9 第2話 謝罪と言い訳 ②

    ※


 一方その頃、明里新宮あけさとしんぐう三階リビングでは、微妙な空気の中で二人の女が向かい合っていた。

 智明に問われて会議の出席を控え明里新宮に引っ込んだ優里だったが、藤島貴美の申し出で彼女を伴って新宮まで戻らねばならなかった。

 貴美曰く、『優里に話がある』とのことだったが、新宮までの道中に切り出させることはなく、シャワーを浴び着替えを済ませてもまだ貴美は口を開かない。

「お茶ですけど、どうぞ?」

「ありがとう」

 ルームウェアにしているいつものスウェットに着替えた優里は、貸し出した青いTシャツと黒のショートパンツ姿の貴美に麦茶で満たされたグラスを差し出す。

 ソファーに腰掛けて改まると、小柄な貴美はグラスには目もくれず俯いたまま。

 その様を見て優里は『やはり』と思う。

 優里と貴美が関わったのは今日を含めて二度だけで、智明の話では貴美は優里の命を救う手助けをしてくれたらしいが、彼女を見ると思い出されるのはやはり一週間前の口論だ。

 優里の幼馴染みである智明と真がつまらないすれ違いから空中戦を繰り広げている最中に、新宮へと踏み入った貴美と優里が出会い、口論から戦いへと発展してしまった。

 当時の優里は貴美を傷付けるつもりはなかったが、貴美から示された言葉と暴力に理性を失い、力を使ってしまったことで結果として両者ともに大きなダメージを負ってしまった。

 貴美が優里と何かを話そうとするなら、その一件に関してだろうと察せられる。

 一向に話そうとしない貴美に仕方なく水を向ける。

「……話って、なんなん?」

「……うん。……まず体調の方は、どうだろうか?」

「まあ、うん。シャワーしたし着替えたから落ち着いてる、けど?」

 おどおどと視線を彷徨わせながら尋ねられて優里の返事も変な感じになったが、それよりも貴美の様子の方がおかしかった。

 小柄な体とはいえソファーの座面に正座しているのも謎だったし、遠回りも遠回りに体調を尋ねられた事も貴美の意図を分からなくさせる。

「それは良かった。苦しそうだったので、本当に良かった。うん」

 両手を膝の上に置いて突っ張り怒り肩で首だけを必死に頷かせる様は少しかわいい。

「なんか、うん。おおきに」

「うん。……トモアキはスゴイ。私の術やまじないではどうにならなかった問題を、簡単に片付けてしまった。

 それも真と戦っている最中に、法章様の術を浴びながらなのだから、とんでもないことと言える」

 相変わらずの堅苦しい姿勢を崩さず語り始めた貴美に、どう対処していいかわからずに優里はただ聞くだけに徹する。

 智明の能力や判断を褒めているようだが、これが本題とは思えないからだ。

「トモアキ曰く、優里殿も同じ力を備えられていると聞いたが、間違いなく?」

 急な質問に少し慌てる。

「え? ああ、うん。……私は戦ったことはないけど、飛んだり物を動かしたり、物を作ったりは同じように出来るけど?」

 本題へと近付いた気がして優里の肩に力が入ったが、貴美は反対に怒らせていた肩を脱力して、ようやく優里の方へ顔を向けた。

「やはり。それで色々な合点がいった。お二人は似合いの仲であり、夫婦めおとになるに相応しい二人であろう」

「何を言い出すんよ。夫婦って、びっくりするやん……」

 優里は下腹に手をやって照れながら顔を俯ける。

 つい数時間前に発覚したばかりだが、優里のお腹の中には智明との間に出来た胎児が居る。

 恐らく貴美はその事実を含んで二人の事を『夫婦』と言ったであろうし、胎児の存在を改めて意識して逃避行から急な進展を迎えた関係に優里の中の母性が疼いた恥ずかしさもあった。

「あの時――一週間前に初めてまみえた時も、優里殿からは神秘や神々しさを感じた。

 それがもし、私の羨望や嫉妬であったならば、謝らねばならぬと思う」

 耳慣れぬ言葉に顔を上げた優里の視界の中で、貴美が正座の向きを整え優里と正対するように座り直す。

「え、センボウ? シット? どういうことなん?」

「私は、トモアキの命を奪わねばならない使命を負ってここに踏み入ったが、同時にマコトの優しさや強さと共にここに来た。

 私とマコトの結び付きは強いものだと思い込んでいたが、優里殿とマコトの関係までを想像するに至っておらなんだ。

 それは二人の友人関係だけでなく、トモアキとの関係までを含めなければならないもので、後にトモアキからマコトの成り立ちというものを聞くまで三人の関わりを想像すらしておらなんだ。

 ましてやトモアキと優里殿が恋を育み、体を重ねて子を設けたなど、あの時は知り得なかったのだ。

 だから、いくらマコトからの頼み事であったとはいえ、優里殿を連れ出そうと誘った事は失礼なことであったと今は分かるし、その時の暴言は筋違いであったことも分かる」

 目を伏せ、しかしシャンと伸びた背筋のままとうとうと語る貴美の声音は真剣で、何かをはぐらかしたり誤魔化す素振りはない。

 それどころか少し重々しいところを感じる。

「過日の無礼と暴力、申し訳なかった。ごめんなさい」

 腿の上に置かれていた両手をソファーの座面に付き直し、貴美はぱたりと二つ折りになるように頭を下げる。

「いやいやいや。待って待って!」

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