諭すように何度か宙を翻っていた。
思い起こせば数ヶ月前、中学三年生に上がったばかりの真は夜遊びが講じてWSSの仲間から『どぶろくH・B』を手に入れ、ゲームやアプリや成人限定のエロ画像をたんまりと智明に見せびらかしてきた。
当時の智明は羨ましさこそ本物だったが、その真のひけらかしを嫌味に感じていたし偉ぶっていた態度に反感も抱いていた。
特に二次性徴を迎えていなかった智明には、真が一足先に大人になったのだという出遅れ感も与えられた瞬間だったと言える。
「あれはまた別もんだろ……」
そんな二人の関係を逆転させたのが、智明が身に付けた超常の力で、雨水を手に取り重水素同士の圧縮から核融合反応を起こして水素爆弾様の大爆発を起こし、障壁で守られていながら真を貯水池の堤へと吹き飛ばして蔑ろにした。
智明からすればこの一発で両者の力量差を示したことになったし、立場が入れ替わって心の靄は晴れた瞬間だったと言える。
言ってしまえば、智明的にはあの爆発ですでに真との関係は清算されている。
だが真はこの一件で智明への確執が生まれたのだという。
「じゃなきゃ、俺はHD化したりしなかった」
「そうかなぁ。そんなことはないだろ」
「いいや。お前をどうにかしなきゃって目的があったから、俺はHD化したんだ。
優里も連れ戻さなきゃだったし、目の前で水爆とか見せられたら対策しなきゃってなるだろ。俺がHD化なんかして戦わなきゃならなかったのはお前のせいだ」
反論する真は立ち上がって身振りを加えたかったのか、食堂の椅子に座ったまま肩を揺するようにして声を荒らげた。
どうあっても現状を智明のせいにしたいらしい。
いや、もちろん自衛隊が出張ってきたり独立を主張したりといった世の中の推移はほとんど智明のせいなのだが、真の対抗心とHD化は智明の関与していない事だ。
それは真自身で落とし所を見繕ってもらわなければならないし、自分で決めたことを智明のせいにされても筋違いも甚だしいと感じる。
「それな、お前が戦おうとしなけりゃHD化の必要はなかったってことにならないか?
俺のせいにするなよ。
第一、そんなことに関係なくお前はHD化したろうなと思うしな」
「なんだと!」
今度こそ立ち上がろうとした真だが、まだ思うように体が動かないのか、バランスを崩したところを田尻と紀夫に捕まえられて椅子に座り直させられた。
「大人になれよ。お前のことだから、本田さんにHDの事を教えられたから迷いなく受け入れたんだろ? それ、俺のこと関係なしでやったことだろ。その事を言ってるんだよ」
どこかで本田鉄郎の名前を出せば真は怯むだろうと思っていたが、案の定、HD化はテツオの計らいでその通りに真が従ったことが分かる。
真は「くっ」と唸っただけで反論してこない。
その様を見て智明は畳み掛けるタイミングだと判断する。
「なあ真。俺とリリーはもう違うとこを見て走り始めてる。川崎さんも本田さんもだ。
お前が味方についてくれれば心強いと思ってる。もし、わだかまりとかつっかえのようなものがなくせるなら、一緒に独立ってやつをやらないか? 真くらいHDを使いこなせる人材はいないんだ。俺やお前が独立の中心になって訴えていけば、日本とかアワジは変わるかもしれない。いや、変えられると思ってる。
HDが当たり前になる前に国にしちゃうのは今しかないんだよ」
我ながら不器用な勧誘だと思いながらも、智明は真へ右手を伸ばした。
真がこの手を取れば二人のわだかまりは消え去り、共に独立運動に傾倒する意志を確かめあったことになる。
「独立とか、してどうなるっていうんだ? それこそ『お山の大将』だろ。俺は一番がいいんだ。
お前の部下とか手下になって『独立しました』じゃ、何も楽しくないね」
「えらい言いようやな」
それまで黙っていた川崎が呆れたように言い放ち、智明も差し出した手を引っ込めた。
どうやらこういうアプローチではなびかないらしい。
「本田さん」
「うん? うん。
なあ真。なんでこんな話になってるかを整理してみないか? よく言えばお前に能力があるから勧誘してくれてんだぞ。
単純な仲良しこよしじゃないのは分かるだろ。ある意味、俺や川崎のオッサンより能力を買われてるんだよ。つまんない意地とかプライドで反発するのはやめよーぜ?」
「……そういうんじゃ、ないっすよ」
智明に促されてテツオが諭すように真に声をかけてくれたが、それさえも真は拒むような素振りを見せた。
テツオの誘いならばと期待した智明だったが、これは重症だなと思う。
「じゃあもうお前はここから出て行くしかないぞ。リリーや貴美にもその言い草が通用するのか、よく考えてみろ」
「優里と、貴美? 優里と貴美がお前に賛成してるのか?」
背けていた顔を初めて智明に向けた真の目は意外そうに揺れていた。
「……賛成までは言わないけどな。貴美は、俺とお前が協調することを望んでたよ」
正しくは貴美はそこまで智明と真の仲直りを語ってはいなかったが、真とのわだかまりをなくすためには必要な方便だと思った。
智明と真の仲直りを強く望んでいるのは優里だけだ。
「貴美がそんなことを……」
「後で話してみるといい。けど、その時には俺に協力する前提での話だ。そうじゃなきゃ俺が困る」
真にとっては意外でしかないだろう。
貴美は何者かの依頼で智明の命を狙っていた間者も同然なのだ。その貴美が依頼を反故にして智明と真の仲裁を望むなど、真の本来の目的や約束からは外れているはずだからだ。
しかし智明にとってもここで真との溝を埋める努力を惜しむことは、優里との約束から外れることになるし、何よりWSSを始めとするHD化した尖兵の統率に関わる。
中でも真は一番の能力者と認めるからこそ突き放せないという事情もある。そうでなければテツオも真を可愛がりはしないだろう。
「……分かった。貴美と話がしたい。会わせてくれ」
悔しげに歯噛みしながら受け入れた真を見下げながら、智明は「それでいい」と右手を差し出した。
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